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〜第10章〜 The Lamb その後 (2)The Lamb がもたらした最後の再結成チャンス

The Lamb の映画化がボツとなり、それから18年もの歳月が流れた1998年6月。アーカイブボックスである Genesis Archive 1967–75 がリリースされました。そしてこのリリースが、再結成の話の発端となったのです。



節目にリリースされたアーカイブボックス

この18年の間、フィル・コリンズはソロとしても大成功し、7曲もの全米No.1ヒットを出し、ジェネシスも1曲、ピーター・ガブリエルもソロとして1曲、マイク・ラザフォードも自身のバンドメカニクスで全米No.1ソングを出すわけです。彼らは、The Lamb の頃には恐らく誰も想像できなかったほどの、商業的な成功を収めるわけです。

そして、フィル・コリンズがついにジェネシスを脱退し、残った二人はレイ・ウイルソンという若手のボーカリストを起用してジェネシスを存続したわけです。新生ジェネシスのアルバム Calling All Stations は1997年9月にリリースされ、その後98年5月まで彼らはツアーを行っていました。ところが、このツアーは、当初予定したアメリカ公演が全キャンセルとなり、ヨーロッパだけで行われたのです。アルバムそのものはトータルで100万枚超のセールスがあったと伝えられていますが、ツアーの観客動員が以前に遠く及ばない状態となり、ここで新生ジェネシスも活動停止となってしまうのです。

このガブリエル時代のジェネシスのアーカイブボックスは、まさに、ジェネシスが活動停止となった節目のところでリリースされた企画だったのです。


The Carpet Crawlersの新録音

このときメンバーは、このボックスセットに収録するために、The Carpet Crawlers のリメイクを再録することに同意するのです。ただ、このときは全員がスタジオに集まったわけではなく、それぞれのパートを各自が録音してそれを持ち寄って制作されたのですが、少なくともピーター・ガブリエルとトニー・バンクスは、ピーターの RealWorld スタジオで数日間一緒に作業しています。

また、このリメイク版のプロデューサーにはトレヴァー・ホーンが当たっていたのですが、彼を指名したのはピーター・ガブリエルだったようで、メンバーもこの新録にはそれなりに意欲的取り組んだようなのです。

ところが、この作業が遅れて、曲はこのときのボックスには収録されなかったのでした。これはまた例によって、ピーター・ガブリエルの作業遅れが影響したらしく、一緒にスタジオで作業したトニー・バンクスが、「ピーターは自分のスタジオで1日1時間しか作業しないんだ。それがピーター・ガブリエルなんだよ」とコメントしてまして、18年経っても相変わらず何も変わらないというか、もっと酷い状態のピーター・ガブリエルだったわけです(笑)(*1)

そしてメンバーは、それ以外にもボックスセットのプロモーションのために、久しぶりに会う機会がありました。そしてこのとき、最初に火を付けたのは、フィル・コリンズだったようです。(*2)

PHIL: I thought to myself, ‘Surely someone’s going to call me and say, “We’ve had an idea. The box set’s coming out, so let’s get together and do some gigs with the five of us” So in interviews, whenever a journalist asked if I minded talking about the Genesis box set, I'd say, ‘It includes all the early stuff... and maybe we'll even do some shows.’ People started writing about what I’d said and then the fan websites picked up on the fact that I had mentioned this, which I got good and bad feedback on, especially comments along the lines of ‘Don’t titillate us if you can’t come up with the goods.’
フィル:そのとき、「きっと誰かが電話してきて、こう言うだろう」と思ったんだ。「アイデアがあるんです。ボックス・セットが出るから、5人で集まってライブをやりませんか」ってね。だからインタビューで、ジェネシスのボックスセットについて話してもいいかと記者に聞かれるたびに、こう答えてたんだ。「初期の作品も全部入っているし...ライヴもやるかもしれない」とね。僕が言ったことについていろんな人が書き始め、ファン・サイトがその事実を取り上げ、良い評価と悪い評価両方のコメントがあったね。特に「実現できないなら、ファンを刺激しないでくれ」ってのが多かったね。

Genesis Chapter & Verse

最初はただのリップサービスだったのかもしれません。ただ、Calling All Stations が失敗に終わった段階で、フィルがこんなことを言うものだから、ファンも巻き込んだちょっとした騒動になるわけです。

