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Skyward 5話


「見たか、あの2人」
細身で独眼の男は、薄く開いた倉庫の扉から漏れる光を見ながら、言った。
大男はニヤニヤと笑いながら、冷たいコンクリートの上にドッカリと座り込む。
「ああ。細っこい男と、もう1人も弱そうなガキだったな」
滅多に使われることのない物置き場と化した8番倉庫は、身を隠すのに格好の場所だった。
客船が来るためか、それとも観光客が多いからか、ここしばらくは警備が厳しくなってはいたが、平和慣れしているビルム・インガムの国民は事件が身近で起きるとは想っていないのだろう。徐々に手薄になってきているようだ。
現に今、この倉庫には独眼の男と大男の2人が悠々と居座っている。
「どっちも大したことなさそうだし、こんなにオイシイ話はないよなあ!」
大男はズボンのポケットからガサゴソと小さなケースを取り出し、両耳に装着する。イヤホンより少し大きめの、白い三角の装置だ。
そして大男の耳に自動で固定され、一部が光り出した。
数秒後、大男の身体が一瞬硬直し、ゲハゲハと笑い始める。
それを見ながら、独眼の男は眉間にシワを寄せた。
「おい、平気か?」
「ああ、グフ…、これは、すごい、ぞ…、気持ちいい…ぞ、もっと強ぐなれる、グフフ…」
「おい、なんかしゃべり方おかしくなってるぞ、ホントに大丈夫かよ」
笑い続ける大男を少し気味悪がりながらも、独眼の男も同じようにポケットから白い三角形の装置を取り出し、それを見つめた。「ガキは良いとして、もう1人の細っこい男は得体が知らねえ。それにこの機械も…」
独眼の男は、一瞬躊躇して見せたが、大男と同じようにその装置を耳に装着した。「うほっ…、こ、これは…」
独眼の男の身体も一瞬の硬直を見せ、そして装置は白く光り出す。
「ぐっ、す、すげぇ…、こいつは…マジだ…」
「グフフ……、これさえあれば、おでは負けないぜえ!どっちもかわいがってやるざあ!グフ、グフフフ、ゲフッ」

アーツとリクオは倉庫街に到着すると、『8』と書かれた倉庫の扉をそっと開いた。
中は薄暗く、まだ目が慣れていないせいか人がいるのかどうかもアーツにはよくわからない。
一歩踏み出そうとした時、スッとリクオがアーツの行く手を遮る。
小さな白と赤の光が見え、その直後、空気の切れる音がした。
「うがああああッ!!!」
耳をつんざく叫び声と共に、大男がアーツの横から飛び出してくる。
男は赤と白の光を帯びていた。
リクオはアーツの前に立ち、目にも留まらぬ速さでそのまま大男の懐に消える。
「リクオさん!!」
次の瞬間、うめき声がして、男は前のめりに倒れる。倒れこむ大男をひらりと避けながら、リクオが現れた。
その表情は、先ほどまでの優しいリクオの顔では無かったことに気づき、一瞬、アーツは背筋がゾクリとした。
しかしアーツと目が合うと、リクオの表情は元に戻る。そして眉間に皺を寄せながら大男を見下ろした。
カラン…と小さな音がして、大男の耳についていた白い三角形の装置が床に落ちる。
さきほどまで白く光っていたそれは、ブゥン…という小さな音の後、光を失う。
リクオはそれを拾い上げた。
次の瞬間、キーン…!という耳鳴りがして、リクオは一瞬目がくらみ、頭を抑えてふらつく。
「リクオさん!」
アーツが駆け寄り、リクオを支えた。
白い装置がリクオの手から再び床へ、転がるように落ちていった。
「…平気だ」
リクオはアーツを押し返すように、離れる。
アーツはホッと胸を撫で下ろした。
それにしても、あっという間の出来事だった。リクオさんの動き、全然見えなかった…。
あまりにも速すぎて、倒れた男は大丈夫だろうかと同情さえしてしまう。
リクオの格闘の才能は天才的だと父には聞いていたが、想像以上に強いのかもしれない。

