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[対訳]フリデリカ「誰に私は自分の罪を告解すればよいのでしょうか?」
1.ハンガリーの夜明け前
ハンガリーとユーロビジョン
1994年、民主化後のハンガリーは、前年優勝国アイルランドの首都ダブリンで開かれたヨーロッパ最大の国別対抗音楽大会、第39回『ユーロビジョン・ソング・コンテスト Eurovision Song Contest』[以下、『ユーロビジョン』]に初めて出場した。大会の模様は、原則として、主催のEBU欧州放送連合に加盟している各国のテレビ局で生中継される(EBUに加盟しなければ大会に参加することはできない)。
実は、前年1993年にも『ユーロビジョン』に参加しようとしていたが、当時の大会参加枠は25で、旧共産圏の民主化で急激に増えた参加希望国を対象とした予選ラウンド「ミルストリート選手権 Kvalifikacija za Millstreet」で予選落ちしていた。
しかし翌1994年、新たな参加国に枠を与えるため、前大会で下位だった6か国が足切り、加えてイタリアが自主的に参加を辞退したことで、ハンガリーを含む7か国に参加出場権が与えられた。
無名の歌姫バイエル・フリデリカ
さっそくハンガリー国内でハンガリー代表を決める国内選考前大会『Táncdalfesztivál』がハンガリー・テレビ(Magyar Televízió; MTV)の主催で開かれた。
その決勝戦は、2月5日に首都ブダペストにあるMTVのスタジオで公開収録され、その模様は番組として放送された(司会はゲスレル・ドロッチャ[GESZLER Dorottya,1970-])。
11番目に登場したブダペスト出身の無名新人歌手バイエル・フリデリカ[BAYER Friderika, 1971-](当時22歳)は、「誰に私は自分の罪を告解すればよいのでしょうか? Kinek mondjam el vétkeimet?」を披露した。フリデリカの傍でギターを演奏するのは、作詞・作曲を手掛けたイェネイ・シルヴェステル[JENEI Szilveszter, 1949-]。
ハンガリー南部バラニャ県の新聞『ドゥナーントゥーリ日紙 Dunántúli Napló』が行ったフリデリカへのインタビューに拠ると、この楽曲は元々イェネイがベテラン歌手シャロルタ・ザラトナイ[SAROLTA Zalatnay,1947-]のために書き下ろしたが、未発表のままにしておいたものだったという。
フリデリカが歌い始めた途端、会場は静まり返った。
皆が彼女の美しくやわらかな歌声に聴き入っていたからだ。そしてその歌声が伝える詩の内容は神への「告解」だった。
歌い終わると、会場から割れんばかりの歓声と拍手がしばらく鳴り止まない。
しばらくしてプレゼンターが喋り始めると、16人で構成された審査員が一人ひとり持ち点の1ポイントから9ポイントの間で点数を付け発表していく。
[結果]
PATAKY Attila 9
ZALATNAY Sarolta 9
ÁDÁM Tamás 9
KOVÁCS Erzsi 9
KOLTAY Gergely 9
CSENTERICS Ágnes 8
BENKŐ László 9
BODROG Gyula 8
LAPIS Norber 9
FENYVES Gabi 9
FÜR Anikó 9
ZELINKA Tamás 9
VÉGH Krisztina 9
MÉSZÁROS József 9
HARTAI Adrienne 8
SOLTÉSZ Rezső 8
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合計得点数 140
合計得点数で140ポイントを獲得したフリデリカは、見事優勝(次点との差は僅か2ポイント)。
晴れの大舞台へ
アイルランドの首都ダブリンで開かれた『ユーロビジョン1994』本大会では、ハンガリーをイメージした緑に夜の静謐を彷彿とさせる漆黒の衣装を纏い、フリデリカは登場した。フリデリカの傍には、ギターを抱えるイェネイ。
4月が終わる夜、フレデリカは静かに歌い始めた。
大舞台で見事歌い切ったフリデリカ。
結果は、4位(合計得点数122ポイント獲得)。初出場のハンガリーにとっては大健闘だった。
その後、ハンガリー代表は、このときの最高位記録を超えることなく、苦戦することとなる。
2020年以降は、オルバーン政権の方針で、『ユーロビジョン』には不参加(大会の放映も未実施)。
2.[対訳]フリデリカ「誰に私は自分の罪を告解すればよいのでしょうか?」
フリデリカ「誰に私は自分の罪を告解すればよいのでしょうか?」のハンガリー語─日本語対訳をここに掲載する。
なお、ハンガリー語原詩(歌詞)は、1994年ハンガリーのEMI-QUINTから発売されたフリデリカの1stアルバム『フリデリカ Friderika』の歌詞カード記載のものに拠った。反復されるリフレインの一部が省略されている。
ハンガリー語─日本語 対訳
Semmi sincs, csak fénytelen éj,
Csak szótlan bánat, hiú remény.
