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〜第9章〜 ピーター・ガブリエルのジェネシス脱退 (1)脱退発表の経緯と脱退声明文

そしてツアー全日程を終えたピーター・ガブリエルは、いよいよバンドと別行動をはじめるわけです。



脱退発表までの時系列

1975年5月22日に南仏の小都市ブザンソンでラストショーを行った後帰国したピーター・ガブリエルは、バースの自宅に引きこもって、一切のマスコミからのインタビューを断っていました。他のメンバーもこの間全くマスコミに出ていません。ジェネシスは75年1月初旬に Selling England by The Pound と The Lamb Lies down on Broadway がゴールドディスクを同時受賞したとして、ロンドンのサヴォイホテルで行われたレセプションに5人揃って登場して以来、コンサート会場を除けばバンドとしてマスコミの前に一度もそろって登場していない状態が続いており、マスコミも「何か変だ」と感じ始めていたようなのです。

最初に口火を切ったのはそれまで一貫してジェネシスに批判的なスタンスだったニュー・ミュージック・エクスプレス誌でした。この雑誌の7月12日号において、「信頼できる筋からの情報」として、「ピーター・ガブリエルがジェネシスを脱退したという噂が広まっている」という短い記事が掲載されたのでした。

ところが、カリスマレコードの広報は、この記事に対して、「ちょうどフィル・コリンズがサリー大学で趣味のバンドをやっている」(BrandXのことか?)、「スティーブ・ハケットがソロアルバムのレコーディングをしている」ことが、噂の発信源だという言い方で、一端はこの噂を全否定するのです。(*1)

 さらにこのとき、7月末からはニューアルバムの制作に入る予定であり、8月にはスタジオが予約されているという情報も流します。この予定そのものはウソでもなかったのですが、このとき、実際はメロディーメーカー誌に“Singer wanted for Genesis-type group“(ジェネシスタイプのバンド、ボーカリスト求む)という匿名の広告を出して、新しいボーカリストの覆面オーディションが行われていたのでした。まだピーター・ガブリエルの脱退についてはひた隠しにされていたわけです。

カリスマレコードの社長、トニー・ストラットン・スミスは、このときスティーブ・ハケットのソロアルバムの情報に耳目を集め、ジェネシス本体から目をそらそうと画策したようです。

ところが、ジェネシスがボーカリストのオーディションをやっているスタジオがジャーナリストに嗅ぎつけられ、彼らがこのスタジオを訪れるようになり、いよいよマネージメント側もそう長くは隠し通せないだろうということを察知するわけです。

そして決定的だったのは、ジェネシスに好意的だったメディア、メロディーメーカー誌の8月16日号がついに、Gabriel out of GENESIS? というトップ記事を掲載することになるのです。直前にその情報をキャッチしたスタッフは、その発売日前日に急遽公式にガブリエル脱退を認めるという事になったのでした。そして、その1週間後にはマネージャーのトニー・スミスが追加で、「バンドは新しいボーカリストのオーディションをしている」とアナウンスしたのです。

こうしてマスコミに様々な憶測記事などが出て騒然となったところで、ガブリエルは、脱退に際しての手書きの声明文をあるジャーナリストに託し、それが1975年9月6日付のメロディーメーカー誌に掲載されることになったわけです。

最初に噂として情報を流したニュー・ミュージック・エクスプレス誌は、その後の9月13日号に、スリッパーマンの衣装のピーターの写真を掲載し、"Vocalist's costume, one owner, seeks new tenant. Terms negotiable. (ボーカリストの衣装、ワンオーナー、新しいテナント募集。条件は応相談)という不動産広告のパロディのような、相変わらず批判的なスタンスの記事を掲載したのでした。


ピーター・ガブリエルの脱退声明文

このときピーターが「一字一句そのまま掲載するか、一切掲載しないかどちらかにせよ」と指示をつけた脱退声明文は以下のようなものでした。(*2)

I had a dream, eye's dream. Then I had another dream with the body and soul of a rock star. When it didn't feel good I packed it in. Looking back for the musical and non-musical reasons, this is what I came up with:
僕は夢を見た、目の夢だ。その後別に、ロックスターの肉体と魂の夢も見た。その夢が心地よいと感じられなかったので、僕はロックスターの夢をあきらめることにした。音楽的な理由と音楽的でない理由をふり返ってみて、僕は以下の内容にたどりついた:

OUT, ANGELS OUT - AN INVESTIGATION
「脱退、天使の脱退」に関する調査

The vehicle we had built as a co-op to serve our songwriting, became our master and had cooped us up inside the success we had wanted.It affected the attitudes and the spirit of the whole band.
僕たちが共同でソングライティングするために作った、一種の共同体である乗り物は、僕らを支配するようになり、望んだ成功の中に僕らを閉じ込めてしまった。それはバンド全体の姿勢や精神にも影響を与えた。

