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Skyward 6話


8番倉庫の前に救急車とパトカーが停まり、何事かと人混みが出来始めている。
離れたところから、リクオはその様子を伺っていた。
先ほど闘った男達が、ストレッチャーで救急隊に運ばれているのを確認すると、木陰で休んでいたアーツの傍へ戻る。
「平気か?」
リクオに声を掛けられ、アーツは顔を上げて頷く。
自分の身体の中を走る血流がドクッ、ドクッという音と共に脈打つのを感じる。今まであまり感じたことが無い感覚だった。闘いを間近で見たからだろうか。
「あの2人、大丈夫そう?」
「どうだろうな。あの薬を常用してるなら難しいかもしれないが、少なくともチケットを持ってた男の反応を見る限り、一過性の様に見えたな」
「ブレイン…なんとかだっけ?怖いね。シェルーズベリーは平和なところだと想ってたのに」
「立てるか、アーツ?」
リクオはアーツの腕を支えながら、ゆっくりと立たせる。「ノアに連絡を入れておくよ」
その時、人混みの中に青い帽子が見えた。
「リクオさん、あれ」
人をかき分け、ひょいっとフィンが現れる。
「兄ちゃんたち~!」
両手をブンブン振りながら、嬉しそうに駆け寄ってきた。そしてそのままアーツに抱きつこうとしたが、アーツがヒョイッと避ける。
「ちょっと!何で避けるんだよ、映画で言えば感動的な場面だぜ?」
「ごめん。なんとなく」
アーツは苦笑しながら、握りしめていたチェルボウ行きのチケットのシワを伸ばし、そっとズボンのポケットにしまった。
「救急車で運ばれてるのって店に来たあいつらだろ?すげえや、ホントにやっつけたんだ!」
「リクオさんがね。すごく強かったんだ」
アーツは一瞬2人が薬で苦しんでいた場面を思い出したが、フィンには黙っていた。
「へえ~、マスターの言ったとおり、やるなあ、リクオ!」
フィンはリクオにも抱きつこうと手を広げて近づいたが、リクオもアーツ同様、ヒョイッと避けた。
「ちょっと!」
「人に触られるのは苦手なんだ」
「なんだよ、もう」
フィンはリクオとアーツを交互に見ながら、笑みを浮かべた。

