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サイドストーリー【文子の章】第3話(小さな世界の片隅で。)
前回巻末:目的地に向かう春樹ら4人が、バンの車内で会話している所から
アプリが沢山入ったスマホの画面が立ち上がった。
その上を言われた通りなぞってみると、顔認証の画面が立ち上がり、ロックが解除。4人の居場所がスマホのマップ上に表示された。
”すごいな…、これ…。”
岡部が言った。
”カプセルはさっきの排泄の時間に合わせて24時間で電源が落ちる様になってる。電源が落ちたら、次のカプセル飲んでね。”
”おう…。”
第3話
春樹は一通り説明すると、車内の誰にでもなく、つぶやいた。
”後は…、大丈夫かい?”
”…。”
”手順は分かった。”
”あとは、大丈夫とも何とも…。大丈夫だと願うしかないな…。”
岡部が返した。
”たしかに…。どう転がるかは、実際やってみないと分からんしな…。”
”まだ、木下(春樹)や、俺らが、落としている事もありそうだし。”
佐々木も返す。
”そうっすね…。”
”でももう、その辺りは、なんとなくアドリブで切り抜けるほかないっすかね…。”
3列目から、石川が珍しく会話に入った。
”お前がまとめるなよ!”
岡部と佐々木が、石川に突っ込んだ。
”でも、まぁ…、石川の言う通りだな…。”
”あとは、その場のアドリブで切り抜けてくれよ。
俺ら、今までも、そうやってきたんだから。頼むぞ、信じてるからな…。”
”…。”
”もし、もしも…あいつらに捕まった場合は、俺らの事は考えなくていい。自分が助かる事だけ、考えてくれ。”
”警察に捕まった場合は、所轄の月島さん以外には、話さないとだけ伝えてくれ。”
”それ以上の事は、ごめん…、俺…、今は考えられない…。”
”…。”
”そうか…。”
”そうだな…。”
”俺ら、また会う事できるんすかね…。”
3列目から石川が云った。
”さぁ…、この先は、もうどうなるか分からないな…。”
“あいつらに見つかったら、俺らが口を割るまで、※”総括”のフルコースをくらって…、その後、どっちにしろ、殺されるだろ…。”
※教祖が倒れた後の教団内では、須崎が陣頭に立ち、教団内の秩序を保つため、”総括”と称した集団リンチが行われていた。
”総括”は、(受けたものが歯向かう事が出来なくなる位のトラウマを植え付けるための精神的・肉体的な暴力であり)その内容は、想像を絶した。噂では、死者まで出しているとの事だったが、真偽は分からない。
”…。“
“うまくいっても(警察が須崎を拘束出来ても)、俺らが、次に社会に出て来れるのは、何十年後だろうな。”
“社会に出た後も、一生、日の当たる場所は歩けないかもしれない。”
“でも…、”
”それでもさ、また出てこれたらさ、”
”今度こそ…、皆…、自分の人生を生きておくれよ。”
”…。”
”忘れないうちに礼を言っとくよ。”
”今まで、ありがとうな…。何か最終的にさ…、こんな事になっちゃったけど、今まで、本当に…、本当にたのしかったよ。”
”…。”
”…。”
”…。”
”…。”
”木下…、それをいうのは、俺たちの方だぞ。”
4人の脳裏に、昔の記憶が朧気に立ち上がっていた。
それは、すごく昔の様な気もするし、ついこの間の出来事の様な気もした。
春樹、岡部、佐々木、石川、そして須崎は、若くして、あの田舎の民家で出会った。当時は皆、それぞれの境遇で社会に憔悴しきっていた。
本を読んでここを訪れたもの、
人づてに聞いて訪れたもの、
ただの通りがかりで訪れたものもあった。
出身地も、背景も違う5人は、どういう訳かここに流れ着いた。
そして…、
ここで、おやじさん(教祖)と出会った。
おやじさん(教祖)は、何故か、俺たちを拒まず受け入れてくれた。
そして、云った。
”良かったら、泊ってけ…。”
”元気が出たら、また戻りゃいいさ…。”と。
おやじさん(教祖)と、日の出から日暮れまで、一緒に暮らした。
朝日をあびながらのラジオ体操、洗濯物、家畜の世話、畑~田んぼの手入れ、収穫。合間の休息と、ごはん。
”こんなものしかなくて、ごめんな…。”と、おやじさんが苦笑しながら、庭の縁側で味噌汁、漬物、炊きたてのご飯を出してくれた。
日中の労作で身体は疲れていたが、それはしばらく感じた事のない、良い疲れだった。