アーツにとって、幼い頃の記憶しか無いリクオ。
ある時、父親であるジュンリーが14歳の彼を家に連れてきた。
2つ上の姉、シェアと2人姉弟だった自分に、9歳ほど離れた大きなお兄ちゃんが出来たことがとても嬉しくて、毎日のように彼についてまわり、毎夜ベッドに潜り込んでは手を繋ぎながら一緒に眠りについた。
幼いアーツを面倒がらず、一緒に遊んでくれたり、母から頼まれ市場へ2人で買い物に行ったり、いつも優しいリクオのことがアーツは大好きだった。
しかしアーツが9歳の時、リクオは突然、家を出て行ってしまった。
何も聞かされていなかった。朝起きたら大好きな兄がいなくなっていた。
大学に通うから、シェルーズベリーで1人暮らしをするのだと、あとから両親に聞いた。
いつも一緒に寝ていたのに、いつも遊んでくれたのに、大好きだったのに、自分には何も言ってはくれなかった。子供ながらに、それが悔しかったのを今でも覚えている。
同じくリクオのことが大好きだった姉のシェアは、リクオが家を出てからも1人で彼の住むアパートに何度も遊びに行っていたようだが、アーツは一度も行かなかった。
リクオは自分に何も言わないで消えたのだから、自分のことなど何とも想っていないのだろう。
自分から赴くのが悔しくて、絶対に行かないと決めていた。思春期の複雑な感情もあったのだと思う。
それでも友達と遊ぶ時、シェルーズベリーの街へ何度も出かけて行ったのは、偶然リクオに会えるかもしれないと淡い期待を抱いていたからだ。
実際、リクオを街で見掛けたこともあった。女の人と一緒だった。
そのあと、なんだか自分の行為が虚しくなって、街へ行くのはやめたのを覚えてる。それはほんの1、2年前、15、6歳の時だった。
そして、顔を見ることを諦めていた今年、何の因果か、再会することになってしまった。
複雑な気持ちだが、すでに自分を置いて家を出たリクオへの怒りは消えていた。寂しさは残っていたが、それよりもまた逢えた喜びの方が大きかった。

「ううう~~~~~!」
大男が腹を押さえながら、うめき声を上げている。「いでえよおお、ゲフゲフ、グフグフフフ……」
腹に攻撃を受けたせいだろうか、床に吐物が見える。
悪いのはこの男たちなのだが、なんだかアーツには不憫に想えた。
赤く見えた光はもうない。アレは何だったんだろう。
すると今度は倉庫の奥に、白く淡い光が見えた。リクオは倉庫内の一点を睨む。
「さっさとチケットを返すんだな」
リクオの言葉のあと、チッと舌打ちが聞こえた。
アーツが音のした方に視線を向ける。
独眼で細身の男が、片手にナイフを構えながらゆっくりこちらに近づいてきた。
その男の眼が赤く光っているかのように見える。さきほどの大男に帯びていた色と同じだ。倉庫の中に入り込む、光の加減のせいだろうか。
「兄ちゃん、なかなかいい腕だなあ。こいつはものすごい怪力の持ち主なんだがねえ」
そう言って独眼の男が顎で大男を指す。
「そんなことはどうでも良い。早くチケットを返せ」
「ふん、余計なおしゃべりはしたくないってか」
独眼の男はナイフの刃をリクオに向ける。目が赤く光った。見間違いじゃない。
「覚醒した俺は誰にも負けねえぜえッ!! ヒャッハアアッッ!!」
叫び声とともにリクオに襲いかかる、かと思いきや、「ゴホッ!!」と咳をしたかと想うと、男は床に倒れ込む。
「アアアアーーーーーッ! いだい、頭が割れそうにいだいッ!!だずげで……」
リクオは怪訝な表情で独眼の男を見る。頭を抱えながら、男は身体をガタガタと震わせ始めた。
「これは……」
リクオの表情が険しくなる。
「ガフ、ガフッ」と咳き込み、さきほどまでうずくまっていた大男の身体は硬直している様子で、仰向けになり、流涎を垂らしている。
リクオは急いで大男の傍へ駆け寄ると、誤嚥を防ぐため身体ごと横向きにさせた。そして独眼の男に向かって怒鳴りつける。
「助けてやるから盗んだ船のチケットを返せ、今すぐだ。こいつ死んじまうぞ!」
「返す、返すから…、だずげ…」
独眼の男は荒い呼吸をしながら硬くなった腕を懐に入れ、アーツの舟券をゆっくり取り出した。リクオがそれを取り上げる。
「リクオさんこの人たち、一体どうしちゃったの?」
「IIBにいた頃、同じような症状のヤツを見たことがある」
リクオの脳裏に、数年前の出来事がかすめる。
男の耳についている白い装置には、見覚えがある気がした。だがそれがなんなのか、ハッキリとは思い出せない。
リクオはアーツにチケットを手渡した。
2人は倉庫から出ると、ノアに電話をし、救急車を呼ぶよう伝えた。
「アーツ、船乗り場に行こう。面倒に巻き込まれないうちに」
「でも…」
「こいつらはもう、自力で逃げることは難しいだろう。救急車もノアに頼んだし、あとは警察に任せよう」
サイレンが遠くで響いている。
リクオとアーツは、誰にも見られないように倉庫街をあとにした。




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