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フィルターバブルなんて恐くない、山田君の世界チン権宣言、

十一月十七日

空間が曲んでいようが、円かろうが、三角だろうが、四角だろうが、当分、少なくとも俺の幸福とは絶縁体だ。

辻潤『浮浪漫語』「性格破綻者」の手帳より(オリオン出版社)

午後一時十四分。カロリーメイトとはそれほど似ていないバー状の菓子、ラスク、紅茶。二度寝が長くなりすぎて痛恨の極み。万死に値する。斎藤元彦はたぶん再選する。でもこのまえアメリカ大統領選でハリスが勝つと予想した俺のことだからたぶんこの予想も外れる。元彦、残念だったね。ニートを経験するのも悪くないんじゃない? ニート未経験の奴らってアホばかりだからね。元彦はあまり「社会」に出ないほうがいいと思うよ。もっともこれは全員に言えることなんだけど。明日は休館日だけど正午には必ず離床すること。『ニュー・シネマ・パラダイス』の「愛のテーマ」がさっきからずっと鳴り響いている。「晩酌しなかったらもっとたくさん本を読めることだけは明らか」と卓上メモにある。酒が入ると句集の類は読めてもちょっと入り組んだ文章の本なんかはまともに読めなくなる。

十四世紀と十五世紀を通じて、教育の実際の活動は、フワール街にあった従来の諸学校から、はじめはたんなる給費生たちの共同体でしかなかった学寮へと移っていく。この移行は自由諸学問の内部で難易の段階づけを始めることによって、文法学を聴講しうるとされた最年少の生徒たちのもとで開始された。このことは十三世紀の初めから、本当にごく内々なやり方でなされていたことだが、文法学は哲学に先行して終了させておく必要のある初心者の学問であると、考えられるようになる。

フィリップ・アリエス『〈子供〉の誕生』学校での生活(杉山光信/杉山恵美子・訳 みすず書房)

たとえばこういう生硬な翻訳文なんかは特別つかみにくくなる。夜もたくさん本を読みたければ酒を止めるほうがいい。でも酒を飲まない俺をいまの俺は愛せるだろうか。その問い必要? オイラ酒も飲みたいし本も読みたい。飲んでも読書にさほど支障の出ない酒を探そうか。セナ様に抱かれたい。セナ様の靴下になりたい。セナ様を見ていると「本物の男」という言葉しか浮かんでこない。僕にとって「男の模範」はセナ様だけだ。中学二年生なのに「男の色気」全開のセナ様。セナ様の「好きな食べ物」がオムライスらしいから今度はオムライスを極めることにしよう。これが僕の花嫁修業。セナ様にいつ「俺の嫁になれよ」なんて言われても慌てないように。セナ様ならいくら亭主関白でもいい。いくら怒られてもいい。殴られてもいい。まずはケチャップとベーコンとピーマンとタマネギを買わないと。雨がはげしく降って来た。そろそろ飯食ってライブラリーに行く。雨だけど愚民どもで溢れかえってそうで嫌だな。このごろ鼻をほじる回数が増えました。乾燥してペラペラになっている皮が気になるんだ。鼻ほじりは粘膜を傷付けるからよくないらしい。そのていどのことで傷付く粘膜が悪い。そんなんでこの厳しい世の中を渡れると思うのか。セナ様に抱かれたい。ゲームセット。暗黒青春物語Ⅵ。オナニスト山田のカンボジア珍道中。楽天ポイントGET。

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