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vol.9 【My Daily Life with "FJORD"】
「HYGGE(ヒュッゲ)」とは、デンマーク語で「居心地がいい空間」や「ほっこりする楽しい時間」のこと。この、カルチャーとも言える「概念」には、暮らしを楽しみ、幸せを感じられるヒントがたくさん詰まっています。
「HYGGE Magazine」では、そんな日々の暮らしをより豊かにするヒントとともに、あなたのHYGGEタイムのお供になるような物語をお届け。
vol.9は、大自然の香りのなかにしあわせを見つけるハナシ。
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「俺、このあとオンラインミーティングがあるからさ、それが終わったらランチにしない?」彼はパソコンを忙しく叩きながらそう言った。
ランチに誘っているように聞こえるが、この言葉の意味は「オンラインミーティングの後にランチを食べたいから、それまでにご飯を作ってほしいな。」である。
彼はご飯を作るのは得意でないようで、料理はいつも、当然のごとく私の役割になっている。いや、全然良いんだけどね。今日は私もちょっぴり仕事が立て込んでるんだよね。
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彼と一緒に、1週間のワーケーションで金沢へ来た。共働きの私たちは、同棲生活も2年目に突入し、そろそろ少し長めの、遠出の旅行をしたくなったのだ。
いくら美食のまち「金沢」とはいえ、数日間の滞在ともなれば少しは自炊もできたほうがいいよね……と、広めのシェアキッチンがあるホテルを予約した。
今日は滞在3日目。時刻は午前11時。お昼ごはんは5分で作れる野菜炒めにしようと思う。たしか、昨日買った豚肉もあったはず。
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こうしてお昼の献立を考えたり仕事をしたりしていると、旅先とはいえ、いつもとそれほど変わらない日常が流れる。でも、家での生活とは確実に違うものを私は見つけた。
それはホテル館内のラウンジだ。3日間で、すでに何度も出入りしている。朝夕問わず、ここにいるとなぜか心が落ち着くのだ。彼と二人で住んでいる築6年1DK(ベランダ狭め)のお家には、こういう憩いのスペースはない。
まだ時間があるし、料理に取りかかる前にあのラウンジでリフレッシュしようかな。
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日光がよく入るからだろうか?それともソファがレンガ色をしているからだろうか?安らぎのモトはどこにあるのか、改めて探してみた。ふと、透明がかった緑色のガラス瓶が目に止まった。
近くで見るとそれはディフューザーで、明らかにここからいい香りが放たれている。一方で今まで気づくことができなかったくらい、ナチュラルな柔らかいアロマだ。
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ビンの側面には「FJORD」と書かれている。何と読むんだろうと思って、そのままネットに入力して検索してみたら、美しい大自然の写真が画面上にいくつも現れた。大きな山と山のあいだに、ターコイズ色の輝く大河が流れている。それが「フィヨルド」だった。
なるほどこの香りは、「フィヨルドに広がる雄大な森林や果樹園」を表現しているらしい。果実の甘さ、芳醇さの印象が最初にくるけれど、しつこさはなく爽やかだ。
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目を閉じ香りを堪能しているうちに、ランチの支度のことでちょっぴりモヤモヤしていた気持ちも、だんだん穏やかになってきた。さっきは少し、彼に不満げな顔しちゃったかもな。
私はときどき、あからさまにムスっとして、それを言葉には出さず表情で察してもらおうとするところがあるから、それは直さなくっちゃいけない。素直に頼れるようになりたいな、すぐには無理かもしれないけれど。
それにしても、深く息を吸い込みたくなる香りだ。ラウンジのソファでゆったり呼吸していると、「やっぱりここにいた。」と彼が声をかけに来た。
「ミーティング、ちょっと早く終わったからさ。お気に入りスポットで座ってるんじゃないかと思って、迎えに来た。」隣に腰かけて彼は言った。彼は私のことをよく知っている。
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「日常の小さな幸せ」は、どれも奇跡の積み重ねで出来上がった貴重なものなのに、受け止める心の余裕がなければするりと通り抜けていってしまう。
例えば、こんなふうに心地よい香りに包まれることや、パートナーと過ごす短いお昼休み。いつの間にか当たり前になって、見過ごしてしまいがちなささやかな幸せが本当はすぐそばに溢れてる。
今、それに気付くことができたのはフィヨルドの香りのおかげだ。
もしまた忘れかけそうになったら、この香りが小さな幸せを改めて感じさせてくれるはず。お家に帰ったら同じ香りを置いて、リフレッシュできる空間を作ろうかな。
さて、まずは美味しいお昼ご飯を作ろう。彼にもちょっとだけ手伝ってもらおうっと。
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text : Chichi