夕刻の港町カディフポートには、波の音が響いている。
そんな町の一角にある『pause restaurant&Bar』は、昼間よりも活気を増していた。
「連絡、助かった」
椅子に腰掛け、リクオはお気に入りであるフラワーデン産の酒が入ったグラスを揺らしながら、少し笑った。
店内は相変わらずの賑わいを見せている。
「なに、大したことはしてないさ。お前らのおかげで解決できたんだぞ。しかしリクオ、相変わらず手際がいいな」
ノアに肩をバンッバンッと叩かれて、リクオはフラワーデン酒をこぼしてしまった。「怖かったろ、アーツ?偉かったな!」
「あ、いえ、オレは……」
何も出来なかった自分が少し恥ずかしくなり、アーツはリンゴジュースの入ったグラスと、チーズが乗った皿をただ見ているだけだった。
そんな様子を見て、ノアは優しく微笑む。
「大事なのはアーツ、おまえさん自身が一歩踏み出したって事だ」
アーツは顔を上げた。
その隙に、隣に座っているフィンがアーツのチーズに手を伸ばす。
リクオは他の店員に声をかけ布巾をもらうと、こぼれた酒を拭いていた。女性店員が顔を赤らめながら、一緒に拭いてくれている。
「それは簡単そうでいて、難しいもんなんだよ」
ノアの言葉にリクオは頷きながら、フラワーデン酒を注ぎ直している。
フィンはおいしそうにアーツのチーズを食べていた。
「そう、かな?」
「そうさ!これから目的地に行って、このシェルーズベリーに帰ってくるまで、きっと様々な経験をするだろう。その時またここに寄るといい。リンゴジュースを用意して待ってるからな」
ガハハッと笑いながらノアは再度、リクオの背中をババンッと叩く。案の定、注ぎ直したリクオの酒は再度テーブルにこぼれた。
再び先ほどの女性店員が、嬉しそうにこぼれた酒を拭きに来る。「食事に行きましょうよ」とリクオを誘っているが、リクオは断っているようだ。
「おいらたちも明日、家に帰るよ。ありがとな、兄ちゃんたち」
女性店員が去ると、リクオはまた酒を注ぎ直した。
「そういや、フィンたちの家はここから近いのか?」
アーツは尋ねた。
「近くはないわよ~。でもまたどっかで逢えるといいわね、アーツ」
ナタリーがフフッと笑いながら、アーツと握手を交わした。フィンは嬉しそうにアーツのチーズを頬張っている。
「だけどあなたたち、チェルボウに何しに行くの~?」
口をもぐもぐさせながら、嬉しそうに笑うフィンの横で、ナタリーが小首を傾げながら尋ねた。「あそこには、特に面白いものはなかったと思うけど~」
「でも姉ちゃん、あっちには小さいけど人が結構集まる、ワインが有名な村が何カ所かあった気がする」
フィンが言った。
「よく知ってるな」
ノアは感心している。フィンは得意そうにヘヘンッと笑って、またアーツのチーズに手を伸ばした。が、「いい加減にしなさいね~」とナタリーに手をピシャリと叩かれ、今度はリクオの皿に手を伸ばす。
「ワインの名産地に行くんです」
アーツはノアに向かって言った。「ローリアン村、知ってますか?」
「ああ、もちろん。ローリアンワインは、飲めば長寿になると噂で、強い香りを楽しむ酒だ。夏でもあっちは寒冷地だし、手間がかかる分、少々値が張るがな。多少癖もあるんで好みも分かれるが、ファンも多いんだよ。オレも好きな酒さ。毎年店でも出してたが、今年は少し出荷が遅れるらしいな」
ノアはローリアン産ワインのファンのようだ。
今年分が例年通りの今秋には入ってこないことを、少し残念そうに話している。
「祖父ちゃんの誕生日が近くて、ローリアン酒の大ファンだから、プレゼントしようと思って」
ローリアンはこれから船で渡ろうとしている、ヴィーヴァス地方にある村で、地名から取った『ローリアンワイン』が特産である。
ヴィーヴァスはビルム・インガムの北にある大きな島で、雄大な自然と綺麗でおしゃれな街並みが特徴的な、観光国としても有名な土地だ。
「優しい孫をもって爺さんも幸せだなあ。そうだ、今年のじゃあないがまだ開けてないローリアン酒があるから、もし良ければサービスで一本やるよ。村まで行くのは大変だろ」
「え?いえ、そんな!高いし、悪いですよ。それに祖父ちゃんの生まれた年のワインをプレゼントしようかと想ってるので」
「へえ!そりゃあ喜ぶなあ。ヴィンテージものになりそうだから、在庫があると良いな。しかし若いのに、よくそんな洒落たこと思いついたな」
「祖父ちゃん、ローリアンによく買いに行ってたみたいで詳しいんですよ。前にワインの話を熱く語ってたんで、催促されたようなものなんです」
アーツは笑った。ノアも豪快に笑っている。
「そうか、気をつけて行くんだぞ。ま、リクオがいれば問題ないだろうがな!」
ノアはそう言って、リクオの肩をバッシ、バッシと叩いた。本日3杯目のフラワーデン酒がこぼれる。
「ノア、おまえぜったいわざとやってるだろ…?」
リクオが顔や衣服に紅く飛び散ったワインをゆっくり拭きながら、引きつった笑顔を見せた。黒い服だから、どこに飛んだかはよく見えないが。
ノアは楽しそうだ。つられてアーツやフィン、ナタリーも笑った。
「そろそろ港に行こう、アーツ。乗り遅れたら苦労が水の泡だからな」
リクオとアーツは立ち上がり、荷物を背負う。
ノアとフィン、ナタリーが店の外まで見送りに出ると、空から小雨が降っている事に気がつく。
リクオは夕刻の街を見回しながら、昼間に比べて人の数が急激に減っていることを不思議に思った。
警備も減っている様子だ。
「ああ、そうだ。さっき聞いたんだが、今寄港してる船にお偉いさんたちが乗ってるとかで、警備が多かったみたいだ」
ノアは遠くに見える客船の方を見ながら言った。
「医師や研究者だとか。詳しいことはわからんがな。大方優雅にパーティーでもしてるんじゃないか?」
「…研究者ね」
ガラーン、ゴローンと広場から鐘の音が聞こえてくる。
リクオは腕時計を見た。
あと1時間ほどでチェルボウ港行きが出航する。
「気をつけてな、2人とも」
ノアはそう言って、ポテトやエビ、アボカド、チーズを挟んだ焼きたてのパンが入った袋を渡してくれた。「船で夕飯が出るだろうが、夜食にでも食え。俺のチーズサンドは美味いぞ」
「ありがとう、ノアさん」
アーツはノアと握手をし、それからフィンの頭を撫でた。「元気でな。悪いことはもうするなよ」
「アーツも、一般人が悪いヤツのアジトに乗り込むのは危ないからやめろよ」
フィンは笑った。アーツは「そういえば、そうだよな」と頭を掻いた。
アーツとフィンが笑い合っている時、ノアがリクオの横にスッと並び、小声で呟く。
「船旅は久々か?」
「そうだな」
「楽しい船の旅になるといいな。だが気を付けろよ。ブレインダンスに似た症状が一般人の中にも現れ出したなんて、何かおかしい」
ノアに言われ、リクオは頷く。
「チームには念のために連絡を入れておく」
「オレの方でも、街に変わりがあれば伝えるよ。そうだ、悪いリクオ。おまえがIIBの人間だと、あの坊主たちに話しちまった。それだけで何かは起きないとは想うが、一応用心しておけよ」
コソコソと話すリクオとノアを、アーツとフィン、ナタリーが覗き込んだ。
「何の話?」
「いやいや、リクオはモテるから女遊びには気を付けろよって言ってたんだよ」
「女遊び?」
フィンが首を傾げた。
アーツは驚いた顔をしている。
「リクオさん、遊んでるの?」
「遊んでない。おい、ノア。いい加減なことを言うな」
リクオに肘鉄をくらい、ノアがよろけている。
「ジョ、ジョークだよ。ほ、ほら!リクオは船酔いし易いから、気を付けてなって話してたんだ!」
「ほら、行くぞ」
リクオはアーツの肩をポンッと叩いて受付へ向かった。アーツはリクオを追う。
受付を済ませた2人は、客船の入り口に向かいながら3人に手を振ると、ノアたちも大きく手を振り返してくれた。
「兄ちゃんたちー!まーたーねー!!」

アーツとリクオの2人を乗せた船は19時を回り、カディフポートを出港する。
雨はいつの間にか止み、どんよりとした雲の切れ間から、紫に染まる空と、夜を運ぶ月が顔を見せ始めてた。



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