第一場ノ二
「ありがとう」
「次は勝手に持ち出すな」
「許可を得ればいいのね?」
「次は貸さないって話だ」
ライターを受け取りながら嫌味を忘れないとは。さすが佐山。“コネで雇われた保健医”と言われても平然としていられるだけある。
「ほら。爪、ニオってるぞ」
「知ってる」
促されて、爪切りを受け取る。
「湿布はいるか?」
「別に良いわ」
爪の焦げに目ざとく気づくくらいだ。赤く腫れた手に、気づかないわけがない。
ちゃんと保健医なんだなと、すぐにコネの2文字が掻き消える。
ベッドに向かいながら、手の腫れを確認する。
まだジンジンと痛む手も、すぐに何も感じなくなる。殴りつけた壁と同じ。何も残らないまま消えていく。
「ねえ、転入生の話、なにか聞いてる?」
ベッドに腰掛けると、少し軋んだ。
「文Ⅱ科だろ、お前と同じ。クラスはCだから、教室は違うな」
やっぱり。
でなければ、あんなところで遭遇なんてしない。
「なんで、文Ⅱ科なのよ」
「点数悪かったんだろ」
「だとしても、どうとでもなるじゃない」
「コネの話か?」
返事に詰まったのは、佐山のことが頭を過ったからではない。コネの話がどこまで及ぶのか、危惧したからだった。
ヤツの内情に触れれば、自ずと疑問が浮かんでくる。
なんで私が、そんなことを知っているのか。
聞こえてきたため息に、佐山の方へ目を向ける。
「クラスは学力で決まる。入学はともかく、クラス決めがコネや金銭でどうにかなった話は聞いたことはないな」
ベッドに横たわると、また軋む音がした。
「噂では、よね」
「噂では、だな」
学力で不足しているわけがない。英才教育はどうした。
あいつはボンボンだ。コネに困ることもないだろう。
「知り合いか?」
返す言葉がなく、静けさが生まれた。
ヤツとは1度しか会ったことがない。たった1度のかち合いで、知り合いと呼ぶのは気分が悪い。
「いいえ、違うわ」
「へぇ」
興味のなさそうな空返事のあとに続いたのは、ペンが走る音だった。早々に仕事に戻ったらしい。
「授業でろよ」
「もう少ししたらね」
2学期が始まって1か月。こんな時期に編入なんて、コネのほかないのに。
どうして、あんなゴミ溜めみたいな学科にアイツが……。
考えたってキリがないのに、不安がただただこみ上げてきて、動く気になれなかった。
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