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言葉のもつ力⑪「『そうだよな』って思う人も、『うーん』って思う人もいると思うけど」


言葉のもつ力は大きいと実感しています。伝えたいことは同じでも、そこには様々な表現の仕方があります。


目的地があっても、そこに至る道筋は様々であるように。そして、選ぶ道筋によっては、目的地に辿りつけなくなってしまうこともあるかもしれません。


私が理由をもって用いていた言葉の力について、改めて考え、まとめていくことにしました。

「『そうだよな』って思う人も、『うーん』って思う人も」いると思うけど」

子どもたちに指導を行うときに、強制する意味合いを減らし、どのように考えるかを子どもたちに委ねる余地を残したいときに、

「『そうだよな』って思う人も、『うーん』って思う人も」いると思うけど」

という伝え方をすることがありました。

指導の内容によっては、「絶対に認めることはできない」という強さをもって応じなければならないものもありますが、

逆に、子どもたちに行動の選択、判断を委ねたり、自主性に任せたりしてもよいものもあると思います。

学級を安心できる場にし、子どもたちの健やかな学校生活を保証するために、教師が、教師という立場をもって、リーダーシップを発揮して構築していかなければならないルールや仕組みもありますが、

学級集団や人間関係をよりよいものにしていくために、そして、よりよく生きるために、ひとりひとりが「自分はどうするのか」という点を大事にするべき指導もあります。そのようなときには、強制力をもったような指導よりも、子どもたち自身に委ねるような余白をもたせる必要が生じます。

私たちはつい、いつも全員が同じ方向を向いていくような指導をしないといけないと思いがちになってしまいますが、ただ一つの正解があるわけではない状況も多々あるわけで、その子ひとりひとりがどのように行動するかは、その子自身が決定するような場合もあります。学校というフィールドを出たら、自分自身と周りの考えや価値観を相対化しながら、自分自身の行動を選択していくことになるわけです。

教師もひとりの人間として、あくまで、「私の考え」として考えを提示して、子どもたちにもどう考えるか問いかける。

「そうだよな」と思う子の考えも、「うーん」と思う子の考えも認めていきながら、選択、判断を促す。「まだ、よく分からない」という立場も認める。

そのようにして、自身で選択し、判断し、決定していく力を高めていくような指導もあるのではないでしょうか。

また、教師がひとりの人間として自身の考えを伝えた後に、ある子どもがそのことについて対話を望み、議論求めて来たときには応じてあげられるだけ心の余裕ももちたいものです。


ここまでお読みいただきありがとうございました。