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茨木のり子さんに再び出会ったばかものよ

『わたしが一番きれいだったとき』

この詩を初めてよんだのは、確か中学校の国語の教科書でした。すっと心に入ってきたし、すごくよく覚えてる詩です。

わたしの中では、19歳で終戦を迎えたひとりの女性が、「青春」とよばれる時代に味わうべきだったたくさんの出来事や感情を戦争に持っていかれた怒りをうたった詩、というふうに覚えていたのですが・・・

ちょっと待って。今もう一回読み返してみると、最後にこう書いてあった。

スクリーンショット 2021-08-20 15.54.06

最後って、こう終わるんだったかな。ここの記憶がなかった。最後の三行(四行?)、めっちゃ重要じゃないですか?長生きすることに決めたらしい。こんな世の中・・・と絶望で終わるんじゃなくて、希望。


そして今日、ある人がSNSにあげていたのをきっかけに、この詩と出会いました。

自分の感受性くらい

またしても最後の三行にやられた。

自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ

どーーーーーん!

これ誰が書いたん!?と思い、早速Google先生に「自分の感受性くらい」と入力してみると、あの「わたしが一番きれいだったとき」の人だ!となったわけです。

茨木のり子さん。今さらながら、この人の言葉に心打たれております。

最近ラジオを聴いたり、いろんな人の話を聴いたりする中で思ったのは、若い時にたくさんの良い言葉や良い本に出会っておくことはものすごく大事だということです。そしてわたしはあまりそれをしてこなかったなという反省。

例えば、中学校の国語の教科書に出てきた茨木のり子さん。わたしが一番きれいだったとき以外にも、素敵な言葉がたくさんあります。あの時のわたしがもっと知りたいと思って彼女の本を手に取っていたらどう思ったんだろう、とか。そんなことを思います。

まぁ、過去のことを言ってもしょうがない。その時行動してなかったのは自分。そういえば、小学校までは結構図書室に通った覚えがあるのに、中学校・高校の時の図書室の記憶がない。(今日”記憶がない”ってもう何回言った?笑)

何しとったんかな、わたし。(ああ、部活に明け暮れていたんでした。。。)

いやいや。

本を読まなかったことを 部活のせいにするな 時間の使い方が下手だったのはわたくし

自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ

ということで、今日早速、ある人がラジオで紹介していた本を予約しましたとさ。

今週の「ひろしまほんと」



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