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[産業保健/健康経営]2021-2023の3年間の振り返り


この文章は何か

iCAREの加藤浩司です。普段はコージと呼ばれています。
「3年間の振り返り」という、ちょっと仰々しいタイトルをつけてしまいましたが、その理由は今月末でiCAREに入社して丸3年が経つためです。
それまで私は産業保健/健康経営に直接的にかかわる仕事をした経験がなかったため、産業保健/健康経営の「中の人」として体感した、この3年間の変化について書いたのが、この記事です。

社会はどう変わったか?

新型コロナとの3年間、職域接種、そして働き方の変化

この3年間で健康(職域に限らず)に最も影響を与え、社会の関心が注がれたことと言えば、間違いなく新型コロナでしょう。3年前の2021年は実に3回にわたって(東京において。以下断りのない限り同じ。)緊急事態宣言が発令され、多くの企業・働くひとにとって一気に働く環境が変わりました。
私個人としても、2021年1月の入社のわずか4日後に第2回の緊急事態宣言(初回は2020年)が発令され、入社早々にフルリモートワークに切り替えざるを得なかったことをよく覚えています。
その後、2022年は緊急事態宣言は発令されなかったものの、まん延防止等重点措置(まん防)や複数回の感染者数のピークがあり、2023年には5類感染症移行後に感染者数が増加した時期があったものの、定点医療機関当たり患者報告数によれば8月後半~9月前半(定点あたり16人~17人)がピークであ
り、その後は以前に比べれば落ち着いた状況に見えます(12月21日の東京都公表の第50週数値は2.58人/定点)。

このような、社会的な大きな変化の中で、職域における従業員の健康に焦点を当てると、最も分かりやすい出来事は新型コロナワクチンの接種に企業が直接的に関与した、いわゆる職域接種だったのではないかと思います。
これまでは、企業における病気・健康への関わり方は、どちらかというと間接的な支援が多かったと思います。例えば、定期健康診断の際のオプション検査や、インフルエンザワクチンの接種に対して補助を出す企業は以前から多かったと思いますが、より直接的に従業員にワクチン接種を働きかけ、かつ、オフィスや近接する場所を物理的に確保して企業が従業員の健康を守る行動をこれほど大規模に行ったことは、少なくとも私自身が働くようになってからのこの数十年間では記憶にありません。
iCAREとしても、職域接種を通じて働くひとの健康に直接・間接に貢献できたことは、とても誇らしく思っています。

このような大きな出来事に加えて、働くひとの環境に大きな変化を与えたことが、リモートワークへの急速な移行とそこからの揺り戻しだったと思います。東京都の発表によれば都内企業のリモートワーク実施率は新型コロナ前の24%から、60%超に急激に上昇、その後2022年前半まではおおむね横ばいしたが、その後徐々に低下、更に、2023年の5類感染症移行前後に一段と低下して45%前後に、その後11月には更に低下して約41%となっています。

東京都産業労働局  テレワーク実施率調査結果(2023年12月19日発表)

今後更に実施率が低下するのか、もしくは、この水準で推移するのかの見通しは難しいですが、東京都発表資料によると従業員300人以上の企業での実施率は直近1年間でむしろ上昇していることから(2022年11月70.4%⇒2023年11月74.6%)、少なくとも一定規模以上の企業においては、これ以上の大幅なオフィス回帰は起こらず、「リモートとオフィスの組み合わせ」のスタイルは中長期的に定着していくのではないかと考えます。
そのような中で、職場での健康に目を向けると、他社との横並びの健康施策から脱却し、自社の経営状況や勤務形態等を踏まえた、より個々の企業の実態に即した健康増進支援が求められる時代になってきたのだと思っています(詳細は下記リンクの記事も参照)。

健康経営:当たり前の言葉に

職域における従業員の健康を考える際に、「健康経営」という言葉が市民権を得た、つまり当たり前の言葉になったことがこの3年間の大きな変化だと感じています。
例えば、経済産業省が行っている健康経営優良法人認定制度は、2016年度から実施されていたものの、大規模法人において上位500社に対してホワイト500という呼称を使い始めたのは健康経営優良法人2020(2021年3月発表)からですし(それ以前は、大規模法人の認定企業は一律ホワイト500と呼ばれていた)、中小規模法人でブライト500が新設されたのも、この3年間の間に始まったことです。
このような従来になかった区分を作ったという変化は、(順位をつけることの良し悪しは別として)、健康経営に関心を持つ企業の裾野が広がったことを意味していると思います。
また、日本健康会議が掲げている「保険者とともに健康経営に取り組む企業等」の目標数は2023年に従来の10万社から50万社と、なんと5倍に上方修正されました。このような出来事からも、関心層の広がりを感じます。

