文章のチェック方法を約10000文字でまとめてみました。
こんにちは。LINE校閲チームの中村陽介と申します。はじめに私の簡単なプロフィールをご紹介します。
中村 陽介(なかむら・ようすけ)
方法論がシェアされにくい校閲のお仕事
皆さんは仕事をするときに、同僚や同業者が何を考え、どういった方法で仕事を進めているか、具体的に知りたいと思ったことはあるでしょうか?
文章と対峙する校閲の仕事はよく「孤独な作業」ともいわれます。基本的には独りで机に向かうことが多く、ほかの校閲者がどのように校閲をしているか具体的な方法論がシェアされにくい仕事でもあります。
私も同僚の校閲者に対して、あの人はいつも自分にはない視点で指摘をしているけど、どのように文章をチェックしているんだろうと思うことがあります。
同僚のエース校閲者に教えていただきます
そこで今回は、同僚のエース校閲者・田村さんを招き、実際に目の前で校閲をしてもらいながら、文章をチェックしているときの視点や考えていることを教えてもらいました。
田村 賢人(たむら・けんと)
中村:田村さん、よろしくお願いします。今回は実際に田村さんが校閲者として文章をチェックしているときの視点と考えていることを「読む」「調べる」「伝える」という3つの観点で教えていただきたいです。
田村:教えるとなると、校閲者としてまだまだ未熟なので、あまり自信はないですが…。もしかすると自分にとっても校閲の現在地を振り返る機会になる気もしますので、協力させていただければと思います。
中村:ぜひ勉強させてください。田村さんに教えていただいた文章のチェック方法が、私だけでなく、このnoteを読んでいただける皆さまにも届けばいいなと思っています。
読むことは校閲における準備
田村:今回の説明で使うサンプルとなる文章を用意してみました。こちらの文章を一部実際に校閲していきながら、私が文章をチェックする方法をご説明できればと思います。
最初はあえて読者の目線で読む
中村:まず田村さんは校閲をするときに、どのように文章を「読む」のでしょうか?
田村:私の場合は読み方を3つのパターンに分けていますかね。
中村:といいますと?
田村:今回のような短めの文章の場合、まず最初に文章全体を最初から最後までざっと目を通して、テーマや文脈がどういった内容なのかを把握しています。
中村:なぜ最初に文章全体の内容をざっと把握するんですか?
田村:校閲者と読者は目線が異なると考えていまして。私は校閲をするうえで読み手がどのように感じるかという感覚を大切にしています。だからこそ、校閲者として文章を読む前に読者の立場で文章を読んでいます。
中村:テーマを把握するときに意識していることはありますか?
田村:文章の中に散りばめられた色のあるキーワードをひろっていますかね。例えば、今回の文章ですと「鎌倉殿の13人」「鶴岡八幡宮」「源頼朝」「小町通り」などがそうです。当然ですが、ドラマや鎌倉にまつわるテーマだということがわかりますよね。
校閲者として"私"をメタ認知する
中村:今回の文章は短めの文章ですが、例えば校閲の対象が5000文字や10000文字などのいわゆる長文の場合は文章全体をさらっと読むのは大変だと思っています。長文の場合はどのように読みますか?
田村:長文の場合も同様に、私の場合は500文字前後の単位で、ある程度のパラグラフに分けながら、範囲ごとにテーマを把握しています。
田村:ほかにも、タイトルがある場合はタイトルに重要なキーワードが含まれているので、文章全体の内容を把握することもできますよね。
中村:まとめると、最初に文章の内容を把握することを目的として、500文字前後の範囲でキーワードをひろいながらざっと読んでいく感じですかね。
田村:そうですね。まずは校閲をするための全体像を理解している準備段階です。ただこの準備段階で最初の心構えをしています。
中村:心構えというと?
田村:今回ですと、私は個人的に「鎌倉」が好きなんです。興味があるものがテーマに掲げられている場合、人間ですから、少し興奮して文章を読んでしまいますよね。校閲者として平常心を乱さないように、興味がある内容でも客観性を保てるような心構えをしています。
中村:私は好きなサッカーチームが話題になっている記事を校閲していると、けっこう感情移入してしまいます。
田村:心理学でいうところの、私的な自分を、もうひとりの校閲者の自分が見ているようなメタ認知をするということかもしれません。
一文ずつ意味を把握する読み方
中村:読み方を3つに分けると話されていましたが、2つ目はどのような読み方をされるのでしょう?
