withコロナ時代、アートに起こる4つの変化
コロナと共生していくこれからの時代、アートのありかたはどのように変化するのでしょうか?今回はアートに起こる「4つの変化」を提示します。
本記事で提示する未来は、2020年3月以降に起きた美術館、ギャラリー、アーティストの動きやヒアリングを通じて現時点(2020年5月)で私が考えた(希望的観測も含む)視点です。
アート業界ではなく、スタートアップ業界ではたらくアートを愛するひとりの視点であり、読者の方はまた違った視点をお持ちかもしれません。ぜひあなたの考えや視点もシェアしてもらえると嬉しいです。
1. 美術館・ギャラリーはオンラインの情報発信力が鍵に
まず、美術館・ギャラリーの変化について述べます。世界的な外出自粛を受け、展示会自体のオンライン化が今後も急速に進むでしょう。
国際的なアートフェア「アート・バーゼル(Art Basel)香港」は2月に中止を発表後、3月にオンラインビューイングを実施。世界中から1週間で25万人が訪れました。また3月以降、スペイン・ビルバオのグッゲンハイム美術館や、フランス・パリのルーブル美術館、ガゴシアンなど世界の美術館やギャラリーでオンライン上のバーチャルツアーを公開する流れが出てきています。
オンライン化の流れは異業界とのコラボレーションも生み出しています。5月、ニューヨークのメトロポリタン美術館や、ロサンゼルスのゲティ美術館が任天堂のゲーム「あつまれ どうぶつの森」への参入を発表しました。アートに普段馴染みのない人にも、ゲーム上でアートおよび同館の作品に触れ合える体験を提供。さすがアメリカの美術館、攻めの情報発信力を感じます。
また、オンライン講義(MOOC)を無料開放する動きも見られます。ニューヨーク近代美術館(MoMA)や、パリの現代美術館・ポンピドゥー・センター(Centre Pompidou)が現代アートに関する講義を公開(ポンピドゥー・センターはフランス語のみ)。在宅時間が増え、アートを勉強したい人にとっては最高のコンテンツです。私もポンピドゥーの講義を受けていますが、キュレーターや美術史家による解説は勉強になります。
以上の事例にみられるように、今後美術館・ギャラリーは必要最低限のクローズドな情報発信から、オンラインで顧客との信頼関係を築くために、オープンで積極的な発信が求められるのではないでしょうか。
人的リソースに余裕のある大手の美術館やギャラリーほど、SNSやメールマガジン、自社HPで発信を強化し、オンライン化に対応しています。一方、多くのギャラリー・文化施設はリソースが足りず、すぐに対応することは難しい。自治体や地域ごとのグループ連携などの解決策が考えられます。
2. アーティストの表現もオンラインや公共空間向けへシフト
次に、アーティストの変化について。美術館やギャラリーで直接的に作品を体験する場が減る中で、アーティスト自身の表現もオンラインや公共空間向けに最適化されたものへシフトしていくでしょう。
すでにニューヨークの人気現代アーティスト・KAWS(カウズ)が、AR/VRを用いたデジタルアートを制作するAcute Art(アキュート・アート)と組んでARアートを制作。現在はAcute Artの専門アプリ上で、KAWSの作品とARを楽しむことができます。
1.にも共通しますが、オンライン化が進むとこれまでの展示方法や説明文に頼れなくなり、「よりわかりやすい」アート作品に評価が集まりやすくなるでしょう。具体的には「インスタ映え」する色合い鮮やかな作品の方が、地味な色の作品よりも好まれるでしょう。
また密閉空間での展示を避けるためにも、公共空間に展示をするパブリック・アートや街の壁に描くストリート・アートが今後増えていくでしょう。美術館やギャラリーに行かずともアートが楽しめる環境が出てくるのではないでしょうか。
アーティストは常に時代を先取る存在です。既存の表現手法にとらわれず、思いもつかないような新たな表現手法も出てくるでしょう。また批判精神が旺盛なアーティストが、コロナを直接的・間接的にテーマにした作品も必然的に増えるでしょう。
3. 直接鑑賞の機会が限られ、アート鑑賞者の分断化が起きる
3点目は美術館と鑑賞者の変化について。今後、美術館では人数限定・事前予約制で直接鑑賞する動きが主流になるでしょう。
外出自粛期間が終わった後もウイルスが完全撲滅するわけではなく、社会的距離を保つ必要があるからです。私が住むフランスでは5月11日から外出自粛令が解除になり、文化省の発令により空間的に小規模ギャラリーや美術館から徐々に開館することが決まっています。
アート鑑賞者にとっても、美術館はふらっと見る・行く場所ではなく、「決められた時間で、真剣に作品と向き合う」場になるのではないでしょうか。今までよりも作品や展示について事前に調べたり、作品の過程やストーリーも含めて楽しむような行動変容が起きるでしょう。
