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食物の匂いが「タイムトラベル」を可能にする
若い頃に食べた食べ物の味に触れた高齢者は、その出来事の記憶が強化され、過去に「タイムトラベル」することができたという。英国ランカスター大学からの研究報告。
この研究は、高齢期の記憶を呼び起こすための3Dプリントされたフレーバーベースのキューの実現可能性を探るものだという。
研究チームは、12人の高齢者から72の記憶を集めた。半分は食べ物が関係する記憶、半分は食べ物が関係しない記憶で、それぞれ2回ずつ思い出してもらった。 その内容は、金婚式での焼きサバから、出産後に病院でイチゴを食べたことまで、多岐にわたっていた。
食べ物の記憶については、研究チームは参加者と協力して、それぞれ特注のフレーバーベースのキューを作成した。この3Dプリントされたフレーバーベースのキューは、元の食品を模した小さなゲル状の食べられるボールで、すべての材料や準備を必要とせず、より強いフレーバーがあって飲み込みやすくなっていた。
主任研究者のコリーナ・サス教授は次のように述べている。「我々は、パーソナライズされた3Dプリントフレーバーベースのキューが、特に、元の体験の食べ物と明確に一致し、感情的にポジティブな記憶を呼び覚ます場合、豊かな感覚と感情の質を持っていることを示しました。」
すべての参加者は、フレーバーベースの合図で促されたときに、豊かな感覚的な説明をすることができ、その詳細のほとんどは、それ以前の思い出しのときには存在しないものであった。
ある参加者は、カンボジアでのグリーンタイカレーの夕食を思い出して、こう言ったという。「私たちは、とても質素なキッチンエリアに入り、床に座って、何だかよくわからない緑色の野菜をいろいろと用意しました。そして、それらを調理したり、炒めたり、皿に盛るのを手伝ったりしました...」。
しかし、3Dプリントされたグリーンタイカレーのフレーバーベースのキューに触れた後、その参加者は、「野菜を切る音がして、私は友人とあぐらをかいて床に座り、一緒におしゃべりをしていました。それから外に出て、テーブルに材料を並べ、他のグループも出てきて、学校の前の長テーブルに座り、外の開放的な雰囲気の中で食事をしました」という、より詳細な記憶を語った。
特に印象的だったのは、味を手がかりにした思い出の多くが、その場にタイムスリップしたような強い感覚と共に思い出されたことだという。
ある参加者はこう言った。「ローストビーフと西洋わさびを食べると、一気に25年前に戻りました…突然、私は部屋のテーブルにいる自分を感じました…私はそれを食べ、全ての記憶が実際によみがえり、それはまったく力強い反応でした。全く突然に私は戻ったのです」。
興味深いのは、キューを食べるという行為だけでも、元の出来事の身体的な再現のように感じられたようにみえることであるという。「それはより多くの感覚の引き金を引くような感じです。おそらく、それを味わっているとき、そこにいる自分を想像しているのでしょう」。
研究チームは、この研究は特に認知症に関連するものであると述べている。参加者らは、愛する者を介護した自身の経験から、食べ物の記憶の重要性を語ってくれたという。
アルツハイマー病の母親を持つ参加者の一人は、こう語った。「料理の匂いや味を嗅ぐとすぐに、『ああ、これは昔ながらの料理ね』と言っていました。『昔を思い出すわ』と言っていました。昔食べたことがあるような気がしたようです」。
また、認知症の人が過去の出来事を思い出すきっかけとして、食べ物の思い出をスクラップブックにまとめることを提案した参加者もいた。
サス教授は次のように述べている。「3Dプリントされたフレーバーは、回想的検索を誘発し、参加者が深く楽しんだ、感覚的に豊かで強いポジティブな感情体験を誘発しました。」
ゲイラー博士は言う。「フレーバーベースのキューを作成するために人々と一緒に作業することで、このつながりがいかに強力であるか、しかし十分に使用されていないことが浮き彫りになりました。私たちのデザインしたアプローチは、このギャップを埋めるのに役立ち、豊かで多感覚な記憶補助装置を作るための将来のアプリケーションの可能性を示しました」。
ヴァイヴァ・カルニカイテ博士は次のように述べている。「私たちはついに、非常にコンパクトな形状のさまざまな食品の味と香りを使って、記憶の再構築を助けることができる技術を手に入れました。これらは、記憶を呼び覚ます助けになる最も強力なキューです」。
出典は『ヒト-コンピュータ相互作用』