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音楽人生最大の衝撃は、フィル・コリンズが最初に歌ったジェネシスのアルバム A Trick Of The Tail

 さて、1976年です。新年すぐに発売されたスティーブ・ハケットのソロアルバムを聴きながら、フィル・コリンズがリードボーカルとなった、新生ジェネシスのアルバムを待ち焦がれていたわけです。スティーブ・ハケットのアルバムに参加したフィル・コリンズの歌声を聴いて、多少の希望は持っていたものの、やはり、本当にフルにニューアルバムを聴いてみるまではわからないという意識が強くて、とにかく早く聴いてみたいという一心だったのです。

 改めて調べてみたのですが、この時の日本盤の発売日がよくわからないのです。英米での発売は2月ですので、日本ではやっぱり早くても4月、遅ければ5月、6月ということもあり得たのではないかと思います。でも、正確な日付こそ覚えていませんが、この日のことはよく覚えてるんです。

 とにかくアルバムを早く聴きたい一心で、日本版発売日の学校帰りに、秋葉原の石丸電器本店のレコードフロアでこれを買って一目散に家に帰ってきたのです(当時秋葉原が通学ルートだったので、わたしはいつも石丸電気本館でレコード買ってました。あそこは当時10%以上の金券バックがありましたので)。その時は、着替える時間も惜しくって、帰るなり、制服も脱がずにアルバムをレコードプレーヤーにかけて聴き始めたのでした。

 そして、流れてきた1曲目。Dance On A Volcanoです。

Dance On A Volcano

 イントロの12弦ギターの音が流れてきて「ああ、やっぱりジェネシスの音だ!」と思った次の瞬間、どかーんと、ちょっと今までとは違う感じの盛り上がりを見せて、すぐにフィル・コリンズのボーカルが入ってくるのです。そして、その歌声が、これまで聴いていたどのフィル・コリンズよりも、はるかに力強く聴こえて、もうすっかり舞い上がってしまったのでした。フィル・コリンズいけるじゃないか! と。それにベースやドラムがこれまでと比べものにならないほど元気に聞こえたんです。そしてエンディングはフェードアウトせずにしっかりと終わります。もう1曲目で鷲掴みされてしまいました。2曲目からも、とにかく出てくる曲出てくる曲がそれぞれ変化に富んでいるし、メロディもとにかく美しい。こうして、B面最後の Los Endos を聴き終えた時、本当に放心状態になるほどの感動に包まれたのでした。今に至るも、1枚のアルバムでこれほど感動したことは、後にも先にもなかったと断言できるくらいの衝撃だったのです。

この時感じた印象は、今でも覚えています。

  • とにかく、ジェネシスでしかあり得ないサウンド

  • それなのに、今まで聴いたどのジェネシスのアルバムとも違う、全く新しく感じるサウンドになっている

  • 今までよりはるかに元気で力強いリズムセクション

  • 何よりも、フィル・コリンズのボーカルに全く違和感がないどころか、とてつもなく素晴らしい

 それにしても、なんという人たちなのでしょう。ピーター・ガブリエルという、稀有なリードオフマンを失って、「ミック・ジャガーを失ったローリングストーンズよりも悲惨だ」とか言われながら、新しいアルバムを残ったメンバーだけで作ったら、こんなにも素晴らしいアルバムを完成させちゃうなんて。

 そして、インナーを見て、一つのことに気づくのです。それまで、ジェネシスはデビュー以来、誰が作った曲であっても、全員で意見を出し合って仕上げ、権利は均等に配分するという運営をしており(これが彼らの言う「民主的」な運営です)、これまでのアルバムには、曲ごとの作者のクレジットが一切なかったのですね。これが、逆に「ジェネシスの曲は、ピーター・ガブリエルが全部作ってるんじゃないか?」「ジェネシスはピータ・ガブリエルのワンマンバンドなんだろう」、という誤解の元にもなっていたのです。ところが、このアルバムは、彼らの歴史上初めて曲ごとに作者のクレジットがあり、これを見て驚きました。全ての曲に、キーボードのトニー・バンクスがクレジットされていたのですね。しかも一人だけで作った曲も2曲入っていて、これがまたすばらしい曲だったのです。(アルバムの全8曲中、2曲がトニー・バンクス作。2曲が4人全員の共作、あとはマイク・ラザフォードとトニー・バンクスの共作が2曲、スティーブ・ハケットとの共作、フィル・コリンズとの共作がそれぞれ1曲という構成です)

Mad Man Moon(Tony Banks)

中間部に長いキーボードのソロを挟んで、これぞトニー・バンクスという、彼の存在感を印象付けた曲だと思います。もともとこの曲は自分のソロアルバムのために作っておいた曲だそうです。

A Trick Of The Tail(Tony Banks)

アルバムのタイトル曲なのに、アルバム全体の雰囲気からはあえて、ちょっと外れた感じの曲に仕上がってます。こういうちょっとひねくれたポップセンスもまたトニー・バンクスなのです。これもアルバム制作時に作られた曲ではなく、「ちょっと軽くて風変わりなものを入れる」という観点で、何年も前に書いてあった曲を引っ張り出してきて採用したのだそうです。