The music had not dried up and I still respect the other musicians, but our roles had set in hard. To get an idea through "Genesis the Big" meant shifting a lot more concrete than before. For any band. transferring the heart from idealistic enthusiasm to professionalism is a difficult operation.
音楽は枯渇してるわけじゃなく、僕は依然として他のミュージシャンを尊敬しているが、僕らの役割は固定化してしまった。「ジェネシスというビッグな存在」を通してアイデアを得るためには、以前よりもずっと大きな困難を乗り越えなければならなくなった。どんなバンドにとっても、理想主義的な熱意から、プロフェッショナルな意識へと移行させるのは、難しい作業だ。

I believe the use of sound and visual images can be developed to do much more than we have done. But on a large scale it needs one clear and coherent direction, which our pseudo-democratic committee system could not provide.
僕は、サウンドとビジュアルイメージの活用については、僕らがなし得た事よりもはるかに発展するだろうと信じている。でも、大規模な展開においては、明確で一貫した方向性が必要であり、それは僕らのエセ民主主義的委員会システムでは提供できないものだ。

As an artist, I need to absorb a wide variety of experiences. It is difficult to respond to intuition and impulse within the long term planning that the band needed. I felt I should look at / learn about / develop myself, my creative bits and pieces and pick up on a lot of work going on outside music. Even the hidden delights of vegetable growing and community living are beginning to reveal their secrets. I could not expect the band to tie in their schedules with my bondage to cabbages. The increase in money and power, if I had stayed, would have anchored me to the spotlights. It was important to me to give space to my family which I wanted to hold together and to liberate the daddy in me.
アーチストとして、僕は様々な経験を幅広く吸収する必要がある。バンドが必要とする長期的な計画の中で、この直感や衝動に従って行動するのは難しい。僕は自分自身の創造的な部分を見つけ、学び、発展させ、音楽以外の多くの仕事を手がけるべきだと感じた。野菜作りや共同体の生活に秘められた楽しみさえ、わかるようになってきた。僕がキャベツにかかりきりになっているときに、バンドにスケジュールを合わせてもらうのは期待できない。もし僕が残ったら、お金と権力が増大して、そのことが僕をスポットライトに縛り付けるだろう。僕にとって重要なのは、一緒にいたい家族にその機会を与え、僕の中の父親を解放することだ。

Although I have seen and learnt a great deal in the last seven years, I found I had begun to look at things as the famous Gabriel, despite hiding my occupation whenever possible, hitching lifts, etc. I had begun to think in business terms; very useful for an often bitten once shy musician, but treating records and audiences as money was taking me away from them. When performing, there were less shivers up and down the spine.
過去7年間で、僕は多くのことを見て学んだ。可能な限り職業を隠してヒッチハイクしたり、他の事をしていたにもかかわらず、物事を有名なガブリエルとして見はじめていたことに気づいた。僕はビジネスの視点でものを考えるようになっていた。これは多くの批判を受けたシャイなミュージシャンにとっては良かった事だが、レコードと観客を金と考える事で、僕が音楽の本質から離れてしまったということでもある。パフォーマンスのとき、背筋がゾクゾクすることが少なくなってきた。

I believe the world has soon to go through a difficult period of changes. I'm excited by some of the areas coming through to the surface which seem to have been hidden away in people's minds. I want to explore and be prepared, to be open and flexible enough to respond, not tied in to the old hierarchy.
世界はまもなく困難な変化の時期を迎えることになると信じている。僕は、人々の心の中に隠されていたと思われるいくつかの分野が表面に現れてきていることにエキサイトしている。僕は探求し、準備を整え、柔軟に対応できるようにオープンでありたいと思っている。もう古いヒエラルキーに縛られることはない。

Much of my psyche's ambitions as "Gabriel archetypal rock star" have been fulfilled - a lot of the ego-gratification and the need to attract young ladies, perhaps the result of frequent rejection as "Gabriel acne-struck public-school boy". However, I can still get off playing the star game once in awhile.
「ガブリエルという典型的なロックスター」としての野心の大部分は満たされた。-多くの自己満足と若い女性を引き付ける必要性だ。これは『ニキビに悩まされるパブリックスクールの少年ガブリエル』として頻繁に拒絶されたことの結果かもしれない。しかし、僕は今でも時々、スターのゲームを演じることで満足感を得ることができる。

My future within music, if it exists, will be in as many situations as possible. It's good to see a growing number of artists breaking down the pigeon-holes. This is the difference between the profitable, compart-mentalised, battery chicken and the free-range. Why did the chicken cross the road anyway?
音楽における僕の未来がもし存在するならば、可能な限り多くの状況におけるものとなるだろう。ますます多くのアーティストが、型を打ち破っているのを見るのは素晴らしいことだ。これが、利益追求型で囲われたブロイラーと放し飼いの鶏の違いだ。なぜブロイラーは道路を渡ってはいけなかったのか?

