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もうひとつのコンサート|ウィーンといえば、のあの場所で
フィグルミュラーで早めのお昼を終えたころ、グラーツから次女と彼氏が到着した。15時からのコンサートを一緒に聴きに行くことになっている。
私たちにとっては前々日のシュテファン大聖堂でのコンサートに続き、ウィーン滞在中2回目のコンサートになる。
「インターナショナルミュージックフェスティバル」と銘打ったコンサートで、グリークやラフマニノフなどのピアノ協奏曲がメインだ。
会場は、毎年ウィーンフィルのニューイヤーコンサートが開催されるあの「ウィーン楽友協会大ホール(通称 : 黄金のホール)」である。
出発前、息子が「その日は昼間にコンサートがあるよ。座席指定なしで全席25ユーロ。オレは買ったからみんなも来れば?」と言っていて、それに乗った。
*
さて、あのメガサイズのシュニッツェルを平らげたふたりはまだ「うっぷ……」状態で、少し腹ごなしに歩かないといけない。
到着した娘たちは昼食がまだだと言うので、軽く食べられるものを探しがてら散策することにした。
しかし昼下がりの街は暑かった。前日とは違って風もなく、日差しも強い。
暑さにはめっぽう弱いので、日向を少し歩いただけで青菜に塩状態だ。
青菜といいつつ顔は真っ赤だし、かぶっていた帽子のせいもあって前髪は汗の湿度でくるくる。
とても「これからコンサートに行く」という雰囲気ではない。ひと山トレッキングしてきたか、サウナから出てきたか、そんな感じになっていた。あーあ。
ともあれ、会場に到着。
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こちらは年間チケットの広告。
特にこのインフォは必要なかったが、日陰を作ってくれる神!と撮った。笑
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30分前に開場になりホールに入った。
おお!クーラーが効いている。(当たり前に思えるが、欧州にいるとまさかの罰ゲームみたいになることがある)
周りを見渡しても、誰も暑そうな見た目の人はいない。娘と私だけが赤い。笑
そしてもうひとつちょっとした違和感があった。
中国出身と思われる方がやたら多い。ピアニストが中国名の方のようなのでそのせいかな、と思ったが、とにかくコンサートホールらしくないざわざわした雰囲気に支配されている。
チケットには注意事項として「演奏前、演奏中、演奏後のいずれも撮影、録音などは禁止されております」と書かれていたのでスマホの電源を切ってしまっていたのだが…… みなさん歩き回って写真を撮ったり、ぐるりと360°の様子を録画したりしている。
「これって…?」と不思議に思っていると、ホールの係員がすぐ後ろに座っている女性にだけ「自撮り棒の使用はお控えください」と注意した。どうも開演前は撮影してもよさそうである。
ということで撮ったのがこちら。
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(あたりまえ)
さて、前方に「Reserved」となっている列があった。そこには中国系と思われる家族がやってきた。髪をきっちりセットし素敵なスーツを着て、映画女優のようにきれいなマダム。後ろにいる親戚らしい若奥さんの子どもたちは白シャツに半ズボン、ワンピースなどで決めている。
相変わらず客席のざわめきは収まらないし、オーケストラのメンバーが入場してもまだ歩き回っている人がいる。なんだか夢を見ているような気分になる。隣に座っていた地元の方らしい男性も同じように思っていたのか、つい顔を見合わせてしまった。ここはあの黄金のホールなのか?
ともあれ、やっとピアニスト入場。
小学校高学年ぐらいの男の子だった。
次の曲も同じ子が…と思ったら、双子のご兄弟のもうひとりらしい。
続いて出演したのは、14歳になるお姉さんだった。
3人姉弟ともにカナダで研鑽を積んでいるとのことで、すでに演奏会の実績もあるようだ。
ただ…… (それほどわかっているわけでもないのにこんなことを言うのも僭越なのですが)
男の子はまずミスタッチをなんとかしてほしい。8歳でピアノを始めて短期間でここまで弾けるのはすごいとは思うのだけれど。
それなのに、若い指揮者は演奏が終わった後に、観客にさらなる拍手を要求。「なにを見せられているんだ?」とちょっと鼻白んでしまった。
お姉さんもあの年であのテクニックは逸材だとは思うが、まだそれほど惹きつけられるものは感じず。
若い人の挑戦は応援したいと心から思う。でも、やはりプロオケを従えてこのホールに立つにはもう少し時間をかけたほうがいいのではないか、という印象を持った。これからずっと音楽家として歩いていくならなおさら。
休憩のあいだ、先ほどピアノを弾いた男の子が「Researved」の席に来て、一同でわいわいやっていた。やはりそこは「家族席」だったらしい。
コンサート後半の若いピアニストのグリークはとてもよかった。高校生の彼も中国出身とのこと。
じつはこれまで出演した4人は、最後のラフマニノフを弾くウラディミル・ヴィアルド氏に師事する生徒さんだった。
もしかしたら門下生の発表会的な要素もあったのかもしれない。
そう思ったらむしろ気持ちが緩んで、「真夏の暑さの中、25€でこのホールで音楽を聴きながら2時間過ごせるのは悪くないな」と楽しむ気持ちのほうが大きくなった。
そして大トリのラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。
今年75歳になられるヴィアルド氏は舞台袖からかなりよたよたと出てこられ、大丈夫かなあ……と心配になるぐらいだったが、演奏が始まるとまったくそのイメージは消えた。
出だしは私のなじんでいるテンポよりだいぶ遅かったが、その世界にすぐに引き込まれた。オーケストラの音との相乗効果を引き出すのもプロのピアニストの力だと思われる。
第1楽章の終わったあと、ステージに向かって右の一角から拍手が響いた。すると氏は静かに右手を上げそれを制止する。
初めて会場が息を止めるかのように静まった。
ひとつひとつ音を丁寧に置いていくような第2楽章、緩やかな渦のような第3楽章。
苦悩と希望、甘美な感傷と力強さ..…全楽章を通して圧倒的な世界観が見事だった。
この人の若いときのラフマニノフも聴いてみたい、と思った。
演奏が終わって出演者全員が例の大きな花束を受け取る。
ヴィアルド氏に笑顔で祝福される若者たちを見て、将来またこの人たちの演奏を聴いてみたい、とも思った。