TONY: I think we were always quite open to the idea of playing together again. Even in the days when Phil first left I thought there was no reason why we shouldnt do so at some point in the future, but I felt that a certain period of time had to pass after the Calling All Stations album. It became more and more likely. Every time we met to promote the Genesis Archive box set, we'd talk about it. Phil always seemed the keenest of us on it in many ways. One time in Cologne we started off at the beginning of the day saying ‘Let’s do it’, and by the end, ‘Maybe not’; so we put the idea on hold. But it was something that was always going to rear its head.
トニー:僕たちは、また一緒に演奏することに対して常にオープンだったと思う。フィルが脱退した頃も、将来的にやらない理由はないと思っていたけど、Calling All Stations の後だったので、一定の期間が必要だと感じていたんだ。だんだん可能性が高まってきたよね。Genesis Archiveボックス・セットのプロモーションで会うたびに、その話をしたよ。フィルはいつも、いろいろな意味で僕らの中で一番熱心に取り組んでいるように見えた。ある時ケルンで会ったばかりの時は「やろう」と言ったんだけど、最後に分かれるときには「やらないかもしれない」となって、そのアイデアは保留になったよ。でもこの事は、常に頭をもたげてくるたぐいのものだったね。

Genesis Chapter & Verse

MIKE: One day we did a bunch of press interviews for the Archive set or the Platinum collection in Home House in London, for about three days. It was really boring. It was either then or in Germany that we started talking about maybe doing something together, and by the end of day three, we all thought ‘No’. The press interviews had reminded us of what we might be letting ourselves in for. There are days when you're a little bit tired, keeping your head up, and then you get some twerp asking dumb questions. I know that’s part of the job, but the prospect was too offputting.
マイク: ある日、ロンドンのホーム・ハウスでアーカイブ・セットやプラチナ・コレクションのプレス・インタビューを3日間ほど大量にこなしたんだ。本当に退屈だったね。その時かドイツで、何か一緒にやろうという話になったんだけど、3日目が終わるころには、みんな「ノー」と思っていたよ。プレスのインタビューを見て、自分たちが何をしようとしているのかを思い知らされたんだよ。ちょっと疲れ気味で、気を張っているときに、バカな質問をされることがあるんだよ。それも仕事のうちだとは思うけど、あまりに不愉快でね。

Genesis Chapter & Verse

フィルは、「このとき一番消極的だったのはトニーだった」とも証言しているのですが、トニー自身はこのように語っています。ただ、最終的にこのタイミングでは3人の間でのモチベーションが上がらずに、ペンディングとなってしまうわけです。


最後の「全員」ミーティング

それからまた数年の時が経過します。そして、The Lambのリリース30周年を迎える2004年に、再びこの話が再燃するのです。このときは、トニー・スミスを通じて、「(The Lambの再演について)ピーター・ガブリエルが前向きな態度を示している」というニュースがもたらされたことがきっかけでした。(*3)

PHIL: I was in a car doing something in Europe. Tony Smith turned round to me and said, ‘By the way Pete’s been in touch. He’s been reading about doing something together and I'm having a meeting with his manager.’ It seemed Pete would be interested if it was the right project and they were talking about doing The Lamb. I thought, ‘Fantastic, because The Lamb certainly could have been done better the first time round. Only a handful of those hundred-odd shows worked as they should have done, so the idea of doing it again made sense.
フィル:ヨーロッパで何かしてて、車の中にいた時のことだ。トニー・スミスが振り向いて、「そういえば、ピートから連絡があったよ。彼は何か一緒にやろうという話を読んでいて、今、彼のマネージャーとミーティングをしているんだ」と言ったんだ。ピートは良い企画であれば興味があるらしく、彼らは The Lamb はどうかという話をしていたんだ。「素晴らしい!」と思ったね。だって、The Lamb なら最初のときより良くできるはずだからね。100回以上あったショーのうち、うまくいったのはほんの一握りだったんだから、もう一度やるというのは理にかなっているからね。

Genesis Chapter & Verse

そして、メンバーは、「The Lambの再演ならアリだろう」と、前向きになったのです。

Crucially, too, an ambitious, expensive, multimedia theatrical presentation of The Lamb would not, by definition, lend itself to a long tour of the world’s biggest venues. This would be both shorter and infinitely more artful than the original tour. It would be confined to multiple nights in a nice theater somewhere, perhaps on Broadway even, with the rest of the global interest assuaged by alive internet stream or cinema broadcast. The possibilities are thrilling.
さらに重要なのは、The Lamb の野心的で費用のかかるマルチメディア演劇的プレゼンテーションは、その性質上、世界最大の会場を回る長いツアーには適さないということだよ。これは、オリジナルのツアーよりも短く、かつ限りなく芸術的なものになるはずだ。恐らくブロードウェイとか、どこかの素敵な会場で何回か行われるだろうし、それ以外の世界中からの興味は、インターネット配信や映画館での生中継で解消されるだろう。この可能性にはわくわくするよ。