その疲れに、おやじさんのごはんが染みわたった。
”生きている”と感じていた。
特別意識したわけではない、
つましい生活ではあったが、
”皆で生きている、つながっていると感じていた。”
地続きに社会(世界)とつながっている感じがした。
お互い、形は違うが、5人を憔悴させていた根源のような、時折、心を押し潰そうとしてくる重くて黒い闇の様なものは、その生活がなじむにつれて、その存在は消えはしなかったが、意識の外に遠ざかっていった気がした。
5人は、お互いの事を、ポツリポツリと、話す様になった。
笑う様になった。
時折、怒って、喧嘩するようにもなった。
そこが5人の出発点だった…。
”そうか…、そうだな…。”
そのうち、物書きや農業で生活を成り立たせている、おやじさんを見て、自分達も何か協力できないかと、岡部が言い出し、自分達を助けてくれたこの”生活”を、”体験”にして広めてみてはどうかと提案した。
春樹と須崎は、”おやじさん(教祖)の負担になるから。”と反対したが、岡部がやると言って聞かず、最終的に押し切られた。
予想に反して、その体験はクチコミで広がり、おやじさん(教祖)が合間にする話の面白さもあって、やがて、心身の不調が治る体験として、話題となり、多くの人が集まるようになった。
”これじゃ、まるで宗教みたいだな。”といって、おやじさんは笑った。
皆、こうなったのは、時折そういう素振りを見せる岡部のせいだと言った。
活動を広げていく中で、春樹、須崎、佐々木、石川も徐々に自分達の仕事を見つけ、それに専念するようになっていった。
春樹は、おやじさん(教祖)について、物書きのサポートと、広報誌等を書いた。須崎は、経理と事務周りを担当した。佐々木と石川は岡部と一緒に”現場(体験教室)”の管理をしていった。
そして、ある程度の人が集まると、須崎が、
“もう、これ、“宗教”でいいんじゃないか?”
”管理しやすくなるし、節税にもなるし。まぁ…みんな岡部のせいだけど。”
と言って笑い、宗教法人として組織化し、届け出をした。
皆笑っていたが、岡部が一人だけ、
”ふざけんなよ…。”と言っていた。
その後、組織化された教団は、自分達の認識できるスピードを超えて大きくなっていった。
”楽しかったな…。”
”あぁ…。”
(あの日を境に…。)
”まぁ…、最終的に、俺ら全員、須崎からはじかれて、窓際族っぽくなってたけどな…。”
”まぁな…。”
”でも、木下…。多分、それが、本来の俺らの姿だぞ…。”
”…。”
”まぁ…。俺ら全員。幹部の席よりは、外された席のほうが、意外としっくりきてたもんな。”
”…。”
”…。”
”岡部…。お前が一番似合ってたぞ。”
“フハハハ…。”
”ふざけんなよ…!お前らだって、あのとき、まんざらでもない様な顔して、横に座ってきたじゃねぇか…!”
”俺、あの時、一応引いた目で見てたけど、絵としては、やっぱ岡部が一番しっくりきてたな。”
“岡部さん、何か色々、年季入っているように見えましたしね…。”
”あぁ…。俺の椅子だけ、何か、もう…凹んでたりとかしたからな…。”
”フハハハ…。”
”ふざけんなよ…。”
”フハハハ…。”
春樹は、フッと顔を緩めた。
バンは、住宅街の一角に入り、6台分止められる駐車場の一区画に車を止めた。
ここは、教団本部から少し離れた場所にある住宅街だ。
この駐車場から数メートル先にある、個人の小さな鉄工場の廃屋へ向かう。その空き家(廃屋)の所有権も、春樹が持っていた。
ここに、ある大事なものが保管されている。
“ちょっと、待ってて。”
春樹は、そういうと、3人を車の中に残して、助手席のバッグを掴み、足早にその廃屋の鉄工場へ向かった。
早朝の住宅街には、人はほとんどいなかったが、途中、デイサービスの送迎車とすれ違った。
春樹は、横目で気にしながら、歩いていると、
送迎車はウインカーを出した後、近くの民家の玄関へ幅寄せしながら停車し、ハザードをたいた。
今にも、中から職員が降りてきそうな予感がした。
春樹は、目線を切り替え、鉄工場へ急いだ。
送迎車を追い越し、しばらく歩くと廃屋へ着いた。その廃屋は、住居になっている母屋と、スレート張りの壁の鉄工場が隣接している。
