〜第5章〜 アルバム全曲解説 (17)C面-6 Silent Sorrow in Empty Boats
この曲は、Headly Grange での即興のジャムセッションから生まれた曲です。アンビエント・ミュージック風の曲ですが、この曲にはブライアン・イーノは一切関わっていないようです。
【テキスト】【歌詞】とその内容
インストゥルメンタルですのでもちろん【歌詞】はないのですが、実は、【歌詞】だけでなく、【テキスト】にもこの曲についての解説は一切無いのです。ひょっとすると、前曲The Lamiaのパートの最後の一文がこの曲のことを表現しているのか、とも思うのですが…
やはり、strugglesという言葉は、この曲のイメージとはちょっと異なる印象を受けますので、違うような気がします。
この曲は、イメージとしては、愛した Lamia を失ったことを嘆いたり、悲しんだことを表現している曲でしょう。もしかすると、前曲のラストで、ラミアが愛したのは自分だけではないと悟ったレエルの虚無な心境というのも、この音の中に込められているのかもしれません。
ただこの曲は、どうしてもここにインストゥルメンタルとして必要だったのは間違いないのです。これは、The Lamb Lies Down on Broadway を通してステージで演奏する際、ピーター・ガブリエルの衣装チェンジの時間を稼ぐための曲なのです。ピーターはこの曲の演奏の間に、あのスリッパーマンの衣装(ほとんど着ぐるみ..w)に着替えたのです。ということで、まさに穴埋め的な曲でして、曲のタイトルも、The Lamiaの歌詞のフレーズがそのまま使われていたりして、ちょっと「手抜き?」っぽい印象が否めない部分もあるのです。
ところが、そこはトニー・バンクス、見事なメロトロンコーラス(*1)で、レエルの嘆きの心境を表現したのだと思います。ここで、コーラス音を使うのは、The Lamiaでの使い方と全く同じだと思います。
【音楽解説】
Headly Grangeでのワーキングタイトルは Victory at Sea というもので、もともと上昇したり下降したりする海の波をイメージした曲です。さらに、フィル・コリンズは、「帆船」「雲」「霧」的なイメージをもっていたと証言しています。
曲としては、スティーブ・ハケットの巧みなボリュームペダル操作で操られた6音のモチーフに、トニー・バンクスのメロトロンコーラスが絡む作品で、まさにフィル・コリンズが言ったようなイメージが音として作られているのだと思います。
また、Headly Grangeで、衣装チェンジのための曲を用意しているということは、この段階ですでにピーターには、ああいうスリッパーマンのコスチュームの構想があったのだということだと思います。
尚、これはメンバーは誰もコメントしていませんが、複数の研究家が、この曲の元イメージがあったのではないかという指摘をしています。それが、ドイツのグループ Popol Vuh が担当した Aguirre, the Wrath of God(邦題:アギーレ/神の怒り) という映画のサウンドトラックです。
実際に聞いてみると、たしかにちょっと雰囲気は似ていますが、パクったというほどの類似性ではないような気がします。(むしろヴァンゲリスのネタ元ではと感じる部分が多いような…w)
この映画のサウンドトラック LP は、The Lamb のリリース後に発売されているので、彼らがこの LP を参考にしたことはありえないのですが、映画は1972年に封切られていますので、これをメンバー、特にピーター・ガブリエルやトニー・バンクスが見ていて、「あんな感じに」というような話があったのかもしれません。
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【注釈】
*1:トニー・バンクスが最初に所有したメロトロンは、キングクリムゾンのロバート・フリップから譲り受けたものであるというのは割と有名な話です。これは MK II という初期型のメロトロンで Foxtrot のレコーディングの頃までトニー・バンクスのメイン機材として使われていました。購入に際しては「In The Court of The Crimson King のレコーディングで使ったメロトロン」という触れ込みで、けっこう高い金を払ったのだそうです。ただ、ロバート・フリップは3台のMK IIを所有しており、実際トニー・バンクスの手に渡ったのは予備の方だったらしいのです。この点について後にトニー・バンクスが「上手いことやられた」的なコメントをしております(笑)その後トニーは、 Selling England by the Pound のレコーディングで新型の M400 を使い、The Lambでも M400 のみが使われています。このコーラスは、8Voice Choir という、男女8名による混声合唱音で、M400 に付属していた音色です。ちなみに、後にピーター・ガブリエルのソロアルバムで共演するロバート・フリップですが、The Lamb ツアーの時に彼らの楽屋にやって来たりして、メンバーは「ピーター・ガブリエルと組みたがってる」と察していたようで、彼らは当時ロバート・フリップの事をあまり良く思っていなかったらしいです。