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櫛田川 母も一緒に川っ子に


櫛田川の清流が目の前の宿


何度となくお世話になってきた、この宿に一泊する。

以下の写真のように、宿のすぐ前が櫛田川。
幼児を安心して遊ばせることができる浅瀬があったり、飛び込むのにちょうど良い岩(ジョーズ岩)があったり。


グリーンライフ山林舎のHPより


左: ジョーズ岩 



12年前のジョーズ岩
飛び込む末っ子 5歳


その時の長女の釣果
朱色の斑点があるのは清流の女王 アマゴ


夏の居場所


子どもたちをはじめて連れて来たのが、長女5歳、弟たちが3歳、1歳の時。
16年前のこと。
はじめは浮き輪でぷかぷかするのも恐々であったが、年々川遊びの力をつけていった子どもたち(実は親の私も)。



私は、生まれ育った家庭がアウトドアを好まず、海や川、山での遊び経験がなかった。プールでは泳げても、足がつかない水場や川の流れが怖かった。
浮き輪が手放せぬ人間だった。


浅いエリア
小さい子も安心




その後、足がつかないところでも大丈夫になったのは、
波のない穏やかな琵琶湖であった。
そこで立ち泳ぎを覚えてからは、水遊びが好きになった。

対して、夫は小学生の頃から、吉野の祖父母宅に夏休みじゅう滞在し、ひたすら川で遊んでおり、川遊びは得意。
どの土地の川に行っても、泳ぎやすい場所を適当に見つけてくる。

羨ましいけれど、育った環境が違うから仕方ない。子供の頃できなかったぶん、自分の子どもと一緒に遊ぶことにした。


朝見かけたニホンイシガメ


山林舎の上流の川
いつだったか、潜ったら鹿の頭が川底に沈んでいて驚いた


吉野で育った義母も、私に川のコツを教えてくれた。


ちびっこたちを、泊まりがけで川遊びに連れて行くことは、見守りが外せなかったり、大変なところがある。
ありがたいことに義両親も一緒に訪れ、子どもたちを見守ったり、お昼の準備をしてくれたり、本当に助かっていた。


今回一緒に宿泊していた他の二家族も、かつての私たちのように三世代で来ていて賑やかであった。
私たちもこんなふうだったなあと懐かしい。

川の流れに身を任せて泳ぐと、シュッと目の前をきれいな流線型が横切る。
カワムツやウグイ、アマゴ、アユなど。
底の岩には、保護色のヨシノボリがいる。

川の流れは冷たくて、何回か流れると唇が土気色になって凍えてくる。

そうなったら、おひさまの熱をためている大岩に寝そべり、熱をもらう。

子どもたちは冷えても元気で、夕方まで流れたり、魚を捕まえたり、飛び込んだり、ひたすら遊んでいた。


絶滅危惧種 アカザ


こんな調子で朝から夕方までよく遊んでいた
そしてよく食べる



梁塵秘抄の一節が思い浮かぶ

遊びをせんとや生れけむ
戯れせんとや生れけん
遊ぶ子供の声聞けば
わが身さへこそゆるがるれ




成長の記録


末っ子は、5歳でジョーズ岩から飛び込みができるようになった。

このことは、私が覚えていたのではなく、宿の女性スタッフ森さんが長年、
ほとんど毎日アップしている宿のブログ
を振り返ってのことだ。


ブログの内容のプリントアウトファイルが、2003年から今までの分すべて
お風呂の前とロビーに置いてある。


奥には絵本コーナー
ここで皆熱心に絵本を読んでいた


私たちがはじめてここに来たのは2008年のこと。

訪れるたびにページをめくって、子供たちの成長を実感したものだ。

毎年夏休みの期間は、予約がいっぱいになるので、来年の分を予約して帰っていた。


いま、21歳になった長女が兄弟のなかで一番の水遊び好きとなった。
四国で毎夏開催される川の学校のスタッフになり、この夏も忙しそう。

ナマズをモリでついて捕まえ、野外で調理して食べるくらいは
普通らしい。余談だがこの間はアオダイショウを・・。
生き物を殺生する以上は食べるのが礼儀らしい。

また大学ではヨット部に入り、琵琶湖を主なフィールドにしている。




かつてのことを振り返り、川のせせらぎを聴きながら、日陰でこの記事を書いていたら、不意にシャッター音がした。

音のする方を見ると、森さんがエプロンにつっかけの、いつものスタイルで
ニコニコとカメラをこちらに向けて構えていた。

親しみやすい森の妖精みたいな方で、はじめてお会いした時から変わらない。

忙しい宿の仕事の合間に、川遊びの風景を撮影して回っているのだ。
川と宿のことをnoteに書いているのです、とお伝えした。

共通の経験のよりどころ


子供の成長とともに、大勢で訪れることはなくなり、今回の訪問は夫婦2人だけ。7年ぶりの訪問となった。
長く訪れていなくても、ここはずっと、家族の夏の居場所

三十数年間続いてきた山林舎であるが、残念ながら現状の形での運営は、
来年1月をもって終了となる。
森さんと、マスター夫妻で切り盛りして、あいかわらず繁盛しているが、
みなさんも年齢を重ね体力的にしんどく、コロナを経て経営状況が困難な
ところに、最近の物価高騰も追い打ちをかけた。

そんな状況をみて終了を決意されたとのこと。


宿のみなさんのホスピタリティ、清潔で居心地の良い施設、自然環境がそろっていて、リーズナブル。このような場は、滅多にないので非常に残念。


マスターと森さんと、私たちで、宿の前にて記念撮影。


懐かしさ、寂しさを味わった旅だった。


紅葉の美しい季節に、大きくなった子どもたちや義両親と一緒に、もう一度訪れることにした。


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