Not Dead Yet / Phil Collins

TONY: The possibility of doing The Lamb came up. Initially I wasn’t sure, but Peter seemed quite keen. And if he was keen, I could be too. It surprised me Peter even entertained the idea: I thought he’d put Genesis well into his past, but as you get older you do mellow a bit. The Lamb was a naturally theatrical piece to perform in its entirety, but it would be quite demanding to do.
トニー: The Lambをやる可能性が出てきたんだ。当初は自信がなかったんだけど、ピーターがかなり乗り気だったみたいでね。彼が乗り気なら、僕も乗り気になるさ。彼は、ジェネシスのことは過去のことだと思ってたはずだけど、歳をとると、少しは丸くなるものなんだね。The Lambは演劇的な作品なので、全曲やるのが当然なんだが、それはかなり厳しいだろうと思ったけどね。

Genesis Chapter & Verse

こうして、5人が全員集まってのミーティングが企画されたのでした。5人全員のスケジュールが合致したのは、まさに The Lamb リリースから30年目の2004年11月。そのときフィルは Dance into the Light のツアー中で、その公演地グラスゴーに残りの4人が向かって合流したのでした。こうして、アーカイブボックスのリリースから6年後、ついに The Lamb を5人揃って再演することについてのミーティングが実現したのでした。このとき、トニー・バンクスやフィル・コリンズは、「現代の技術で The Lamb を再演したら面白いことが出来るんじゃないか」という印象で、かなり前向きなスタンスでいたのです。

Phil: I had figured this meeting was for us to talk about how we were going to do the show, and when to schedule it, not if we were even going to do it.
フィル:僕は、このミーティングは、ショーをどうやるか、いつまでにスケジュールを組むかについて話し合うためのもので、やるかどうかについて話し合うためのものではないと思ってたんだ。

Genesis Chapter & Verse

TONY: When we met I thought we were going to do it. It was just a question of working out timings. Pete suddenly said, “This is a meeting to find about whether we might be doing this or not. And I thought, ‘Surely we've been through this already?’ Pete and I go back for ever, we're great friends, and this was very typical of him. I wasn’t surprised by it. I just thought, ‘OK, here we go’
トニー:再会したときから、やるとばかり思ってたよ。ただ、タイミングをどうするかという問題だったはずなんだ。ところが、ピートが突然こう言ったんだ。「これは、やるかやらないかを決めるためのミーティングなんだ」とね。それで思ったよ。「またいつものやつだ」とね。ピートとは昔からの大親友だから、これは彼らしいと思って驚かなかったよ。ただ、「よし、これがスタートだ」と思ったんだ。

Genesis Chapter & Verse

ところがやって来たピーターは、他のメンバーと全くスタンスが異なっていたのでした。ピーター以外のメンバーは、もう「いつやるのか」を打ち合わせるミーティングだと思っていたのに、ピーターだけは「やるかやらないかを議論しよう」と言い出したのです。

Phil: But Peter said he hadn't finished his album yet, and God knows how long that might take, and he was going to go on the road with the album, but he would let us know by that Christmas of 2004. As far as I know he never came back to us and said he wasn’t doing it, he just never came back to say he would do it.
フィル:でもピーターは、まだアルバムは完成していないし、いつまでかかるかわからない、アルバムを持ってツアーに出るつもりだ、でも2004年のクリスマスまでには連絡すると言ったんだよ。でも僕の知る限りでは、彼はやると言って僕らの所に戻ってくることはなかったよ。(*4)

Genesis Chapter & Verse

こうして、またいつものピーターの優柔不断さが出て、結局話は立ち消えになってしまったわけです。フィルは回想します。

Phil: For the two or three hours we were together in Glasgow, everybody assumed their old positions. Pete was the way he always was: knowing exactly what he wanted to do but stumbling a little bit, and being indecisive about committing. Steve was very dark, as I remember him being. Tony was still best friends with Peter, but there was also a little bit of the old antagonism between them. You could see Pete knew what he’d have to deal with if he came back into this. Mike was somewhere in the middle, and I was the joker trying to defuse the situation as I had always spent so much of my time doing.
フィル:グラスゴーで一緒にいた2、3時間の間、誰もが以前のポジションに戻っていたんだよ。ピートはいつものように、自分が何をしたいのかはっきり分かっているのに、少しつまずいて、決断することに優柔不断だった。スティーブも昔と同じで、とても暗かった。トニーは相変わらずピーターと親友だったけど、二人の間には昔のような反目も少しあった。ピートは、もし自分がこの世界に戻ってきたらどんな目に遭うかわかってたんだろうね。マイクはその中間にいて、僕はいつもずっとそうしてきたように、状況を和らげようとするジョーカーだったよ。