Nincsen hűség, nincs szerelem,
Nincs simitó kéz nekem
何もない 光のない夜だけ
言葉にならない悲しみだけ 虚しい希望
忠誠心もなく 愛もない
私を撫でる手もない
refr.:
- Kinek mondjam el vétkeimet,
És a megbocsájtást kitől kérjem?
Kinek mondjam el vétkeimet, Istenem?
リフレイン:
── 誰に私は自分の罪を告解すればよいのでしょうか
そして、誰に赦しを請えばよいのでしょうか?
誰に私は自分の罪を告解すればよいのでしょうか? 神様
- Hideg az éj, de fényre vágyom,
Mint délre húzó fecskepár.
Testem kihűlt álom csupán,
De lelkem szunnyadó tűzmadár
── 夜は寒いけれど、私は光を待ち焦がれる
ツバメの番が南下するように
私の身体は冷たい夢にすぎない
けれど私の魂は休眠中の火の鳥
refr.:
- Kinek mondjam el...
リフレイン:
── 誰に私は告解すればよいのでしょうか……
- Ne kínozz, hisz előtted állok pőrén,
Bekötött szemekkel!
Istenem mondd miért?
── 私を苦しめないでください 恐れながらも御前に立っているのですから
目隠しをされて!
神様、教えてください 何故なのでしょうか?
- Könnyek nélkül sírok,
A meg sem született gyermekemnek.
── 涙が出なくても泣く
生まれてくる子どものために
refr.:
- Hogyan mondjam el vétkeimet,
És a megbocsájtást kitől kérjem?
Kinek mondjam el vétkeimet,
A bűneimmel kell, hogy éljek!
A megbocsájtást kitől kérjem?
Kinek mondjam el vétkeimet, Istenem?
リフレイン:
── どのように私は自分の罪を告解すればよいのでしょうか
そして、誰に赦しを請えばよいのでしょうか?
誰に私は自分の罪を告解すればよいのでしょうか
自分の罪を背負って、私は生きていかねばならないのです!
誰に赦しを請えばよいのでしょうか?
誰に私は自分の罪を告解すればよいのでしょうか? 神様
作詞:イェネイ・シルヴェステル、作曲:イェネイ・シルヴェステル、日本語対訳:とこ
3.あとがき
もう随分と前、たしか5、6年くらい前にこの歌を初めて聴いたとき、一目惚れならぬ一耳惚れたぼくは、歌詞の意味を知らずして、なんとなく哀しく苦しい詩だなと思った。
不思議と涙がこぼれた。
フリデリカの歌声は手で撫でられるようなやさしいものだけれど、この胸に切々と迫り来るものはいったいなんだろう……。
この歌の魅力は、ぼくの持ち合わせている日常の言葉では説明できない。
翻訳するにあたって、参考文献にあげたハンガリー語文法の教科書がものすごく役に立った。
また、言葉の微妙なニュアンスについては、Wiktionaryの英語版をはじめとするハンガリー語にかんするウェブサイトをいくつか参照し、確認した。
*本記事は、2022年春に作成した対訳を修正したものに、訳者による解説を新たに書き下ろし加えたものです。
■ 参考文献
●Wiktionary - フリー多機能辞典[最終閲覧確認日:2024年9月9日]
●大阪大学 世界言語eラーニング - ハンガリー語[最終閲覧確認日:2024年9月9日]
●大阪大学 ハンガリー語初級eラーニング(第2版)[最終閲覧確認日:2024年9月9日]
●『ドゥナーントゥーリ日紙 Dunántúli Napló』2004年6月6日 発行[最終閲覧確認日:2024年9月9日]
●早稲田みか、コヴァーチ・レナータ『ハンガリー語の入門[改訂版]』白水社(2019年)
[2024.9.10]