人的資本経営:急速な関心の高まり

最近の動きとして、人的資本経営への急速な関心の高まりが挙げられます。
例えば、Google Trendsで過去10年間の検索状況を見てみると、2019年以前はほぼ関心を示されていなかった人的資本というキーワードは、2020年後半ごろから少しずつ関心度が高まり、その後、2022年に入って一気に大きな変化が起きたことが見受けられます。この変化は、関連するキーワードとしての「産業保健」が過去10年ほぼ変化がないことや、過去10年緩やかな上昇トレンドが続いている「健康経営」と比較するとより顕著です。

Google Trends(2014/1-2023/12。対象:日本国内、すべてのカテゴリ、Web検索)

このような変化のきっかけとして、大きく2つの出来事が挙げられると考えます。
1つ目は、人材版伊藤レポートの公開です。人材版伊藤レポートは経済産業省の「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の報告書として、第一弾が2020年9月に、その後、人材版伊藤レポート2.0が2022年5月に発表されています。「人材版」という名のとおり、2014年に公表されたいわゆる「伊藤レポート」とは異なり、企業の持続的成長の観点で人材(人財)に直接的にフォーカスし、経営戦略と人材戦略をリンクさせた点で画期的であったと考えます。実際、人材版伊藤レポートの冒頭では、「企業の競争力の源泉が人材となっている中、人材の「材」は 「財」であるという認識の下、持続的な企業価値の向上と「人的資本 (Human Capital)」について議論したもの」と示しています。
このようなレポートが経済産業省が中心となってまとめられたことが、人的資本への世の中の関心を高める大きなきっかけになったと考えます。

さらに、金融市場という観点からは、2023年3月期から有価証券報告書においてサステナビリティに関する企業の取組みの開示が義務付けられ、人的資本に関する開示も行われることになったことは、大きな転換点となりました。共通で開示される「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女間賃金格差」などの項目の是非については議論があるものと思いますが、金融市場を巻き込むことによって、大企業を中心とした「動かざるを得ない状態」を作ることは、世の中を大きく変えるための非常に有効なアプローチだと考えます。

個人的には、この動きはESG投資が普及した流れに近いものを感じています。ESGの概念は、2006年に国連が機関投資家に対し、ESGを投資プロセスに組み入れる「責任投資原則」(PRI) を提唱したことがきっかけで広がったと言われています。また、日本においては、2015年に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がPRIに署名したことや、2017年及び2020年に金融庁が日本版スチュワードシップ・コードを改訂し、機関投資家によるサステナビリティ考慮と企業との対話を重視したことでESGが大きく進展・普及したと考えます。このような金融市場を巻き込んだ大きなうねりが、今、人的資本経営に起きつつあると感じています。

健康に関わるサービスはどう変わったか?

このように、社会が大きく変わる中で、健康に関わるサービスに変化はあったのでしょうか?

サービス提供者の広がり

従来から産業保健/健康経営領域のサービスを提供していた各社がサービスを拡充したことに加えて、職域の健康という観点で見た際には、サービス提供者の幅が広がったという点を感じており、2つのパターンがあります。

・HRテック提供会社による産業保健・健康経営領域への滲みだし
企業向けのHRテックサービスには、採用、労務管理、タレントマネジメントなど、様々な領域がありますが、従来産業保健・健康経営領域向けサービスを提供していなかった企業が健康領域に滲みだすケースが多くみられます。
例えば、タレントマネジメントシステム大手のプラスアルファコンサルティングは、2021年にストレスチェック機能の提供を開始したほか、2023年に入ってヘルスケア領域の強化を発表しています。また、クラウド会計システム大手のfreeeは2023年にfreee人事労務の機能の1つとして、健康診断やストレスチェックに関する機能の提供を開始しています。

・医療分野の事業者による職域向けサービスの強化
高齢者(65歳以上)比率が29.1%(総務省統計局 人口推計 2023/9/15現在)と既に国民全体の3割に迫っており、今後更に生産年齢人口比率が低下していくことが確実視されている日本において、医療ニーズの増大に伴う国民医療費の増加が国家的な課題であることは言うまでもありません。そのような状況下において、従来医療分野を主たる事業領域としていた事業者が「治療から予防へ」の考えの下、予防事業の一部として職域での健康に関わる事業・サービスを拡大してきたことは大きな変化であると考えます。
例えば、医療情報専門サイトや治験支援などを提供しているエムスリーは、2022年にホワイト・ジャック・プロジェクトとして予防医療への本格的な参入を発表しており、その後、複数のプロジェクトやM&Aによる事業拡大を実施しています。
その他にも、職域以外も含めて見渡してみると、例えば感染症・ワクチン領域に強い製薬会社である塩野義製薬は2023年に発表した新中期経営計画でHaaS(Healthcare  as a  Service)という概念を提唱し、病気やケガを治すという観点でのサポートだけではなく、予防あるいは食品といったヘルスケア領域全般のサービスを提供することで、患者との新たな関係を作っていくという方針を打ち出しており、今後も、様々な事業者が予防領域に参入することが見込まれます。