田村:次は、一文ずつに分けて文章の意味を把握する読み方をしています。最初に文章全体のテーマを把握するとお話ししましたが、今度は一文にフォーカスしてよりミクロの視点でとらえていますね。
中村:よく校閲者の中で話題になる、広い視野としての鳥の目、より足元を見る視野としての虫の目に近いお話ですよね。
田村:そうですね。それに近いですね。
中村:ところで、一文ずつ意味を把握する読み方とは、具体的にはどういったことでしょうか?
田村:ひとつの文ごとに何を伝えようとしているのか、文そのものの意味を追っています。合わせて、修飾語-被修飾語の関係がおかしくないか、主語と述語にねじれがないかといった日本語の係り受け構造を読みとるために文節も意識して読んでいますね。
田村:基本的な内容にはなりますが、例えば主語と述語にねじれがないかは下のイメージのように丁寧に読んでとらえています。主語と述語の係り受け構造は問題なさそうですよね。
中村:いまの段階で初めて校閲者のモードに入っているということですかね?
田村:はい。先ほどはまだ読者目線でしたが、徐々に校閲者のモードに入っています。では、もうひとつ文をチェックしてみましょうか。
主語の省略と接続助詞は要注意
田村:こちらの文は主語が省略されている形だと思います。日本語は主語が省略できますよね。私の場合なんですが、文を俯瞰して読みたいときは、述語を起点に、主語の省略も考慮しながら主語は何かを探しています。下のイメージにあるように「話す」が述語なので、省略されている主語は「守衛さんは(が)」になると思います。
中村:田村さんに教えていただいたように、文末の述語「話す」を起点に読んでみました。もしかすると、文頭の「話によると」が述語の「話す」と重なっていますかね?
田村:ですね。「話によると〜話す」と重なっていますよね。係り受け構造が誤っているようです。
田村:もうひとつ補足なんですが、文章を読むときに気をつけていることがありました。例えば、上のイメージにもあるように、文中の「〜が」のような前後の文や文節をつなぐ逆接の接続助詞がある場合は、文の構造が複雑になりやすいため、誤りが発生することがあります。
Questionがある単位で区切る
中村:最後の3つ目はどのように読むのでしょうか?
田村:一文をさらに細かい単位に区切りながら読んでいます。
中村:さらに細かい単位で区切るというと?
田村:調べる単位です。
中村:調べる単位とはどのような単位ですか?
田村:ファクトチェックをする単位と誤字をチェックする単位ですね。
田村:私の場合は、誤字をチェックする単位については、例えば「源頼朝に」のように[名詞+助詞]、もしくは「オープンする」のように[名詞+助動詞]を基本として区切っています。意識としては名詞を浮かびあがらせるような感覚で読んでいます。
田村:また、ファクトチェックをする単位については、一文の中にQuestionを見つけてそれを調べる単位に区切っています。例えば下のような感じです。
中村:田村さんに読み方を教えていただいて、なるほどと思ったんですが、読むという作業は誤りを見つけるための準備作業なんですね。
田村:私は自分では気づかなかったのですが、確かに言われてみるとそうかもですね。
読むと調べるを繰り返す
中村:では続いて、田村さんは校閲をするときにどのように「調べる」のでしょうか?
田村:少し質問とずれてしまいますが、実際の校閲では「読む」と「調べる」という作業を細かい単位で繰り返していますね。これまでお話しした内容を混乱しないように下に整理してみます。
中村:読む単位の粒度をあげながら、都度調べていくという作業を繰り返しているんですね。ちなみに、誤字のチェックとファクトチェックは別々に確認していますか?
