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めでたさの居場所

「めでたいって、なんだろうね」
縁側で月を見上げながら、カレンさんがそうつぶやいた。
冬の月は、きらきらと銀の砂のような光を、庭にこぼす。

「人間はめでたいものが好きね」
こよみさんが静かな声で答える。

三人は肩を寄せ合うようにして縁側に座り、月明かりに照らされた庭を眺めていた。

「でも、いつがめでたいって、みんなそれぞれ違うのよね」
お春さんが言った。

風が吹いて、庭の梅の枝がかすかに揺れる。まだ固く閉じた蕾が、月の光を受けてほのかに輝いていた。

「そうね。わたしの新年はもう始まっているけど」
カレンさんは懐から小さな手帳を取り出す。1月と印刷された真新しいページが、風にめくれそうになる。

「でも、わたしの新年はこれから」
こよみさんは月を見つめたまま言った。

「月が満ちて欠けて、また満ちる。
 その繰り返しの中で、人は生きてきた」

「人の決めた区切りと、自然の区切りと」
お春さんは梅の枝を見つめる。

「わたしはね、命の芽吹きを待っているの。
土の下で、小さな命が目覚める瞬間を。
春風が吹いて、その子を優しく呼び起こす、その時を」

三人は黙って月を見上げる。

やがてカレンさんが「人間は不思議ね」と言った。
「時を区切って、そこに特別な意味を込める」

「でも、それが人間らしいのかもしれないわ」
こよみさんが微笑む。
「月を見上げて、季節を感じて、その中に意味を見出そうとする」

「意味を見出すことが、めでたさなのかもしれないわね」
お春さんがそう言うと、不思議と庭が明るくなったような気がした。

「ねえ」とカレンさんが言う。
「わたしたち、ずっとめでたさについて話してるけど」

「そうね」とこよみさんも。
「結局、めでたさってなんなのかしら」

春さんが立ち上がる。縁側に三人の影が長く伸びていた。

「きっとね、めでたさは人の心の中にあるの。
カレンダーの上にも、月の満ち欠けの中にも、芽吹きを待つ土の中にも」

「ああ」とカレンさん。
「なるほど」とこよみさん。

そうして三人は、また月を見上げた。

新暦と、旧暦と、立春と。
それぞれの時を生きる者たちが、この夜、静かに寄り添っていた。

めでたさは、きっと、その心の中にこそあるのだろう。
庭の梅の蕾は、もう少しで開こうとしているように見えた。

風が運ぶ夜気に、かすかな春の気配が混ざっていた。
カップから立ち上る湯気が、月明かりに溶けていく。

三人は静かにお茶を飲みながら、それぞれの新しい時を待っていた。

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年が明ける。新年が来る。
それが「めでたい」とはいうけれど、いつを「年のはじまりとするか」は人それぞれ異なる。だから「めでたさ」を感じる瞬間も、「めでたさ」の内容も、人それぞれ。

そんな「めでたさ」についてのはなしを、3人娘ではなしているんじゃないかという妄想から生まれた物語です。

月白堂

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