革新的なサービスは生まれたか

このような既存事業者によるサービス強化や新規参入が増える状況下において、量ではなく質の観点で、革新的なサービスは生まれたのでしょうか?
あくまで私見になりますが、この3年間では量の増加に比べると、産業保健/健康経営を根底から変えるような質の変化は起きていないのではないかと感じています(誤解のないように補足すると、各社素晴らしいサービスを新たに提供したり、既存サービスを進化させていますが、ゲームチェンジャーとなるようなサービスはあったのかという観点では、なかったのではないかという意味です。)
更に言うと、職域の外に視野を広げても、新型コロナワクチンがわずか1年足らずで開発されたという革新的な点を除けば、テクノロジーの領域では大きな変化は起きていないのではないかと感じています。例えば、新型コロナの蔓延と在宅中心への生活環境の急速な変化、更には規制緩和や診療報酬の改定により爆発的に普及するかのように期待されていたオンライン診療ですら、2023年現在、一般的に広く利用されているという状況にはないと理解しています(※)。
 ※オンライン診療に対応する医療機関の割合は、2021年4月時点で15.2%(令和3年版 情報通信白書)。2022年以降の公的機関等の発表数値を見つけられませんでした。ご存じの方がいらっしゃいましたら是非教えてください!

変化の兆し

そのような状況である一方で、職域における健康という観点では将来に繋がる変化の兆しはあったのでしょうか?いくつか思い出される出来事がある中で、ここでは2つ挙げてみたいと思います。

1つは、職域における健康管理で重要な役割を果たしている定期健康診断について見直しの方向性が出てきたことです(2023年9月2日 日経電子版)。結核感染の早期把握などを目的として開始された胸部エックス線の廃止は、いまさらかという声も聞こえてきそうですが、一度でも公的に開始した検査を廃止する判断が簡単でないことは容易に想像できますし、当該検査が開始されたのは1972年(50年以上も前!)であることを考えれば、時間がかかってもしっかりと見直しの動きが進んでいることは光明なのではないかと思います(健診制度の歴史等については、厚生労働省「第1回労働安全衛生法に基づく一般健康診断の検査項目等に関する検討会」(令和5年12月5日)の資料2を参考にしました)。

もう1つは、2022年9月にWHOとして初めての科学的根拠に基づく「職場のメンタルヘルス対策ガイドライン」が公表されたことです(注:リンク先は2023年11月に公開された、東京大学職場のメンタルヘルスシステマティックレビューチーム (TOMH-R) がレビュー・翻訳を行った日本語版です)。
従来、職域における健康投資はエビデンスや投資対効果の観点で、どのような取り組みが効果的か統一的な見解がなく、個人的な感覚としては「セルフケア」に偏重した取り組みがなされていたように感じていました。それに対して、今回のガイドラインにおいて、管理監督者のトレーニングが推奨度・エビデンスの確実性で他の介入や施策よりも優位であると明示された点は、今後の職域におけるメンタルヘルスへの取組みの指針となりうるものであると感じており、メンタルヘルス対策の前進に繋がる兆しではないでしょうか。

世界保健機関(WHO) 職場のメンタルヘルス 対策ガイドライン(赤下線は筆者が追記)
出所:同上

おわりに

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
最近3年間の出来事を振り返ってみると、2つのことを感じました。
1つは、職域での健康管理・健康支援は、3年前に想像していたとおり、もしくは想像していた以上に、社会的意義の大きい産業であるということです。もう1つは、これらの領域の産業としての拡大はまだまだ始まったばかりということです。本文で記載したように健康経営という概念自体は市民権を得てきたと考えれば「始まりの終わり」とは言えるかもしれませんが、今後、2023年には想像しなかったような発展の可能性があると感じます。
そういえば、2023年のM-1グランプリで優勝した令和ロマンの松井ケムリさんが芸人になることを親に相談した際に、AIに代替されない仕事だからOKと言われた、という記事を見ました。職域での健康を支えるという産業も実はこれと共通点があると感じています。ある部分はAIやその他の新たな技術に変わっていく、もしくは補完されていくものの、健康という人間の根源であり複雑な部分には、技術では解決できないものが数十年経っても存在すると思っており、その課題の解決にチャレンジできることが、この産業の大きな魅力だと思います。

なお、今回の記事は、主に社会的な変化や企業の視点での気付きをまとめており、産業医、産業保健師などの専門家視点でまとめると、また全く別の切り口になるのではないかと感じています。そのような視点で日々業務にあたっている方とも、是非この3年間をどう感じたのか、意見交換できる機会があれば嬉しいです。

そして、最後の最後に、いつもの定番ですが、iCAREではパーパスである「働くひとの健康を世界中に創る」を一緒に実現してくれる仲間を各種ポジションで募集しています。
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加藤浩司 @iCARE
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