田村:ほぼ同時並行で調べていますね。実際に下の文を例にとって序盤、中盤、終盤の3パートに分けて私の調べ方を説明していきますね。
中村:よろしくお願いします。
序盤:文脈と関連する要素のファクトチェック
田村:まず誤字のチェックをします。「源頼朝に」の「源頼朝」が固有名詞として誤字がないかを調べます。次に「ゆかりのある」の名詞「ゆかり」が単語として意味が正しいかを調べます。平仮名が続く箇所なので、特に1文字ずつ間違いがないかを注意します。そして「神社とあって」の名詞「神社」の漢字が正しいかを調べていきます。
中村:なるほど。文を区切ることによって名詞を中心に入念にチェックしているんですね。
田村:続いて今度は「源頼朝にゆかりのある神社とあって」の範囲で、ファクトチェックをします。文脈を汲んで、「鶴岡八幡宮」が「源頼朝にゆかりのある神社」であるかどうかを調べていきます。今のところ誤字や間違った事実はないようです。
中村:ファクトチェックは文脈を汲んで、つまり、ここでは「鶴岡八幡宮」のように文脈と関連する要素と合わせて調べていくことが必要になるんですね。
漢字を分解する
中村:ところで、先ほど漢字のチェックをしていましたね。私は同じような要素のある漢字の違いに気づくことがとっても苦手です。例えば「璧(へき)」と「壁(かべ)」のように。
田村:わかります。漢字は部首などの要素が集まってひとつの複雑なかたちをつくってますよね。おそらく、まとまりとして漢字を認識していると思うので複雑な漢字の誤りには特に気づきにくいのだと思っています。私の場合は下のイメージのように、できるだけ要素の多い漢字は分解するようなイメージで読むようにしています。
田村:それと、ほとんどの漢字は見たことがあると思うのですが、特に校閲者にとってはこのような知っているという経験が「大丈夫だろう」というバイアスがかかった状態となって、調べるという行為を怠ってしまう場合もあるのかもしれませんね。
田村:振り返ると、文章をチェックしているときは、心理的に「大丈夫だろう」という油断をしないで、「誤りかもしれない」と批判的な姿勢を意識することも忘れないようにしています。
中盤:同音異義語とAND検索
田村:話は戻りますが、続けて「境内の」の「境内」、「ミュージアムでは」の「ミュージアム」に誤字がないかをチェックします。特に「境内」という単語は「慶大」や「掲題」など同音異義語が多数あるため執筆者のタイピング時に漢字の変換ミスがおこりやすいと思います。
中村:一見すると単純な単語であっても、同音異義語のように間違いが生まれやすい場合があるので入念に調べていくんですね。
田村:次に「境内のミュージアムでは」の範囲をファクトチェックします。「境内の」とあるので、つまり「境内=鶴岡八幡宮」の中に「ミュージアム」が存在、位置しているかどうかを調べていきます。
田村:Googleに「鶴岡八幡宮(スペース)ミュージアム」と入力し、AND検索をしています。
田村:検索結果に「鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム」の公式サイトの情報が表示されました。
中村:まだGoogleの検索結果のみではファクトがとれてなさそうですね。
田村:さらに公式サイトにアクセスして「境内のミュージアム」が鶴岡八幡宮の境内にあることのファクトを明確にとる必要がありそうです。調べていくと、ミュージアムの概要欄に「鶴岡八幡宮の境内に建設」と記載されていました。
田村:合わせて「Google マップ」で入念に位置情報を確認します。問題なさそうですよね。
終盤:数字のファクトチェック
田村:続けて調べていきます。誤字のチェックの解説についてはこれまでと同様の説明になるため割愛します。ここでは「大河ドラマ館が4月1日にオープンする」ことが正しい情報なのかをファクトチェックしていきます。
中村:「4月1日」という数字に関連する情報が初めて出てきましたね。
田村:そうですね。特に数字の誤りは読者や利害関係者の行動に直接影響を与えるため注意しています。例えばオープン初日より前の日付となっていた場合、読者がこの情報を見てオープンより前の日に訪れてしまう可能性もあります。
田村:まず「4月1日にオープンする」対象の「大河ドラマ館」が、先ほど調べた「鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム」の施設であることを確認します。Googleで「鎌倉文華館(スペース)鶴岡ミュージアム(スペース)大河ドラマ館」とAND検索します。
田村:検索結果に「鎌倉殿の13人 大河ドラマ館」「鎌倉市 大河ドラマ館が3月開設 鶴岡八幡宮内の文華館に」と出たのでおおむね問題なさそうですが、公式サイトと思われる「鎌倉殿の13人 大河ドラマ館」の検索結果にアクセスして、「大河ドラマ館」が「鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム」の施設であることの整合性をとっていきますね。
田村:住所欄に「鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム」と記載されているので問題はなさそうです。
