見出し画像

Skyward 7話


『本日は客船シャーロット号にご乗船いただき、まことにありがとうございます。本船は途中、モーリーに寄港致しまして、チェルボウまで参ります。皆さま、ごゆるりとお過ごしくださいませ』

カディフポート港を出航し、アーツとリクオはノア・グリースにもらったサンドイッチと、シャーロット号自慢の夕食をレストランで美味しく頂いたあと、自室に戻るため船内を歩いていた。
リクオ達が泊まる客室に繋がる廊下は比較的狭く、人が2人すれ違うのがやっとだ。
正面から人が歩いてきたので、アーツはリクオの後ろについてやり過ごした。
帽子を目深に被り、あごヒゲを生やした、上等そうなスーツの男たちだ。
「なんだか、すごい船だね」
アーツはリクオの少し後ろを歩きながら、ほぅっと息をついた。
リクオが、船内の豪華さに圧倒され気味のアーツを、微笑ましそうに見ている。
「ああ。この船はビルム・インガムの何カ所かに寄港して、最後にチェルボウで終わるコースの船旅だよ」
「料理も豪華で美味しかったし、乗ってる客も裕福そうな人、多くない?」
「ま、部屋のタイプもピンキリだから、中にはとてつもない裕福な人もいるだろうし、オレたちみたいな一般市民もいるさ」
リクオがそう言って微笑むと同時に、後ろに人影を感じて2人は振り返る。
「通ってもよろしいかしら?」
通路いっぱいになって話していたアーツとリクオは、声を掛けられ慌てて横へどいた。
背筋をピンと伸ばしたご婦人と、気だるそうにその後ろを歩く若い女性が、2人を追い越していく。
後ろの女性はすれ違い様、上から下へ自分たちを観察している視線を、瞬間的にリクオは感じた。
「ほらレイ!早くなさい!」
前を歩いている姿勢の良いご婦人に腕を引っ張られながら、レイと呼ばれた女性はため息をつき、「…完全に迷ってるじゃない…」と小声でつぶやきながら、通路の奥に消えて行く。
「…あの人たちも、上品そうな雰囲気だね」
「まぁな」
リクオは肩をすくめた。「今日はもう寝よう。船旅中、いいもの見せてやるから」
「その『いいもの』って、ずっと気になってるんだけど、何?」
「甲板でな、なかなか珍しいものが見られるんだよ。確実じゃないが、たぶんこの船なら見られると思うんだ」
2人は楽しそうに話しながら、いつの間にか話題は先ほどレストランで食べた料理の話に移行していた。

「なあ、ちょっとあんたら」
自室につながる廊下に入った時、2人に声をかけてくる人物がいた。「あんたたち、さっきカディフポートの『pause』ってレストランにいたよな?」
2人が振り返ると、上等そうなスーツに身を固めながら、しかし対照的にカジュアルなネックウォーマーで顔を半分隠した人物が立っている。声の感じからして男の様だ。
アーツはリクオを見、知り合いなのかと目で訊ねた。だがリクオは小さく首を横に振っている。
「店のマスターが、あんた達の内、どっちかをIIBだって言ってたのを、オレ聞いたんだよね」
「…人違いだ」
リクオが冷めた目で男を見ている。
「オレ、話してるとき傍にいたんだよね。たしか、リクオって方がIIBの職員って言ってた。リクオってどっち?」
男は話しながら、道を塞ぐように2人の前に立った。
リクオは男を怪訝な表情で睨みつける。
「どけ。通れない」
リクオはアーツに目で合図をし、男の横を通り抜けようとした。しかし男は足を壁に付けると、2人を通せんぼする。
「リットンにあるIIBの本部局ってさ、30年前に建て替えがあったんだよな?」
男がそう言うと、リクオは目を細めて男を観察した。
話し方、身振りなどからしてまだ若い印象を受ける。相手にしない方がいいだろう。
リクオは軽くあしらおうとしたが、男は続ける。「建て替えの理由は偶発的な事故って言われてるけど、本当の理由は別だよな?」
そこまで聞くと、リクオの目つきが鋭く変化した。
「へへっ、興味出た?」
男はネックウォーマーを下げ顔を見せた。声は大人っぽく聞こえたが、顔はまだ幼い。しかし精悍な顔つきをしている。
「おふざけで人に近づこうとするのは、やめた方がいいな」
「なるほど、あんたがリクオっぽいな。オレはふざけてなんかないって。あんた今日この船に、色んな研究者が集まってるの知ってて来たんだろ。潜入捜査ってヤツ?」
「えッ?」
アーツは驚いている。「リクオさん、仕事に復帰してたの?…あっ」
そこまで言ってハッとし、アーツは口を手で抑えた。
「やっぱりあんたがリクオか!」
男は2人の反応を見て満面の笑みを浮かべた。「あんたがリクオってことは、そっちがアーツだな?よろしく!」
男はニコニコと人懐っこい笑顔で、アーツとリクオに手を差し出す。アーツはわけが解らないまま、その男に手を握られ握手を交わした。
「ごめん、リクオさん…」
アーツは男と握手をしたまま、リクオを見る。
リクオは、気にするなとでも言うように首を横に振った。
「アーツは素直だねぇ」
男はケラケラと笑っている。「オレはレオン・シルバーバーク。あんたらローリアンに行くんだろ?途中まで一緒に行こうぜ!」
「え、一緒に?あ、オレはアーツ。オレたちがローリアンに行くって、なんで?」
「アーツ、よろしくな!」
アーツの問いに、レオンと言う少年は満面の笑顔を浮かべた。レオンはアーツの肩を抱き、まるで旧友のように懐かしんでいるようにも見える。「あんたら話してたろ?ローリアン村に行くとかってさ。店主と」
心配はしたものの、話しぶりからしてどうやら、ノアの店で話を聞いたと言うことに関して、カマを掛けてるわけではないようだ、とリクオは察した。
それにしても、なぜかレオンはアーツに対して妙にニコニコしている。
そもそも、アーツが名を名乗る前にレオンは“アーツ”と呼んでいなかっただろうか?聞き間違いか?それとも、店でアーツの名を聞いたからか?
リクオはなんだか引っかかり、ジーッとレオンを観察した。
「乗ってると思ったんだよね、IIBの人。なんたってパーティーだもんな」
レオンと名乗った少年の話に、アーツとリクオは顔を見合わせる。レオンはその反応を見て、あれ?と首を傾げた。
「本当に偶然?あんたら持ってるねぇ!」
「なんのこと?」
アーツが問う。しかしレオンは首を横に振った。
「いや、あんたらはプライベートな旅行だもんな」
「もったいぶるな」
リクオに睨まれ、レオンは笑った。
「そんなつもりないんだけどさ。じゃあ今回はホントにただのパーティーなのか。なーんだ。つまんないの。映画みたいな展開、期待したのに」
レオンは両腕を頭の後ろに組んで、舌を鳴らした。そしてアーツとリクオの視線を感じて、ニヤッと笑う。「ごめん、ごめん。あ〜っと…どっから説明するかな。オレの父さん、研究者なんだけど、その関係者たちのパーティーをこの船でやるからさ、なんか映画みたいに事件が始まったりしてるのかなーってさ。知らない警備の奴らもチラホラ見かけるし」
「父親を事件の渦中に入れるなよ」
「あはは!ま、そうだな。…でもさ、意外と身近なところで、事件て起こるかも知れないじゃん」
レオンは急な真面目な顔になる。
アーツとリクオは再び、顔を見合わせた。



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?