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日本の失われた30年のバンド(プログレッシヴ・エッセイ 第32回)
マッサージ師に、
「左腕が凝ってますよ」
と不思議がられながらいわれた。
仕事は「会社員でオフィス業務」と答えていたので、一般的な事務職の会社員とは異にする凝り方だったのだろう。
おそらく原因は、手書き。左利きなのだ。
鞄には、横書きノート、縦書きノート、手帳2冊を常備。そして胸ポケットにはコクヨのスケッチブック「野帳」を常に忍ばせる。
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普段からずっとパソコンを使う仕事だが(右手のみの片手打ちしかできないからそもそも左手はまったく使用していない)、考え事をする時はすべてノートにペンを走らせる。本や新聞で気になったり知らなかったことが出てきたら手帳に写したりするし、この原稿の下書きも縦書きノートで書いている。手書き人生なのである。
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音楽に関しても同様、楽譜も手書きだ。
金属恵比須はプログレ・バンドゆえ、複雑な曲も多く、必ず楽譜に書きながら作曲をしている。そして、メンバーに共有するためのバンド・スコアも手書きである。汚くて読みづらいのを我慢して解読しながら演奏しているメンバーには頭が上がらない。
マッサージを受けに行った時は、ちょうど新曲作りをしていた。ああでもない、こうでもない、と楽譜に書いてみてはバッテンをつけの繰り返し。なかなか新機軸を見つけられず考えあぐねいでいたり。
日本経済新聞に「経営革新を阻んだもの」という依田高典京都大学教授の連載が掲載されていた。日本は1990年代以降の「失われた30年」の間に国際競争力を失ったという内容。その理由のひとつとして挙げられたのが「紙ベース」だった。
ビジネス現場や行政手続きのデジタル化が進まず、依然として紙ベースの業務慣行が根強く残っていること。この状況は業務の効率化を妨げ、日本企業の国際競争力低下を招いている。
「敗戦」を生かす発想へ
金属恵比須の結成は1991年、2025年で34年経つ。ということはまさに「失われた30年」を生きたバンド。しかも「紙ベースの業務慣行が根強く残っている」バンドだ。「プログレ=前進的」と標榜している割には保守的な体質。
依田教授によると、人口減少の流れの中、AIを活用することにより、世界の労働時間は減る傾向という。
労働時間減少が避けられないのであれば、余暇を楽しみ、精神的豊かさを優位とする考え方に転換すべきだろう。
「敗戦」を生かす発想へ
とも述べている。
とりあえず、音楽のことを考えるのを一旦やめて、余暇のことを考えたらバンドの新機軸が見えてくるかもしれない。胸ポケットからスケッチブック「野帳」を取り出し、やりたいことをピックアップし、ペンを走らせる。
「とにかく体が凝り固まっているのでマッサージで全身をほぐしたい」
と殴り書き。
もし、またマッサージを受けたらこういわれるに違いない。
「左腕が凝ってますよ」
右手片手打ちでパソコンに打ち込むべきか。
※参考文献
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2025年2月15日発売『モノ・マガジン』連載「狂気の楽器塾」は映画。
2月公開のドキュメンタリー映画「ヒプノシス レコードジャケットの美学」について。
ロックファンは必見の映画をプログレ目線で語ります。
第76回 レコードジャケットは無意味? 映画「ヒプノシス レコードジャケットの美学」を見る
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