「完全版マハーバーラタ~嵐の章」小池博史ブリッジプロジェクト:アジアの言語と舞踊が混交し祝祭となる演劇ダンス
小池博史氏が演出・脚本・振付・構成をした公演「完全版マハーバーラタ~愛の章/嵐の章」は2部構成。「愛の章」が前編で「嵐の章」が後編だ。別々に上演され、通し券も販売された(1日に前後編を上演する場合、合わせて6時間を超える。なんという体力!)。
「嵐の章」のみを鑑賞した。
「マハーバーラタ」のプロジェクトは、小池氏が2013年から、このインドの叙事詩の完全舞台化を目指し、公演を重ねてきた企画だ。
2018年に同氏の「新・伝統舞踊劇 幻祭前夜2018 ~マハーバーラタより」(パルテノン多摩 小ホール)を見ていて、そのときの感想はこちら。
海外から参加している出演者もいて、本番は緊急事態宣言中となり、コロナ禍でかなり苦労しながら実現した公演だろう。
日本からは琉球舞踊、バレエとコンテンポラリー、バリ舞踊、タイ古典舞踊、能、狂言のダンサー(俳優)が、海外からはマレーシア(舞踏)、インドネシア(ジャワ伝統舞踊)、ジャワ伝統舞踊とコンテンポラリー、ジャワ伝統舞踊とエアリエル、インド古典舞踊、北タイ古典舞踊とコンテンポラリーのダンサー、俳優が出演。
音楽は生演奏で、舞台下の上手と下手に楽器が設置してあった。小鼓、笛、唄三線、胡弓など。迫力のある演奏でよかった。
舞台中央に葉のない白っぽい木が立っており、天井に引き上げられることもある。舞台には白い布や赤い布が登場し、傾斜のついた2つの大道具(といっても小型)が山や丘などに見立てられているのだろう。
『マハーバーラタ』は前述のとおりインドの叙事詩。物語は長く複雑で、公演のウェブサイトで粗筋を読んでもなかなか頭に入らない。しかしたぶんそれでいいのだろうと思った。「嵐の章」は、神も人も関わる大きな戦争が起こって、最後にはみんな死ぬ。それだけ理解して劇場に向かった。
物語には、現代からタイムスリップしてしまったらしい人々が登場し、案内役とも道化ともなる。冒頭で、「日本語、英語、中国語、インドネシア語、タイ語、琉球語(などなど)が話されるが、字幕はない!わからなくてもいい!わからないことにも意味がある」というような口上が述べられる。やはり、そうだろうと思っていた。所々で、舞台下手に設置されたスクリーンに、状況説明が日本語と英語の文字で表示される。
バラタ族が大戦争をして、結局皆が滅びるが、その戦いの過程が延々と描かれる。関係者だが戦いに加わらない盲目の男性とその「目」となる付き添い、「現代人」である道化たち、サルたちが、戦士たちを客体化する。「死」を「笑い」に変える。
どんどん死ぬ。人が(神も)そんなに死んでいいわけがないが、これは物語だから。でも現実でもどんどん人は死ぬ。老衰でも、病気でも、戦争でも、飢えでも、ウイルス感染症でも。でも天国や地獄やどこかでまだ「生きている」のかもしれないし、地上では人が生き続け、また生まれてくる。嘆きと笑いが常にある。
言語が異なる会話、さまざまな型の入った身体による、いろいろな踊り。ごった煮の混沌で、舞台として無理やり成り立たせている。渦巻くアジアがここにある。
言葉の意味はほとんどわからないし(日本語はせりふの50パーセント未満だったと思う。琉球語も一部しか理解できない。英語は少ないし、中国語も「你说什么(なんと言った?)」「你來了(来たのか)←※これは間違っているかも」くらいしか聞き取れない)、舞踊の種類や原作の知識もないし、寝そうにもなる。しかしエネルギーがぐるぐるする空間に私も一緒に身を置いている。
せりふは、日本語と英語が印字された紙を上演前に受け取ることができる。しかしざっと読んでおくだけでは、上演中に誰が何と言っているか判別するのはかなり難しいだろう。
カニ歩きのようにユニゾンで横移動する動きが面白い。二次元の見せ方で、影絵のようだ。飛び跳ねる姿が、人とも神とも動物とも区分できない生き物として現れる。
テンポが少し遅い気もしたが、ああいう時間の流れ方なのだろう。終盤でスローモーションで動くところは逆に「遅い」とは感じないのが不思議だ。自分もスローな時間の中に放り込まれ、一体化してしまったかのよう。
大団円の小池氏も加わったみんなのダンスがとても楽しそう。歌ってもいる。演奏家も黒子(?)も舞台へ引っ張り上げられ、ダンス。立って体を揺らす観客がいたが、観客もみんなで踊っているような気分だった。
あんなにも異質で混沌としたものを一つの作品にまとめ上げる力がすごい。まとまりきっていないかもしれないが、それでいいのだろう。出演者が皆なじんで溶け合っているようでもある。ただ、現代人のガイド役たちは浮いてしまっているように見えた。わざとそういう演出なのか?
もし本作のように異種のものが混ざり合って存在して世界が成り立っていたら、戦争は駄目だけれども、その歴史を経て今は平和を迎えられるのだろうか。それとも、やはり人は争いを繰り返すのだろうか。
インド出身と思われる方が何人か観客席にいたが、どう思ったのだろうか?
「愛の章」についてのほかの方々のレビューを見ていて、男尊女卑の演出を指摘するものがあった。「嵐の章」でもそういう場面はあったが、2018年の「マハーバーラタ」でもそれは感じていたので、今回「またか」と思ってほとんどスルーしていたが、スルーしてはいけなかったか。シェイクスピア含む古典のそういう要素は、表向きには改変しなくても現代的視点から批判を込めた演出もなし得るが、本作ではそういう意図は感じられなかった。
作品情報
「完全版マハーバーラタ~愛の章」(前編)
「完全版マハーバーラタ~嵐の章」(後編)
2021年8月20日(金)~23日(月)
なかの ZERO 大ホール(東京)
演出・脚本・振付・構成:小池博史
出演:リー スイキョン(マレーシア)、小谷野哲郎、パムンカス ダナン(インドネシア)、カンパ ロンナロオン(タイ)、川満香多、プルノモ スルヨ(インドネシア)、土屋悠太郎、シヌンヌグロホ ヘルマワン(インドネシア)、ムーンムーン シン(インド)、福島梓、ウェウダオ シリスーク(タイ)、今井尋也、川野誠一
演奏:下町兄弟、今井尋也、Taku Hosokawa
上演時間:約3時間20分
通し券・前売り・一般:S席16,000円、A席12,000円、B席8,000円
単独券・前売り・一般:S席9,000円、A席7,000円、B席4,500円
小池氏と出演者たちのインタビュー映像。
この映像を見て思い出したのだが、小池氏のワークショップに参加したとき、ダンスも音楽もせりふもさせられて大変だった(笑)。空間を意識し、周囲に耳を澄ませよ、という感覚を教えられたのも、同じ。そして、ド素人(参加者の中には俳優などもいたが)の稽古でも、小池氏が心底楽しそうにしているのがすごかったし、たった数日の稽古で「作品」にしてしまった手腕もすごかった。参加者たちを乗せて「その気にさせる」のもとてもうまかった。