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シンガポールでショップハウス保存のワークショップに参加した話

2024年5月5日、シンガポールのNational Heritage Board主催のショップハウス保存のワークショップ "ArClab: Heritage in Motion Tour" に参加した。

ワークショップの申し込みリンク:
ArClab: Heritage in Motion Tour (sgheritagefest.gov.sg)

場所はArchitectural Conservation Laboratory (ArClab)という、シンガポール国立大学(NUS)のDepartment of Architecture(建築学科)の研究室。ショップハウスの建物がそのまま研究室になっている。

研究室/ショップハウス所在地:
141 Neil Rd, Singapore 088870

ArClab外観 伝統的なショップハウス
ArClub内部 当時の内装を残す貴重なショップハウスだ
ArClab内部 腰壁にはマジョリカタイル

ワークショップは研究室の学生と思われる方々、教授から各種説明がなされた。ここArClabでは伝統建築保存のための実験やセミナー、今回のようなワークショップを行っているそうだ。2006年まで人が住んでおり、2020年に資産家が購入しNUSへ寄付したのだそうだ。

冒頭の説明風景
何層にも塗り重ねられた壁のペンキが剥げた跡がなんとも良い味を出している
ワークショップ風景

こういったショップハウスには成功し財をなしたプラナカン商人が居住した。ドアは1階は内側へ、2階は外側へ開くようになっている。1階が内側へ開くのは防犯上の理由からだそうだ。2階の真ん中のドアに見えるものは窓で、柵が設けられ落ちることはない。建物上部には中国語で縁起の良い、繁栄を示す言葉が飾られた。

ショップハウス ファサード部分
ショップハウス ファサード 2階部分

また、1階の屋根部分の上部には、中国南方の伝統建築に使われる剪粘(Jian Nian)と呼ばれる、磁器の破片を使って作られた飾りつけがなされている。その名の通り切ったり貼ったりしているという意味だ。

剪粘(Jian Nian)

建物の入り口手前にはFive-foot-wayと呼ばれる廊下が設置されている。これは、当時の英国植民地政府により、家屋の前は5フィートの廊下を設置しその廊下を通行人が通れるようにすることが義務付けられたためだ。ただ、ここは居住専用地区だっためにFive-foot-wayは作られたものの、横の建物と行き来できるようにはならなかったとのこと。

建物入口の脇部分

ショップハウスは前庭、前部、中庭、後部、裏庭からなる長屋形式になっている。

ショップハウスの模型

ショップハウス中ほどの大きい天井の開口部はその名の通り「天井」=「Air Well」と呼ばれ、通気・採光に用いられた。雨水は、一段下がったスペースから、隠された排水溝へ排出されるようになっている。

開口部
開口部

ArClabでは、伝統建築に合う塗装の試験も行っている。時間が経ってからの変化などをみているよう。

壁にて異なる塗装の試験

ファサード部分などに用いられる中国の神話などを基にしたレリーフを復元する取り組みも行われていた。ただ、凹凸や絵柄を精密に復元するには相当な技術、時間、費用を要するとのこと。

レリーフの複製過程

レリーフは3Dスキャナーでスキャンし形状を再現する取り組みも行われている。再現されたレリーフは後部に通気孔を設け、より長持ちするような工夫も検討されている。

レリーフの複製過程
左奥がオリジナル、右奥の薄黄色のものが複製したもの

建物内部では上述の剪粘(Jian Nian)や、マジョリカタイルのクリーニングのワークショップが行われていた。剪粘のワークショップは台湾から講師を招いて実施しているそうだ。

剪粘のワークショップの作品
クリーニング作業中のマジョリカタイル

後庭では、屋根材の試験が行われていた。従来の意匠や機能を生かしつつ、補修に活用可能な材料の検討を行っているとのことだった。日本から入手したサンプルは断面を薄く見せつつ強度を確保した工夫した意匠になっており大変魅力的だったが価格が高いのがネック、現在はタイ製のものを検討しているとのことだった。瓦は雨から家屋を守ることが役目だが、瓦自体が適度の水分を含むことで気化熱により家屋が涼しくなるし、また瓦と瓦の隙間を空気が通ることも良好な換気に必要とのこと。瓦に限らず、求められる機能に基づき、従来の姿を維持したまま、現在手に入り且つできるだけリーズナブルな費用の材料を用い、そして長期にわたり保存可能な方法を検討しているとのことだった。

瓦屋根の試験
元々このショップハウスに使われていた瓦屋根 フランス製だ

建物が建てられたのは1880年代、のちに1920年代頃に後部の部屋と後庭の螺旋階段が増築された。ペンキは通気できるものにしないと内部に水分が溜まってしまいそこから大きくペンキが剥げたり壁が損傷したりしてしまう。保存は見た目だけをきれいにするものではない。

後部の螺旋階段
後方の壁は塗装不良により剥げている

伝統建築の保存をやっていて、最も大変なことは?との問いに説明をしてくれた教授は、経済的な合理性の確保、と言っていた。以下同教授の話。

お金をかければいくらでもできるが、例えばこのショップハウスをきれいに、また中長期にわたって使えるように補修するための費用として、概算の結果、3.6Milシンガポールドル(4億円程度)を要する(参考:2020年に資産家がこの建物を購入した際の家+土地の価格は4.8-4.9Mil シンガポールドル、現在は10-12Milシンガポールドルだろうとのこと)。これを、例えば2Milシンガポールドル程度でどうやってやるかを考えなければならない。しっかりとそれぞれの素材を選んで補修をすれば50年は維持することができる。また、伝統建築には伝統建築の魂が生きる用途とそうでない用途がある。建物は人が集い、コミュニケーションするように作られており、極力それに沿った(=Compatibility)用途で使ってあげる必要がある。完全な商業主義によってのみ改装された建築はその魂が死んでしまう。建物の建築時の魂を継承しつつ、経済合理性のある補修が広く普及していくような取り組みに繋がればよいと考えている。

NUS 建築学科教授
壁とマジョリカタイル
階段のマジョリカタイル
階段のマジョリカタイル

本ワークショップについての内容は以上です。2024年5月中はこのワークショップが開催されていますし、同月はシンガポール全体でHeritage Fest月間となっているため他にもいろいろなセミナー・ワークショップなどが予定されており、もし興味があれば冒頭のリンクから申し込み・参加されてみてください。


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