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EL&Pの「恐怖の頭脳改革」に本当に頭脳を改革された話

 1972年、中学1年生の秋頃にビートルズにハマって、彼らのアルバムを集め始めたのです。そして中学3年生の夏前頃には、すでに11枚のビートルズのアルバムを所有するようになりました。残すはあと2枚(フォーセールとイエローサブマリンでした)となったところで、ある友人がこのアルバムを貸してくれたのでした。

 それがエマーソン・レイク&パーマー、そうEL&PのBrain Salad Surgery(邦題「恐怖の頭脳改革」これも昭和の名邦題のひとつですね…)だったのでした。このアルバム、EL&Pの最高傑作にあげる人が多いと思うのですが、何と初っぱなにそのアルバムに出会ってしまったのでした。

 ビートルズのアルバムジャケットに比べても、ものすごくインパクトあるジャケット。これは、その後エイリアンの造形で一躍有名になったH・R・ギーガーのイラストで、しかもオリジナルのLPジャケットは、左右に観音開きになっていたりと、あらゆるところがビートルズと違う何かを漂わせているアルバムだったのです。

 貸してくれた友達は実はそんなにロックファンという感じではなく、どちらかというと電子工作でアンプを組み立てたりする奴で、そんなにロックのアルバムを持っていなかったはずなのですが、恐らく彼はシンセサイザーへの興味からこのアルバムを買って、どういうわけか頼んでもいないのに、わたしに押しつけるようにして貸してくれたのでした。

 で、まあそれを聞いてみてぶっ飛びました。冒頭1曲目からわしづかみにされてしまったのですね。それがこの曲、Jerusalem(邦題「聖地エルサレム」)。

 それまでビートルズしか聴いてなかった中学生は、本当にこの曲でプログレに目覚めてしまったのです。グレッグ・レイクの荘厳な歌声(この時点ではまだクリムゾンキングの宮殿は聴いてない)にすっかり魅せられてしまったのですね。さらにこの曲だけでなく、2曲目からガーンと出てくる聴いたこともないようなシンセサイザーの音色、さらにアルバムA面最後の曲からB面全体を占める組曲Karn Evil 9(邦題:「悪の教典」)とか、こういうものがロックにあるということも新鮮だったのです。もう何がどう自分に刺さったのかを細かく説明できないのですが、とにかく雷に打たれたように、このアルバムの虜になってしまったのでした。

 ところで、ずいぶん後になって知ったのですが、わたしがハマったこのアルバム冒頭曲は、何とイングランドの国歌なんだそうですね。改めて聴いてみると、ほんとまんまなんですよね。

 イングランドの国歌をいきなりロックアレンジ(といっても、この曲はそんんなにアレンジされてない)でアルバムの冒頭に持ってくるし、しかもこのアルバムタイトルのBrain Salad Surgeryというのは、直訳すると「脳ミソ サラダ 外科手術」というわけ分からない単語の羅列なのですが、どうも性的スラング(激しいフェ○チオを意味するらしい)だったりとか、なんか割とヤバイ感じの人たちなのですが(笑)、まあ当時の中学生にそんなこと分かるわけもなく、もう何から何まで「カッコイイ!」となってしまったのですよね。

 とくに、ギターレスのトリオというバンド構成が珍しく、さらに雑誌などで見た、あの山のようなステージのモーグシンセサイザー(わたしの世代は「ムーグ」と言った方がなじみがあるのですが、今は「モーグ」ですね)にもすっかりココロ奪われてしまったのでした。

 ということで、コンプリート目前だったビートルズをその瞬間に卒業して、頭はプログレという当時の新しいロックに切りかわってしまったのでした。この当時、レッドツェッペリンやディープパープルも聴いてないわけではなかったのですが、こうして一気にプログレに傾倒してしまい、わたしのプログレ遍歴が始まるのです。

 今、「プログレ5大バンド」という言い方があるのですが、当時はまだジェネシスは入ってなくて、残りの4バンド、すなわち、キングクリムゾン、YES、EL&P、ピンクフロイドがプログレのビッグなバンドとして君臨しており、それらを一通り聴きながら、最後にジェネシスにたどりつくのです。今思えば、1974年の中学3年の夏前頃にEL&Pに出会い、高校生になった翌1975年の春頃には、リリースされたばかりのジェネシスのThe Lamb Lies Down on Broadway(邦題:眩惑のブロードウェイ)に出会ってハマリ倒すわけなので、そのわずか1年くらいの間に、プログレ4大バンドを結構聴いたわけでして、我ながらアツいw1年間を過ごしたものだなと思うわけです。

 最近「中二病」という言葉がありますが、私の場合などは、中2の時のビートルズ、中3のときのプログレが、間違いなくその後の人生の音楽への関わりの全ての基礎になっていたりするわけで、この時期に触れたものって、きっと人生を通じて離れられないものになるのだよなあ、と思うのであります。わたしが中2だった1973年というのは、まさにこのBrain Salad Surgeryが発売された年でもありますし、ジェネシスにはまるきっかけとなったSelling England By The Pound(邦題:月影の騎士)というアルバムも同じ年のリリースなのです。そういう意味では中2の時の世の中がそういう状況だったので、結局そういう時代の音楽をそのまま今までひきずってしまったということなのでしょうね。




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