ファクトチェックを急がない
田村:最後に「大河ドラマ館が4月1日にオープンする」ことのファクトチェックをとります。Googleで「大河ドラマ館が4月1日にオープンする」と検索します。
中村:あれ?ソースとなる情報が検索結果に出たようにも見えますが、よく見ると「令和4年1月」ですよね。「4月1日」ではなく。あと同じ「大河ドラマ館」でも「鎌倉」ではなく「三島田町駅」とあります。
田村:ここは危ないところですね。同じ「大河ドラマ館」でも鎌倉ではなく伊豆に2022年の1月にオープンしたという記事の内容のようです。ついファクトチェックを急いで見落としてしまうポイントでしたね。
田村:ここでAND検索が重要になってくると思います。きっちりと鎌倉の大河ドラマ館のオープン日を調べることができるように、「鎌倉(スペース)大河ドラマ館(スペース)オープン」と検索します。
中村:鎌倉の大河ドラマ館の公式サイトが検索結果に表示されましたが、Googleの検索結果の「(2022.3.1〜」という箇所が気になりますね。
田村:さらに公式サイトのページ内に遷移して「(鎌倉の)大河ドラマ館が4月1日にオープンする」かどうかのファクトチェックをすると同じ2022年の情報でも「4月1日」ではなく「3月1日」が正しい情報のようです。誤りの可能性がありますね。これで一文のチェックは完了しました。
中村:一文をチェックするだけでも調べる要素が多いことが本当によくわかりました。校閲という仕事がなぜ集中力が必要なのかが改めてわかった気がします。
書き手に判断材料を提示する
中村:最後に校閲者としての指摘の「伝え方」を教えてください。
田村:弊社の校閲業務はニュース記事の校閲がメインです。報道のスピード感も考慮して、指摘があればその都度、Slack等のビジネスチャットを利用し、編集部にテキスト形式で伝えています。業務と同様の形式でこれまでの解説で見つけた指摘2点をテキストにおこしてみます。
中村:指摘をテキストにおこす場合に意識していることはありますか?
田村:指摘の対象範囲を明確にすることと、指摘に至った理由や根拠を提示することの2つを意識しています。例えば、今回のような日本語の係り受け構造の誤りや単純な誤字の指摘については、下のように指摘に至った理由を提示しています。
田村:また、今回のような事実内容に誤りの可能性がある場合や、固有名詞に誤りがあるものについては、下のように指摘に至った理由に加えて、その根拠となる公式サイトのURLなどをソースとして提示をするときもあります。
田村:あと、指摘の採否は最終的な編集権を持つ編集部、書き手側が判断するため、あくまで校閲は判断材料を提示する立場であることを意識していて、誤りの可能性を含めて客観的に伝えるように気をつけています。
読む立場によって情報の認識は変化する
中村:ちなみに「誤りの可能性」とはどういう意味ですか?
田村:誤りには、白黒はっきりしない微妙なものに加えて、情報を受けとる人、立場によって認識が変化する表現や不確かな情報も含まれていると考えています。
田村:例えば「あわやホームランになる特大のヒットを放った」という文の場合、「あわや」という言葉の意味は「危うくおきそう」といった意味なので、守備側の立場からみた表現となってますよね。
中村:確かに打者である攻撃側の立場からみると、むしろホームランになって欲しかったので、「あわや」という言葉は中立的には聞こえませんよね。
田村:こういったグレーな表現の部分も安全側に寄せて「誤りの可能性」として伝えています。
中村:はっきりとした誤りだけでなく、可能性も含めて誤りのリスクとして考えているんですね。
リスクと向き合う校閲
田村:実は最後にもうひとつ重要な指摘がありました。前半で「読者目線で読む」とお話ししましたが、下の3段落目の文章に対して、読者目線で気になる箇所をひとつチェックしていました。
中村:どこでしょう?
田村:「好物のクレープを買い、にぎわう小町通りで食べながら」の箇所ですが、混雑している人混みでクレープを食べている人が近くにいたら、ぶつかってこないか私は少し心配になりました。読者によってはマナーが悪いと思う人も中にはいるかもしれませんので、リスクとして考慮してみました。指摘内容をテキストにおこしてみますね。
田村:上の指摘は、どちらかというと軽微な内容かもしれません。ただ、校閲者の立場としては、読者の目に入るときにどのように受けとられるか、そのことで嫌な思いをする読者がいないかに気を配っています。
中村:常に色々なリスクを考慮しているんですね。
田村:はい、単にリスクだけではなく、例えばシンプルな誤字があった場合でも、記事を途中で読むことをやめてしまうことがあると思いますし、せっかく世の中に発信するものですから、正確に読者に届いて欲しいとも思っています。
中村:私もそう思います。今回は「読む」「調べる」という文章のチェック方法から書き手に「伝える」こと、また校閲者としてのリスクを考慮する視点までご説明ありがとうございました。
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