見出し画像

AIが発達する今、外国語を学ぶ意義とは?

今日も「つぶやき」のような投稿である。

AIや翻訳機が発達する昨今、何十年も昔に比べて人々の意思疎通ははるかに容易になったと感じる。実際、自身が韓国に行った際も、スマホの翻訳機能が大活躍してくれたし、翻訳機さえあれば言語を学ばなくてもいい、という意見もある。

それでも、私は外国語を学ぶことに意義があると思う。


なぜなら、言語を学ぶことで、言葉の意味を知る以上に、文化や背景、話者の意図を知ることができるからだ。その結果、お互いの心理的な距離を縮めたり、理解しあったりすることができると考える。このように、外国語を学ぶ際、言語を通して、人と人との関わりを学び、異なる意見や考え方を知ることに意義があると私は思う。

学ばなくてはならない、ということではなく、「学んでも無駄ではなく、むしろ自身の人生を豊かにできる一つのきっかけになるのではないか」と思うからである。

その理由を、ここから3つの事例を挙げて説明したい。

1.生き方、考え方を知る


はじめに、外国語を学ぶことで、その人の生き方や考え方を知ることができると思う。例えば、インドネシア語ではinshallahという表現が使われる。直訳すると「神がのぞむなら」であるが、言語を学んでいくにつれて、「不確実な物事に対して、余裕をもつ」といった彼らなりの人生観や価値観を投影していると分かり、感銘を受けた。


2.固定観念の払拭


次に、外国語で交流することで、他者に持っていた固定観念が払拭され、より良い所を見つけることもできる。学生時代にアメリカに留学する前は、英語を話す方に対し、「自分の意見を主張する」「冷たい」といったイメージを持っていた。しかし、実際に、現地の学生と授業を受けたり、ディスカッションを行ったりして交流を重ねる中で「反対意見もぶつけることで、彼らがより良い議論を構築したい」と考えていることに気づくことができた。


3.歩み寄る姿勢を身に着ける


最後に、自分で時と場合に応じて、相手に伝わりやすい表現や言い回しを考えることで、異なる相手との関わり合いを模索し、歩み寄る姿勢を身に着けることができると考える。例えば、フランス語のvousとtuはどちらも「あなた」を意味する言葉だが、tuを使うことで親密になった相手との親近感を伝えることができたり、関係を深めたりすることができる。
このように、外国語を学ぶことで、自分の育った価値観やものさしで、他の言語や文化を持つ人の言動を決めつけることなく、相手と文化的、宗教的背景や価値観を認め合うことができると思う。文化への尊重や思いやりの心を育む上で、翻訳機、通訳機が今後もっと発達したとしても、外国語を学ぶことは重要だと考える。


ねこぬ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?