一方で、本来美術館は「文化を(社会的格差など関係なく)すべての人たちに届ける」役割があり、人数限定はその役割との間で矛盾が生じます。気軽に美術館へ足を運ぶことができなくなり、結果的に鑑賞者は(社会的・経済的に裕福な層が多い)アート好きに限定される「分断化」も起こり得ます。
また人数限定・事前予約制により、一部展示会の「プレミア化」が進むことも想像できます。2019〜20年に開催されたルーブル美術館の企画展「レオナルド・ダヴィンチ展」はあまりの人気のため会期直後にオンライン予約必須となり、予約が殺到しプレミア化が進みました。
今後物理的な人数制限が必要になると、人気の企画展や常設展でチケット価格上昇の動きや音楽コンサートのようにチケットサイトでの個人同士での売買も見られるかもしれません。
美術館側の視点でみると、来場者数を制限する分の補填として入場券の値段を上げる、グッズ収益を伸ばす、もしくはスポンサーからの寄付を増やしてもらうなど、収益を上げる方法を模索せざるを得ないでしょう。
各美術館が鑑賞者の安全を配慮しつつ、「文化を多くの人に届ける」役割と向き合い、どのような動きを見せるのかには引き続き注目していきます。
4. アートの購入基準は経済価値から共感重視へ
最後に、アートの創作者と購入者の変化について。
自宅で過ごす時間が増え、絵を描く、写真を撮るなどの創作活動をする人が増えるでしょう。私もつい先日、本格的に写真を始めました。純粋に「つくること、表現することが楽しい」思いを持つ、アートで生計を立てることを目的としない人たちです。
現代アーティストの宮島達男さんが主張する「アーティストは職業でなく、生き方だ」の考えが(ようやく主張から約10年の時を経て)浸透するのではないでしょうか。
また同時に、アート作品を壁に飾るなど、これまでアートにあまり興味のなかった人でも作品を購入し、気軽にアートを生活に取り入れる動きも増えるでしょう。
これまで作品を買う上で主流だったギャラリー経由の販売ではなく、"アーティスト"からの直接販売の動きが出てくる。つまり、アート作品の「D2C化」です。日本だとSTORES、BASE、海外だとEtsyなどのプラットフォームがありますし、Instagramを活用するアーティストもいます。
ただしアーティストの増加や作品購入意欲の増加は、一時的なものに留まるでしょう。歴史的に見ても、アート市場と経済情勢は連動しています。今回のコロナ危機のように数年単位で影響を及ぼす経済危機では、全体的にアート市場は冷え込むと見ています。芸術に資金を投じる余裕のある人は減り、アーティストも自身の生活確保を優先させるからです。アーティストも、コレクターも、厳しい状況です。
しかし、このような状況下でも希望はあります。市場の冷え込みで作品価格が(合理的な水準まで)収斂し、「誰かに自慢したいから」や「投資として経済価値があるから」といった自慢や投資目的でのアートの購入が減るでしょう。アート購入基準や関わり方が変化するのです。
アートは経済価値でなく、共感価値で選ぶ時代になる。経済的に苦しい状況だからこそ、ひとつひとつの作品を大切にする。アーティスト自身の思いやコンセプトに共感して作品を購入する流れも起きるでしょう。
以上、これからのアートに起こる4つの変化を提示しました。
1. 美術館・ギャラリーはオンラインの情報発信力が鍵に
2. アーティストの表現もオンラインや公共空間向けへシフト
3. 直接鑑賞の機会が限られ、アート鑑賞者の分断化が起きる
4. アートの購入基準は経済価値から共感重視へ
変化には、機会もあれば課題もあります。どのように乗り越えていくかは、アート業界に関わる人だけの問題ではなく、アートを楽しむすべての人が考え関わるべきではないでしょうか。
最後に、私の指針となっている宮島達男さんの言葉を紹介します。
アーティストな生き方をする人が増えてくれば日本の構造も変わる。なぜなら、アートには人を思いやる想像力と、出口の見えない問題を突破する創造力の2つが獲得できるから。自分と向き合う感性を持った人がたくさん出れば、日本のカタチはすぐに変わるのは当然。だから、すべての人にアーテイストな生き方が必要。(宮島達男氏Twitterより)
ここからは余談です。
以前、現代アートの共同保有サービス「ANDART(アンドアート)」のインタビューで、アートの醍醐味は「作品を見て感じたことを周りの人と分かち合う」ことだと語りました。
私は現在、個人プロジェクトとしてアートメディアの立ち上げ準備をしています。安宅和人さんは著書「シン・ニホン」の中で「未来は目指すものであり、創るものである。」と述べていますが、歴史的な転換点を迎える今だからこそメディアをやる意義があると感じています。
安宅さんの言葉のように、本記事で提示した未来を見据えた上で、アートの魅力を分かち合える場を創っていきたいです。(プロジェクトの詳細はまた後日記事化します)
Photo Credit: Seiji Marc, Acute Art, Adrianna Calvo, Lisa Fujino