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視点の変化を見つめる眼差し
高校3年生の秋頃だろうか。当時Eテレで放送されていた『スーパープレゼンテーション』という番組で、アラビア語のカリグラフィを用いたストリートアート「カリグラフィティ」についてのプレゼンテーションを観た。
およそ1年半後、現地でこの光景を目にすることになる。
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このプレゼンテーションを理由にアラビア語を勉強しようと思ったわけではなく、またエジプト社会や宗教に特別な関心を持ったわけでもない。
ただ何となく「良い話」として記憶に残った。
大学1年の春休み、エジプトに行くことになった時に、このマンシェット・ナセル地区のことをふと思い出した。
せっかくなら、と、誰もが知る観光地以外も行ってみたくなった。当時あまり自覚していなかったが、厨二病のきらいがある私は、冒険心に駆られたのだ。
その街の呼称から、私はかなり慎重になっていた。いろんな人から情報を集め、巻き込み、今思えば必要以上に大騒ぎして訪れた。
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カイロの喧騒を抜けて、タクシーの車内からでも、そこで暮らす「ザバリーン」の日常を感じるような道を通ると、打って変わって静かな広場に出る。
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ここだけ時間の流れ方が違うように感じられた。
少し散策した後、現地の人が、写真の光景が広がる場所を優しく教えてくれた。
eL Seed氏のプレゼンテーションの内容は、自身の弱者への眼差しがプロジェクトを通じた交流によって変化した過程と捉えることができるだろう。アナモルフォーシスのカリグラフィティも「視点を変える」という点でとても象徴的だ。
視点の変化それ自体は大切なことだ。ただし、元の視点が良くないものであればあるほど、視点を変える前後の差が強調される。これは避けようがない。
だから「視点を変える」行為の重要性が説かれる際は、その前に先入観や偏見がなかったか、再考するべきだと思う。また、変化の大きさを主張すると同時に悪い見方も必要以上に印象付けていないか、留意しなければならない。
この街やアートプロジェクトについての説明は、ここではあえて書いていない。少し検索すれば様々な記事が出てくるからだ。
同プロジェクトを「〇〇と△△」のような二項対立的な概念の調和や融合とする意見もあるようだが、この場合も前提になる二項対立を疑う必要がある。
もちろん、自分ひとりで360°の視点を持つことは難しい。ある意見に対する別の意見は他者に求めることができる。
それでも、視点の変化そのものや前提を評価する第3の視座までは、自分で持っておきたいものである。