見出し画像

身体が女性で、女性の格好をしていても、自分が「ノンバイナリー」だと思っていい:女性の「振り」をして生きる感覚

「中性的」な見た目・振る舞いでなくてもノンバイナリー

性自認について何も言わなければ明らかに女性に見えるし、身体も戸籍の性別欄でも女性。そんな自分は、ノンバイナリーとは思ってはいけないのか?と結構ずっと悩んでいた。

しかし最近、生まれたときの性が女性で、女性とみなされる見た目でも、自身がノンバイナリーと発言(発信、公言、カミングアウト)する人がいることを知って(後述)、少し楽になった。

「女性として見られたいからこういう性表現をするはずだ」「ノンバイナリーなら中性的なはずだ」という考え方自体が固定観念、偏見であり、押し付けなのだと、やっと実感しているところだ。

「ノンバイナリー」とは?

ノンバイナリーとは?【Xジェンダーやクィアとの違いは?】」というウェブ記事は、「ノンバイナリー」という言葉の範囲には「性自認」「性表現」が含まれる、とする。

ノンバイナリー(non-binary)とは、(身体的性に関係なく)自身の性自認・性表現に「男性」「女性」といった枠組みをあてはめようとしないセクシュアリティです。

JobRainbow MAGAZINE「ノンバイナリーとは?【Xジェンダーやクィアとの違いは?】

1. 身体的性(からだの性):身体的特徴にもとづいて割り当てられる性別です。

2. 性自認(こころの性):「自分は男/女だ」「自分は男でも女でもない」といった自分自身の性別に対する認識です。

3. 性表現(ふるまう性)は、自身がどの性としてふるまうのかを指します。具体的には、自分がどう見られたいか意識しながら選択しているもの、言葉遣いやファッションなどです。

4. 性的指向(好きになる性)は、どんな相手が恋愛や性的欲求の対象に入るか・入らないのかということです。

JobRainbow MAGAZINE「ノンバイナリーとは?【Xジェンダーやクィアとの違いは?】

「女性らしい」格好をしているのは、「女性」として見られたいから、ではない

私の悩みには「性表現」が関係しているわけだが、そもそも「男性らしい格好」「女性らしい格好」というのは社会が勝手に規定しているものではないのか。女性物として売られている服が体格にも趣味にも合うから着ていて、スカートも時折はいて、人前に出るときは多少メイクをして、アクセサリーやネイルもしたいからして、ショートカットより長い髪型をしていて、一人称は「僕」「俺」ではなく「私」を使っているが、別に「女性」に見られたいからそうしているわけではない(そして、「男性」に見られたいわけでもない)。

例えば性自認が男性でも、最近は(特に若い世代では)化粧やネイルをする人もそんなに珍しくないし、長髪の人やアクセサリーを身に付ける人は昔からいるし(アクセサリーも「男性用」「女性用」と分かれていることが多いが)、女装としてではなくスカートをはく人もいる(もちろん女装としてはいてもなんら問題はない)。

社会が「女性」とみなす格好や言動をしているからといって、だからあなたは「女性」に見られたいのだろう、と決めつけられるのは、理不尽に感じる。

一方で、社会から女性として求められる振る舞いに多少なりとも沿ってしまっているという事実もある。日本社会で一般的に「女性的」とされる振る舞いからは程遠くても、くだらない気を遣ったりしてしまうわけだ。そんな自分にうんざりするのも疲れる。

では好きなように振る舞えばいいではないか、といっても、子どもの頃から身に付けてしまっている振る舞いはそうそう簡単に変えられるものではない。その中でも、少しずつ変えようとはしている。例えば、「女性は酒を注がなければいけない」みたいなわかりやすくばかげた慣習には昔から特に従ってはいなかったものの、仕事関係の場ではどう思われるか少しは気になってしまっていたが、だいぶ前からもう気にすることもやめた。あと、「女性は、座るときはぴったりと両脚を付けていなければいけない」みたいなものも、気にしないことにしている(もちろん、電車などで脚を大きく開いて座るのは盛大な迷惑行為なので[脚の機能などにやむを得ない事情がある人などは別だが]、したくもないし、しない)。

「女性としてのフェミニズムについての意見」などを求められることなども疲れるが、そういう安易な社会的雰囲気にどう対抗していくかも、徐々に考えて、できることがあれば行動していきたい。(もちろん、「女性としてフェミニズムに関する意見表明をしたい」という人を否定するということではまったくなく、そうしたい人はいるし、そうしたい人はしたらいい。私が許可を出すことでもないが)

私を楽な気持ちにさせてくれた人・ウェブ記事

このような記事を読んで、少し気持ちが軽くなった。

▼ノンバイナリー(Xジェンダー)と自認する(も、そうしたカテゴリーを気にしなくていいと思えるようになったという)大熊菜央さん

▼歌手の宇多田ヒカルさんがノンバイナリーであることをカミングアウトしたことについての、シス男性と結婚したノンバイナリーの方の記事

私が望む世界

私が望むのは、人に対して、性別や年齢や人種や国籍や学歴や職業などのカテゴリー内の人としてではなく、まずはその人自身として向き合える社会だ。自分も含め難しいことではあるが、そういう世界になってほしいし、そういう世界にしたい。

※トップ画像:Alexander Greyによる写真

いいなと思ったら応援しよう!