Genesis Chapter & Verse

こうして、すべての活動を停止していたジェネシスが、5人揃っての再結成、再演を模索したわけですが、最終的に当のピーター・ガブリエルがその気にならなかったのです。

こうして、5人だったジェネシスが分裂するきっかけとなった作品 The Lamb Lies Down on Broadway は、最後の最後、30年も後になって再び5人がステージに立つ可能性をも提供したわけですが、これが実現することはなかったのでした。(*5)

おわり


あとがき

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【注釈】

*1:このThe Carpet Crowlersの再録は、The Carpet Crowlers 1999と題されて、1999年にリリースされた彼らのコンピレーションであるTurn it on Again : The Hits に収録され、シングルとしてもリリースされました。最初は3rdヴァースをレイ・ウイルソンが歌う予定だったのですが、それは実現せずに、ピーターとフィルのツインボーカルとなりました。そしてこの曲が、歴史上まさに最後のジェネシスのスタジオレコーディング作品となったわけです。


*2:Calling All Stationsのツアーは98年5月に終了し、Genesis Archive 1967–75 のリリースはその翌月の6月です。ところが、レイ・ウイルソンは、Calling All Stationsのレコーディング中である97年前半に、フィル・コリンズがイギリスのTVで「いつかジェネシスのフェアウェルツアーをやることを受け入れる」と発言したと回想しています。このとき、フィルのこのTVでの発言を聞いたレイ・ウイルソンの母親が、「あなたもうジェネシスをクビになるの?」と電話してきたというのです。レイのこの記憶が正しいなら、フィルはアーカイブボックス発売のかなり前の時期からそのような発言をしていたのだということになります。(もしかすると、アーカイブの企画が持ち上がった頃からフィルはそういう発言をしていたのかもしれないのですが、それを裏付けるような記事、証言は見当たりませんでした)

*3:マイク・ラザフォードの自伝 Living Years には、ピーターはこのとき「The Lambをブロードウェイで上演しようと考えていた」「ピートは、この作品が未完成の強力なコンセプトであり、もっと何かやりたいと常々思っていたようだ」と書かれています。これが正しければ、ピーターはこのとき、まだ The Lamb に対するこだわりを捨ててはいなかったようで、このことが伝言ゲーム的に誤って伝わったのかもしれません。いずれにしても、このときピーターは、自分が再びレエルを演じることは考えていなかったのではないかと思います。

*4:ピーター・ガブリエルが2004年11月に言い訳に使った「アルバムがまだ出来てない」「できたらツアーに出るつもりだ」というコメントですが、このときのアルバムとは、恐らく2008年リリースの Big Blue Ball の事ではないかと思います。2009年に関連のライブに出演していることからもそのようですが、やはりピーター・ガブリエル。そこからリリースまで4年もかかるわけです…。

*5:このミーティングの際、ピーターとスティーブが帰った後、再び残された3人が「じゃあ3人でまた何かやるか…」と合意して実現したのが、2007年の3人ジェネシスの再結成ツアー Turn It On Again: The Tour だったのです。このとき、フィルがこんなことを言ったのだそうです。

So there we were in Glasgow, wondering what would happen next, when Phil said: ‘If there is going to be a reunion, we should do the three-piece first. The five-piece would be the finale, but the three-piece should come first.
グラスゴーで、この先どうしようと思っていたら、フィルが「再結成するなら、まずスリーピースをやるべきだ」と言い出したんだ。5人組はフィナーレになるだろうけど、3人組が先でいいとね。

Living Years / Mike Rutherford

そして、この再結成ツアーが実現してなお、フィル・コリンズは下記のような発言をしています。しかしその後もピーター・ガブリエルがこれに同意することは無く、ついにフィル・コリンズが体調問題でドラムを演奏できなくなってしまったことで、再結成は永遠の幻となったのでした。

Phil: It wouldn’t harm Pete, it would be great fun. So it was a shame. I would have loved to have played the drums on The Lamb behind Pete, and I still hope that at some point it will happen.
フィル:でも再結成はピートを傷つけたりしないし、とても楽しいことのはずだった。だから、残念だったんだ。ピートの後ろでThe Lambのドラムを叩きたかったんだ。いつかそれが実現することを今でも願ってるよ。

Genesis Chapter & Verse



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