
能面は、ほぼほぼ100%二重まぶたです。昔の日本美人は二重だった説。
女面は、ほぼほぼ100%二重まぶたです。
ものの見事に二重。
般若みたいに鬼とかに変化しているものは別として、普通に人間の顔をしている女面はみーんな二重。
みなさん、能面のまぶた、一重だと思っていませんでしたか?
ですよね? 私も思ってました。
「昔の日本美人って目が細くて一重なんでしょう?」
この衝撃の事実は、そんな定説をくつがえしてしまうかも。
能面の顔は、当時の美人とされる顔だと言われています。
その女面達が揃いもそろって全員二重まぶた。
実は、そのことに気づいたのは、能面を習い始めてかなり経ってから。
その日、全体をほぼ彫り終わり、最後に残した二重まぶたの線を刻もうとしたとき。
気合を入れつつ武者震い。
というのも、いつも師匠に、
「二重の線を切るのは最後やからね」
「ホントのホントに目の位置がここで間違いないって決まってからだからね」
とくぎを刺されていたから。
二重の線は目の印象を左右するとても大事な線。
もし先に二重の線を切ってしまって、目の位置がちょっとでも上や下にずれたら、二重の幅が広くなったり狭くなったり、目の山なりのカーブと合わなくなったりと困ったことが起きてしまう。
髪の毛一本分でも変わって来るのに、もし1ミリも違おうものなら大惨事です。
なので、二重の線を彫るのはとても緊張する。
緊張しすぎて線がブルブルガタガタしてもいけない。スーッと綺麗な線を描かねばならない。
呼吸を整え、彫刻刀をまぶたの上にそっとあてがう。
「いざ、二重!」
あれ・・・? 二重???
そういえば一つ目に彫った小面(こおもて)も二重だった。
次に彫った逆髪(さかがみ)も二重。
そして、今この増女(ぞうおんな)にも二重の線を刻もうとしている。
えーっ!? 能面って二重なの!?
能面を始めて2年、4つ目の能面でようやく気づきました。
最初の頃は、とにかく必死すぎて、二重まぶただってことに気づく心の余裕もなかったんです。
「先生、大変です! このコたち、みんな二重です!」
「そやで」
「今はじめて気がつきました!」
「今さら何を言うとるん・・・」

教室の壁一面に掛けられた女面を見る。
二重、ふたえ、フタエ・・・。
若い女も、中年の女も、老女もみーんな二重。
「先生、能面って当時の美人の顔なんですよね?」
「そう言われとるなぁ」
「そしたら、当時の美人は二重だったってことですか?」
「わからん」
「じゃあ、なんで女面はみんな二重なんですか?」
「知らん」
実は、能面の作り方、とか、この面はこうだからこういう形状です、とか、こうなってるのはこういう意味があります、といった当時の文献などはないんです。職人仕事ですからね。見て覚える。技を盗む。あるいは、型を模倣する。恐らくそんな世界。
現在能面について書かれている書籍などは、後世の人が研究したり、推測して書いたもの。
「あ! 一重のコ、発見!」

一人だけいました、一重まぶた。
「泥眼(でいがん)」という名の面で、嫉妬や恨みの面と言われています。『源氏物語』に登場する、嫉妬のあまり生霊となり源氏の本妻を憑り殺してしまう六条御息所役などに使われます。
「泥眼」にも種類があって、別の泥眼は二重まぶたでした。
「先生、他にも一重の面はありますか?」
「うーん、私の知る限りはないなぁ」
今のところ一つ例外はあるものの、能面の女面はほぼほぼ100%二重まぶた。
理由は不明、でした!
次回はその理由にも迫ってみたいと思います。
能面の世界。知れば知るほど、奥が深いです。