
大人の節分は 「福は内!鬼も内!」
2021年1月17日から冬の土用に入り、心身ともに揺らぎを感じる今日この頃。
いよいよ、春がやってきますね。
さて、冬土用最後の日、2月2日は節分です。
季節の分かれ目である『節分』。この日は古くから鬼が入ってきやすい日とされ、豆を撒いたり、祓いの儀式が行われてきました。
でも、そもそも鬼って何なのでしょうね。なんで入ってくるの?
調べてみると、鬼にはいろんな顔があって、物事の二面性が理解できる大人ならではの節分の過ごし方がみえてきました!今日はそんな「大人の」節分について書いてみます。
四立の前日【 節分 】は鬼が入ってくる日
(画像:pixabay)
立春、立夏、立秋、立冬。これらを四立といい、東洋では季節が始まる日と考えられてきました。その前日のことをそれぞれ節分と呼びました。
今では豆まきをする立春前の節分が有名ですが、元々はそれぞれの季節にあったのですね。
四立の前日は、過ぎゆく季節と新しい季節がぶつかり合うことでさけ目が生じ、そこから邪や鬼が入ってくると考えられ、宮廷では邪をはらう追儺(ついな)という儀式が持たれてきました。それが一般市民にも広まって定着してきたのが今日の節分、というわけです。
さて、冒頭の疑問に戻りますが、鬼ってなんでしょう?
今年は鬼滅の刃が流行った影響で、みんなが鬼鬼言っていて、なんの疑問もなく毎年この時期になると「鬼は〜外!福は〜内!」と豆を撒いていたわけですが、そもそも鬼って、一体何なのでしょう。
調べてみると面白いことがわかってきました。
鬼とは未知の可能性を外から持ち込んでくる存在
禍をもたらす悪の代名詞のように語られることの多い鬼ですが、実は村を守る神様的な存在として崇める場所もあります。例えば、青森県の古津軽。
鬼は、一般的には怖くて悪い妖怪みたいものと思われていますが、津軽の鬼は、山や川の自然界のように、厳しさと恵みを合わせ持つ神のような存在です。昔語りでは、山から里におりてきて困っている人々を助けて働き、時には一緒に遊ぶこともある、やさしい心と大きな力を持った頼れる兄貴のようなもの。現在でも、災いを払ったり、子供の成長を見守ってくれる尊い神様として大切に思われています。( 古津軽HP より )
古津軽にある鬼沢という地域の、節分のかけ声は「福は内!鬼も内!」。
鬼沢にとって鬼は恩人。豆まきをやらない家も多くあって、鬼は払うのではなく感謝をおくる対象となっています。面白いですねぇ。
それにしても、古津軽の鬼たちは個性豊かでなんと愛らしいことでしょう・・。
(画像:古津軽HPより)
語源をたどると、鬼とは「隠(おぬ)」が転じたもの。
隠(おぬ)とは、「目に見えないもの」という意味。自分の認識できる領域の外側にいて、はっきり目には見えず、うごめくもの。ユング心理学でいうところの影・シャドー的な存在ですね。
そこから転じて、隠(おぬ)とは、『よそもの・外からやってくるもの』という意味を持ち、共同体の安全を揺るがすもの、として扱われました。
この、よそもの。
共同体に害を及ぼす場合は、邪悪なものとして排除され、
福をもたらす場合は、稀人(まれびと)という神様として崇められます。
つまり、鬼とは、外側から未知の可能性を持ち込んでくる存在。
それが人間の解釈次第で、時には邪悪な存在になったり、神様みたいな存在になったりするけれど、元々は表裏一体の存在というわけです。
大人の豆まきは「福は内!鬼も内!」|内側の鬼を福に変容させる
鬼を外側に見て追い出すために「鬼は外!」
外側から福がやってくるのを願って「福は内!」
子どもにとってはこれが正しい。理性の発達段階にいて、まだ善悪の境目が出来上がっていない彼らにとって、鬼は外にいる怖ーい存在、でいいのです。
しかし、理性が育ち、世の中の(鬼の)二面性が理解できる大人には、
「福は内!鬼も内!」を推奨してみたいと思います。
大寒の記事で、認識の限界を「エッジ」と言いますよ、ということを書きましたが、まさに鬼とはエッジの外にあるなんだかよくわからない怖いもの、なのです。
怖いもの。みたくないもの。おぞましいと思うもの。イライラするもの。
これら、自分の安全を揺るがす「自分に関係あると思いたくないもの」シリーズは、普通に過ごしていると他人に投影され、自分の元から追い出してしまいます。
でも実は、自分にとって大きな可能性の資源だったりするのです。過剰にバイアスをかけて毛嫌いしてはいるけれど、過剰にバイアスをかけるには、かけるだけの理由があるのです。
禍転じて福となす
という諺がありますが、禍(共同体を揺るがす悪魔的な鬼)と出会ったとき。
自分には関係ないと追い払うのではなく、〝そこを入り口として〟 ちょっと嫌かもしれないけれど、自分にも関係のあるものだと一度受け止めてみる。
そうすることで、福(稀人という神様)へと変容させることができる。
それが大人の節分ではないでしょうか。
つまり、
鬼を外側に探して追い出すのが子供の節分だとしたら、内側に見つけて変容させるのが大人の節分、ということ。
「鬼も内!」
もしお子さんがいらっしゃる方は「鬼は外!福は内!」と叫びながらも、心の内側でそう唱えてみてください。(子どもにとって、鬼も内!は結構怖いですよね 笑)。
次回は、私が実際に出会った鬼たちと共に、鬼を福へと変容させる方法をご紹介してみたいと思います👹
いいなと思ったら応援しよう!