工場のシャッターの鍵を開け、シャッターをガラガラと引き上げると、朝の陽ざしと風が工場の中に差し込み、工場内に堆積していた埃や塵がブワッと空中に舞い上がった。思わず鼻と口を手で押さえる。薄暗い中に踏み入ると、使われなくなって久しいが、壁の中にしみ込んだ、工業用油や塗料の匂いがかすかにした。
がらんどうになった手前の作業場には、古びた事務机や、万力、切削機、旋盤、溶接機材、産廃用の鉄製のコンテナがポツンポツンと置いてある。
奥の資材置き場の方には、天井クレーンのホイストから下がるワイヤーとフックがダラリとぶら下がっている。
その下には、使われなくなった、鉄筋、アングルやチャンネル、H鋼、レール等の資材がそのままの状態で残されており、表面はさびて黒ずみ、ざらついていた。
資材置き場と作業場の間の床には、加工された、かつての商品であっただろう無数の鉄くずが無造作に散らばっている。その鉄くずに混じり、ある”金型”が、1ピース転がっていた。春樹は屈んで、それを手に取ると、持っていたバッグに入れた。奥の資材置き場にも、資材に混じって”金型”が1ピース、作業場の産廃用のコンテナの中、事務机の上にも1ピースづつ、”金型”が無造作に置いてあった。
春樹は、その4ピースの”金型”を全てバッグに入れ回収すると、工場のシャッターを閉め、工場を後にした。
4ピース分の金型を入れたバッグは重く、バッグの取手が肩に食い込んだ。
鉄鋼場から駐車場へ戻るとき、さっきの送迎車がまだ留まっていた。
春樹がふと目を遣ると、民家の方から、お年寄りの手を引いて、中年の男性職員が送迎車の方へ戻ってきていた。
春樹の存在に気づいた、その中年の男性職員は、ふと目を上げ、春樹と目が合った。
見られた。
”まずい…。”
春樹はとっさに、目を伏せ、焦って足早に駐車場(バン)の方へ立ち去った。
怪しまれていないだろうか…。
地方の住宅街の住民同士のネットワークは強い。
部外者がいると、すぐに分かるのだ。
落ち着け…。教団と結びつかなければいいんだ…。
春樹は一人、心の中で唱えた。
”ごめん、お待たせ…。”
”行こう…。”
バンに戻った春樹は、後部座席の3人に声をかける。
バッグを助手席に乗せ、車を発進させた。
”ごめん、ちょっとラジオいい?”
”あ…、あぁ…。”
ざわついた心を落ち着ける為、ラジオのボリュームを上げた。
聞き馴染みのある声が車内に響いた。
”DJ児玉のエブリディモーニング”
”懐かしいなぁ…。この人、まだ(番組)やってるんだ…。”
春樹はひとりごちた。
その懐かしい声は、徐々に春樹の耳を通して身体に染み入り、心を落ち着けていった。
黒いバンは、住宅街を抜け、大きな幹線道路へ入り、次の目的地へ向け走り出す。
幹線道路をしばらく走ったとき、車内に響く、そのラジオのコーナーで、主婦のお便りと、DJ児玉のメッセージを、春樹は聞いた。
”…。”
”あのさ…、解散する前にちょっとだけ、時間いいかな?”
春樹は、後部座席に声をかけた。
”あ…、あぁ…。”
”どうした?”
”いや…、別に…。ちょっと今は説明できないんだけどさ…。”
黒いバンは、ウインカーを出すと、幹線道路沿いのコンビニへゆっくり入っていった。
⬜︎
<教団本部>
信者の一人(堅山)が須崎の下に走り寄り、須崎にささやく、
”須崎副代表、警察の方が来てます。”
”報道関係の車も何台も…。”
須崎が外を見ると、大勢の警察官、パトカー、報道関係の車が、教団本部をぐるりと1週取り囲んでいた。
”…。”
須崎は、窓から顔を背け、下を向き肩を落とした。
”納屋のものは全部バラせたか?”
”はい…。”
”それと…、木下達はいるか?”
須崎は、その信者(堅山)に聞く。
”先ほどから探しておりますが、木下(春樹)共同副代表、岡部さん、佐々木さん、石川さん達の姿が見えません。”
”分かった…、あいつらはもう戻らないだろう。”
”あいつらの家族、親類、交遊関係がある人物の家をかたっぱしから当たれ、”
”教団の車も使われてるかもしれない。今確認できる車を全部調べろ。”
”見つけ次第、必ず…ここに連れてこい。”
”抵抗されたら、多少手荒な事もしていい。”
須崎は、(ナイフ)を信者の前に放り出した。
<次号へ続く>
※本日もお疲れさまでした。
世界の片隅から、徒歩より。
第2話。
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