There is no animosity between myself and the band or management. The decision had been made some time ago and we have talked about our new direction. The reason why my leaving was not announced earlier was because I had been asked to delay until they had found a replacement to plug up the hole. It is not impossible that some of them might work with me on other projects.
僕とバンドやマネージメントの間に、敵意はない。この決定はしばらく前に下されており、僕らは新しい方向性について話し合ってきた。僕の脱退がこれまで発表されなかった理由は、彼らが穴を埋めるための代役を見つけるまで待ってほしいと言われていたからだ。彼らの中の誰かが、僕と一緒に他のプロジェクトに取り組むことだって不可能じゃない。

The following guesswork has little in common with truth:
Gabriel left Genesis.
1) To work in theatre.
2) To make more money as solo artist.
3) To do a "Bowie".
4) To do a "Ferry".
5) To do a "Furry Boa round my neck and hang myself with it".
6) To go see an institution.
7) To go senile in the sticks.
以下の推測は真実とはほとんど共通点がない:
ガブリエルはジェネシスを脱退して
1) 舞台で仕事をする
2) ソロアーチストとしてもっと金を稼ぐ
3) 「ボウイ」になる
4) 「フェリー」になる
5) 首に毛皮のボアを巻き付けて首つりをする
6) 施設を見に行く
7) 田舎で痴呆になる

I do not express myself adequately in interviews and I felt owed it to the people who have put a lot of love and energy supporting the band to give an accurate picture of my reasons.
僕はインタビューで自分の気持ちを十分に表現できないので、バンドを支えてくれた多くの人々に、僕の理由を正確に伝える義務を感じたのだ。

Peter Gabriel: An Authorized Biography / Spencer Bright

ガブリエルらしい言い回しを多々含んではいますが、全体としてわかりやすい声明文ではないかと思います。特に、これまでの記事を読んでいただいた皆様には、このときのガブリエルの心境がよくわかるのではないかと思います。

そもそも冒頭で「ロックスターを辞めることにした」と言って、その理由をいろいろと語ってるわけですが、結局ジェネシスの中で創作を続けることがもうムリだということが一番の理由としてあげられています。

個人的な感想をつけ加えさせていただければ、これはすでにこの時点で、ピーター・ガブリエルは、トニー・バンクス的音楽と距離を置きたかったというか、はっきり方向性が異なっていることを自覚していたのではないかとも思えるのです。

さらに、自分には他にもやりたい事があるというような話ですね。実際当時のピーターは、文中にもある「コミューン」のようなものに参加することすら真剣に考えていたようで、とにかく音楽から距離を置きたいという意識があったのは事実なのでしょうが、一方では「音楽における僕の未来がもし存在するならば」というような、いずれ音楽活動に復帰するかもしれないという、「保険」もかけている感じで、わたしには彼の「決断したとは言え、やはりいろいろと迷いのある」優柔不断なガブリエルらしい文章だなあと、改めて思えるのです。

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【注釈】

*1:この時系列は、Genesis Chapter & Verce の記述を元にしています。一方、Genesis Archiveによるとマネジメントの否定メッセージを掲載した記事が7月12日号とされています。(このリンク先の記事画像では、何日号かが確認できずGenesis Archiveによるラベリングによる日時です) Genesis Archiveの記述が正しいとすると、最初にNME誌が「噂」を報道したのは、その1週間前の7月5日号になるのかもしれません。ただ、「噂」の報道記事はGenesis Archive等では確認できませんでした。ちなみにイギリスの雑誌(週刊誌)の「○月○日号」というのは、その公式発売日の数日前にはニューススタンドに並ぶものだそうで現実的には雑誌のクレジット日付より前には情報はオープンになっていたと考えて良いようです。

*2:ここに引用したのは、1988年に出版された、スペンサー・ブライト著 Peter Gabriel: An Authorized Biography (邦題:ピーター・ガブリエル正伝)に掲載されたものです。(メロディーメーカー誌に掲載されたものは確認できていません…)実際これが1字1句正確なものかどうかはわからないのですが、わたしはこの資料しか持っておりませんので、これを底本としました。ピーター・ガブリエル正伝の日本語訳も参考にしましたが、翻訳に腑に落ちない点もありましたので、ここではわたしの独自訳となっています。

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