Skyward 3話
「舟券を?本当か」
ノアは驚いた顔でカウンターの下に一瞬、ほんの一瞬、視線を送った。それをリクオは見逃さず、カウンターの上に身を乗り出すと中を覗き込む。
なんとそこには先ほどアーツにぶつかり、港で紙切れを眺めていたあの青いハンチング帽の子供が、身を縮めて座っているではないか!
「いたか」
リクオがその子供の服を掴もうとした瞬間、店の入り口でアーツを睨みつけた2人組が、カウンター前に現れた。
「おい、あんたがここのマスターか?」
濁声がして、リクオとアーツは振り返る。そこには細身で独眼の男と、リクオやアーツの背を遥かに越えた大男が立っていた。「ここに青い帽子のガキが来なかったか?隠すと為にならないぜ?」
リクオは何気なくスッとカウンターの向こうに伸ばしていた腕を、ノアが先ほどカウンターに置いたグラスへ伸ばし、
「マスター、おかわり」
と言って椅子に腰を下ろした。リクオのアイコンタクトに、アーツも続けて腰を下ろす。
「子供?子供ねえ…」
ノアは顔色一つ変えずに、リクオの持つグラスに酒を注ぐ。「今日は家族連れも多い。青い帽子の子供ってだけじゃな…」
そのセリフを聞き、アーツとリクオはフッと笑った。「だいたい隠すってどういうことだ、お客さん。俺が子供を隠す必要が?」
ノアは2人組に向かって首を傾げながら、アーツにリンゴジュースを注ぐ。「他のお客さんの迷惑になるから、高圧的な態度はよすんだな」
「チッ、知らないならかまわんぜ。邪魔したなあ」
2人組は背を向け、店中を見回しながら出て行った。
と、同時に青い帽子の子供が顔を出す。
「お願い、兄ちゃんたち!助けて!」
少年はリクオとアーツを交互に見、涙目で懇願してきた。
やっぱりな、とでも言うように大きな溜め息をつき、リクオはその子供を睨みつける。
「チケットを返せ。おとなしく返して2度としないと誓えば、警察に突き出すのは勘弁してやる」
話を聞こうとはせず、リクオは早くしろと言わんばかりに手のひらを見せた。
「か、返すよ。だけど、た、助けてほしいんだ!」
「人の物を盗っといて頼み事か?さっさとチケットを出せ」
鋭い眼光で再び睨むリクオ。
「おいおい、話くらい聞いてやったらどうだ?」
ノアがリクオをなだめるように穏やかな口調で言い、子供の方に顔を向けた。「さっきここに駆け込んできた時も、助けてって言ってたな。こいつらから舟券を盗んだってのは本当か?」
子供はうつむき、コクンとうなずいた。リクオは厳しい表情で見つめている。
「何でまたそんなこと…。おまえさん名前は?」
ノアは少しショックを受けた様子だ。長い事この土地に住んではいるが、この町で子供が盗みをするなど、聞いたことがなかった。
「お、おいらはフィン。姉ちゃんがさっきのやつらに連れて行かれたんだよ!」
フィンと名乗った少年は、ノアにすがりつくように訴えた。
「連れて行かれた?キミのお姉さんがか?」
アーツは驚いて聞き返す。
リクオは相変わらず、疑わしそうに少年を見ていた。「姉が連れて行かれて、なぜスリをする必要がある?」
「うっ…!そ、それは、お、おいらじゃ助けにいけないから……。でも頼んだって断られたら困るし、だから……」
「だからオレたちの持ち物をスって、チケットを盾に姉貴を助けさせようってわけか?」
「ご、ごめん…」
少年は居心地が悪そうにそわそわしている。「兄ちゃんたちお人良しそう…じゃなくて、人が良さそうだから、怒らないかなと思って……」
「どうしてオレたちなんだ。警察に相談すればいいだろ」
「警察に言ったら、姉ちゃんにヒドいことするって言うから……」
アーツは「ええっ?」と声を上げた。
「それって普通に事件じゃないか。助けてやりたいけど」
そう言って少年を見つめる。「オレで力になれるかどうか…」
「助けてやる義理はない」
リクオは冷めた声で言い切る。しかしアーツはそんなリクオの方を向いて口を開いた。
「でも、本当なら大事だよ。きっとお姉さん、怖い思いしてると想うし。オレ助けてやりたいよ」
「アーツ、人助けをしたいという気持ちはおまえの良いところだが、よく考えてもみろ。人さらいが店内であんな目立つ行動をするなんて、オレには違和感しかない」
「なぁ、リクオ」
アーツとリクオのやりとりを聞きながら、ノアが口を開いた。「おまえなら助けられるだろ?アカデミー時代、格闘技の授業で見せたあの動き、オレは今でも忘れられないぜ。相当強かったじゃないか。まだ現役だろ?」
「一体いつの話をしてる。それにオレは今休職中だ」
「休職?何があった?」
ノアは驚いた顔でリクオを見る。
「…別に大した事じゃない」
リクオはそう言って、アーツの方へ顔を向けた。「チケットを取り返して、夜の出発を待とう、アーツ。こんなことに巻き込まれたと知られたら、みんなが心配する」
「でも、本当だったら?放っておけないよ」
「そ、そうそう!こっちの兄ちゃんの言うとおりだよ!あいつらが8番倉庫に入っていったのを見たんだ!行って姉ちゃんを助けてよ!」
フィンはアーツの服の裾を引っ張った。
それを見て、リクオはフィンの手をアーツから放す。
「ったく。わかった、とりあえず行ってやるから、先にチケットを返せ。助けに行くのが条件なら、返せるよな?」
リクオは、ほらっと言いながらフィンの前に手を差し出す。
「うっ、ウソかもしれないじゃないか!チケット取り返したら、助けに行かない気なんだろ!」
「…お前、チケットは本当に持ってるんだろうな?」
「ひっ!ももも……持ってるよお!」
リクオに腕を掴まれて泣きそうな顔をするフィン。
「おいおい、リクオ。相手は子供だぞ。手加減してやれ」
ノアが仲裁に入ろうとしたとき、
「フィン~?ああ、ここにいたのね~」
アーツの背後でのんびりとした女性の声がし、アーツたちは振り返った。
その女性はスカートを翻し、近づいてくる。明らかにリクオに掴まれている少年を見てニッコリと笑顔を見せた。
「うわっ!ね、姉ちゃん!何で来んの!」
フィン少年はそう叫んだあと、「やばっ!」と口を手で塞いだ。
リクオが冷めた眼でフィンを一瞥する。
「…聞いたか、ノア?」
「ああ、聞いた」
ノアはうなずく。
「オレも聞いたよ、リクオさん」
アーツはフィンを見下ろしながら言った。「お姉さん無事みたいだな?」
「ははっ、そ、そうだね」
フィンは顔を引きつらせて笑っている。
「ええ、おかげさまで~。みなさんフィンのお友達ですか~?私ナタリーと申します~」
まったく空気を読もうとしないナタリーに、笑顔が固まるフィン。そして少しずつ後ずさりながら、また笑い出した。
「あははっ、よかった~!姉ちゃん無事だったよ!じゃあ、お騒がせしました~!」
「待てぃっ!ガキんちょっ!」
そそくさと逃げようとしたフィンだが、リクオ、アーツ、ノアにあっさりと囲まれ、逃げ場を失ったのだった。