 つまり、ここで初めて、ジェネシスサウンドの核は、ピーター・ガブリエルではなく、キーボードのトニー・バンクスだったのだと理解したわけです。実際のところ、それまではピーター・ガブリエルとトニー・バンクスの共作が多かったようですが、このアルバムを聴いて、トニー・バンクスさえいれば、もうジェネシスは安泰なんだという意識にすらなったわけです。

 これは、全て後から得た知識ですが、彼らはピーター・ガブリエルの脱退を隠して、メロディメーカー誌に匿名で「ジェネシスタイプのバンドのボーカリスト求む」という広告まで出して、こっそりと新ボーカリストのオーディションをやっていたのです。ガブリエルの脱退をメロディーメーカーにすっぱ抜かれた後は、応募者が殺到したそうですが、それでも適任者が見つからなかったのです。最後にひとりだけ Squonk をレコーディングするまでたどりついたボーカリストがいたそうですが、たまたま体調不良でそのレコーディングに立ち会わなかったトニー・バンクスが、後でこれを聴いて「ありえない」とダメ出しした(他のメンバーは、まあこれでもいいかなとも思ってたらしい)ところで、最後の最後にフィル・コリンズが自分で立候補して Squonk を歌ってみたんだそうです。これがかなりいい出来だったので、そのままリードボーカルに収まったということだったのでした。*1(これこそ歴史のアヤですが、このとき本当にいいボーカリストが見つかっていたら、恐らく後のポップスター、フィル・コリンズは生まれてなかったかもしれないのです)

Squonk(Mike Rutherford / Tony Banks)

この曲は、レッド・ツェッペリンの Kashmir のジョン・ボーナムのドラミングにインスパイアされたマイクとトニーが書き、フィルに「あのドラムやって」と頼んで作られた曲だそうです。

 メロディーメーカー誌の記事が公になった後は、かなりの騒動になるのですが、この時メンバーが「我々は何事もなかったように活動を続けていく」とアナウンスしたそうです。その時そんなことを信じた記者や読者は本当にほとんどいなかったのだと思います。ところが、このアルバムたった1枚で、彼らは一気にその評価を覆してしまったというわけです。

 こうしてフィル・コリンズの二刀流*2が始まるわけですが、さすがにライブの時にドラムを叩きながら歌うことはできないので、ライブの時だけもう一人ドラマーを頼んで、インストパートではツインドラムで演奏するというスタイルが始まります。このときのツアーで助っ人ドラマーとしてフィルが選んだのが、あのイエス、キング・クリムゾンのビル・ブルーフォードでした。こうしてはじまった新生ジェネシスのライブステージは大評判となり、だんだんとピーター・ガブリエル時代より売れるようになっていくのです。ただ、この時期の彼らのライブ音源に触れることができるのは、1977年のライブ盤 Seconds Out を待つしかなかったのですが。

 アルバムタイトルの A Trick Of The Tail というタイトルも、彼らの意地というか自信を表したタイトルではないかと思います。直訳すれば「尻尾の魔法」という意味です。この「尻尾」は同名タイトル曲で歌われる寓話的世界の主人公の尻尾のことなのですが、Tail の対義語は Head ですよね。これまで Head だったピーター・ガブリエルを失った彼ら、つまり自分達を tailであると自虐的に表現して、だけどその tail が「魔法」を使ったんだよ…みたいなアイロニカルなニュアンスが込められているのではないかと思います。この後彼らはちょっと自虐っぽいアルバムタイトルのダブルミーニングみたいなことをときどきやるのですが、その最初のアルバムでもあったという事だと思います。

 こうして、ピーター・ガブリエル時代のアルバム Selling England By The Pound で出会ったジェネシスというバンドは、ボーカリストが脱退してメンバーがひとり減っても、わたしのお気に入りバンドとして残ったどころか、そのポジションはさらに揺るぎないものになったわけです。

 このときからわたしは「全てのロックバンドの中でジェネシスが一番好きだ!」という、日本人にあるまじき変態(笑)として確立し、その結果ますます周囲から孤立する羽目になるのです。でも、これがフィル・コリンズをフロントマンとしたジェネシスとの長〜い付き合いの始まりだったのです。

*1「フィル・コリンズにボーカルをやることを薦めたのはトニー・バンクスだった」とどこかで読んだように思い、ずっとそう信じていたのですが、Genesis Chapter & Verse には、トニーバンクスの言葉としてこのような顛末が語られています。

*2 同じくGenesis Chapter & Verseでフィル・コリンズは「 Trick Of The Tail のツアーに出る前に、またもや中途半端な気持ちでシンガーを探した」「オーディションをしたわけでもなく、誰か見落としている人がいるんじゃないかと思っただけなんだけど」と語っています。彼は最初、レコーディング時だけ歌って、ステージでは別の人をボーカルに起用するという考えも持っていたようですが、他のメンバーから「それはない」と否定され、結局ステージでも歌うことになったのでした。彼は「実は、お客さんに何を話せばいいのかが一番の悩みの種だったんだ」とも言っており、歌うことよりもピーターの代わりに曲の合間に何か話すことの方に抵抗感があったようです。



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