読蜥蜴の毒読日記 24/5/18 ②
小説番外地 6
例えばこんなスタージョン 3
蟻塚とかげ@爬虫類館出版局
“Mailed Through a Porthole”
“Accidentally on Porpoise”
by Theodore Sturgeon
5月19日 蟻塚とかげは文学フリマ東京38 F-36で
翻訳同人誌『天空精気体(エーテル・ブリーザー) シオドア・スタージョン怪作集』を頒布します。
「天空精気体 シオドア・スタージョン怪作集」爬虫類館出版局@文学フリマ東京38 - 文学フリマWebカタログ+エントリー (bunfree.net)
そこで発刊記念としてまたまた、スタージョン短編全集第1巻から未訳作品でありかつ未発表作品だった
二作をレヴューします。
どちらも後の鬼才:スタージョンを予告する、ただならぬ作品です。
“Accidentally on Porpoise”
これは確かに奇妙な作品なんですが、表面上の筋書きだけみるとこの時期にスタージョンが書いていたフォーミュラ小説とあまり変わらないように見えるかもしれません。
主人公WhackerはタンカーSeabreezeの乗組員。
Seabreezeは老船でしたが、今回の航海では危険な航空ガソリンを運んでいました。
老船の設備には向かない仕事でしたが、高額な報酬につられたのです。
ところが案の定、航海の途中で乗組員のミスからガソリンに引火、タンカーは炎に包まれます…
そこで場面変わって大金持ちのSteve Roupeが登場。彼は自家用の贅沢ヨットTriggerに乗り、夜の海を彷徨っています。彼は自分の人生にうんざりし、海で自殺をしようとしていたのです。そのRoupeの目の前で、大型タンカーが大炎上を始めます。それを見ながら、海底に引きずり込まれるRoupe。
また場面が変わり、主人公Whackerは燃え上がるタンカーから海に飛び込み、主のいなくなったヨットTriggerに上がり込むと意識を失います。
そして目覚めたWhackerは記憶を失っていました。そして傍らにいた未知の美女Sandraから自分が大金持ちのRoupeで、顔に大やけどを負って九死に一生を得たことを知るのです…
というプロットなんですが、多分皆さん「別に普通じゃん」と思われたことと思います。
そうでしょう。実は上記の要約は嘘はついていないんですが、肝心な点を省いているのです。
それは事故に遭った後、WhackerがイルカPorpoiseになっていた、ということなのです!
実はWhackerはタンカーから海に飛び込んだ後、意識を失い、気が付くとイルカに海上をはこばれていたのです。彼をヨットTriggerに導いたのもイルカたちでした。
そしてWhackerは金持ちRoupeとして新人生を開始してからも、イルカのような振舞をし、サメの様な容姿のライバルに怯えていきなり殴り倒した後、イルカのような鳴き声をたてながら人事不省に陥ったりするのです! 主人公が金持ちになるより先にイルカになってしまう小説!
残念ながらこの小説は生前未発表だった作品であり、結末も中途半端で、イルカ化した主人公が充分にイルカとして活躍しないという欠点(笑) が顕著です。
しかしこの作品は、本短編全集の編者Paul Williamsによれば、後の怪作(と評判の)“When You Care, When You Love”(1962) と濃厚な関わりを持つ作品だというのです。私自身は“When You Care~” は未読ですが、本作の主眼が人間が人間外のものに変容する点にあるのは明らかであり、その一点で後のスタージョンを考える上で重要作であるな、と思います。
“Mailed Through a Porthole”
本作もスタージョンが生前売り込み損ねた作品です。しかし本短編集の巻末に引用されているスタージョンの手紙によれば、本人もそれをある程度しょうがないと思っていたようです。なにしろ自分で本作を“プロットのない短編” と呼んでいるんですから!
なるほど本作を読んでみると、確かにプロットはない。しかし、ドラマのシチュエーションと語り手が何を語っているのか、は明確です。一言で言えば、この小説は主人公が台風に毒づき、最後に台風に呑みこまれる作品なのです。
本作はまるで書簡体小説のように、David Jones殿に宛てた手紙のような態ではじまります。ただ、その手紙らしき文章は、主人公がJonesを相手に “お前なんぞ俺がびびるかよ” と罵るばかりの文なのです。そして読者はそこで気づくのです。この主人公が書いている手紙の相手は “台風” なのだと。主人公である語り手はタンカーの乗組員なのですが、台風相手に手紙を書き、「お前は俺に追いつけない」「この船を沈めることは出来ない」と挑発しているのです。読者はそんな手紙を三日分読まされることになります。
なんて奇妙な小説なんでしょ。
そして語り手は、俺はびびってねえ、と書きつつ、台風の接近で緊張の高まる船内を活写し、三日目の“手紙”で台風に呑み込まれた船の地獄絵図を描き出すのです。確かにプロットが無いと言えばないですが、その代わり実体験に基づいた迫真の描写と豊かな口語表現がシンプルなシチュエーションのドラマを盛り上げます。私はリチャード・ヒューズの『大あらし』を連想しました。結末は尻切れとんぼですが、今後『スタージョン海洋小説集』なんてアンソロジーが編まれたら、ぜひ収録してほしいと思います。
そして何より私が本作から連想したのはあの『海を失った男』でした。あれこそまさにプロットのない小説ですから。
そしてあの傑作の起源には、この売れなかった台風小説があるのでは、と考えてしまいました。ある作品が完成するまでには、長い長い時がかかることがあるのではないでしょうか…