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くもみですけど


2010年代 隠れた名作番組

このnoteページで記事を執筆する際、幾度かテレビ番組

「空から日本を見てみよう」

について言及していると気づく。今あれこれと思い出し、手元に残している録画を見ると「テレビの歴史に特筆されるほどではなくとも、2010年代の隠れた名作番組」であったと、改めて実感する。

「空から日本を見てみよう」はテレビ東京系(地上波)で2009年10月から2011年9月まで放送された。

その後2012年10月から6年にわたり同局系列の衛星放送局BSジャパン(現・BSテレビ東京)で「空から日本を見てみようplus」として続編が制作放送された。いずれも原則週1回、56分番組である。放送終了からかなり経過しているが、テレビ東京の公式ホームページは今も残されている。

ヘリコプターを飛ばして上空から日本各地(地上波時代は東京近郊中心)の街並み・工場や港湾など各種大型施設、もしくは山や海や川や盆地などの自然地形を撮影した映像が基本。途中、いくつかのスポットにズームインするように近づき、地上取材映像によりその実態を紹介する。

もちろんそれだけではテレビ番組として退屈にすぎてしまい、美しい風景を流すヒーリングビデオと変わらなくなるので、様々な工夫を凝らした演出を行い、少しでも面白く見せようとしている。

ブレークスルー的キャラクター

この番組では”雲”をキャラクター化して、進行案内役としている。雲のおじいさん「くもじい」と雲の少女「くもみ」。

本来無生物である雲をキャラクターにするという発想は前代未聞である。同時に、視聴者に番組を強く印象づけるためにはこれ以上なく優れた、まさしくブレークスルー的なアイデアである。

雲は量の多寡あれどほとんど常時、空のどこかにある。日々の暮らしの大部分は天候、すなわち雲の動きに左右されている。雲は人の営みを超越して、それをゆるく支配する存在である。雲キャラクターは、空から撮影した映像を面白く紹介して、見る人に興味を持ってもらうにはうってつけだろう。

無生物であるはずの雲にあえて雌雄を作り、年輩の「男性雲」が若い「女性雲」を弟子として教え導くというスタイルは、今の世ならば「ジェンダーバイアスの一種」と否定的な受け止め方をされてしまうかもしれない。しかしこの番組はその方面を全く主題としていないし、これまで男性社会が培ってきたものを新しい世代に手渡していくとみなせばよいだろう。”かたいこと言わずに見やしゃんせ”である。

高齢男性あるある

番組に人気が出て、回を重ねると台本作家さんも次第に慣れてきたのか、くもじいとくもみにより人間くさい側面を加えて、キャラクターを確立させていった。

たとえばくもじいは、ウルトラマンやドラえもんなど昔からあるキャラクターを見かけると
「ウルトラマン師匠」
「ドラえもん師匠」
と呼び、殊更にへりくだる。

対して近年新たに登場したキャラクターには居丈高な態度で接する。これは市井によくいる高齢男性のふるまいをうまく風刺している。

くもじいは人間の営みを超越した存在だから、地上に降りて取材を始める際には

「くもじいじゃ!」

と大声でひと言。それで大抵の人は入れてくれる、というか入れざるを得ない。しかし取材先の家で急な階段を上る際には

「よいこらせーっと、くもじいじゃ。」

と、高齢者らしい声を出す。

くもじいはマチズモ(男性優位)を誇るタイプではない。世間的に成功した高齢男性によくみられる、相手を無意識に見下すような嫌味や精神的卑しさは全く持ち合わせていない。野望、野心といったものにもほぼ無関心である。

むしろそれらの「男性性」とは真逆の”ヘタレ”に近いタイプだろう。多数の鉄道線路や分岐道路を見かけると数え、工場のダイナミックな物づくり過程に興奮し、公園アニマル(動物を模した一般向け公園設置遊具)やもじゃハウス(外壁一面が蔦などの植物で覆われている家屋)を見かけると大喜びで近づき、「公園アニマルズ」の写真をコレクションするなど、いわゆる「少年がそのまま年を取った」性格として描かれている。

時折”大人げなさすぎる態度”を取る場面があるのもその延長線上だろう。

一見不審そうな行動を取る(実際は業務上の運搬作業など)人物を見かけると

「けしからん、行って注意してやらねば!くもじいじゃ、おぬしそこで何をしておる!」

と腹を立てる。もちろん常に早とちりであり、説明を受けて「そうじゃったか。」と声を落とす。

小学校の校庭などの上空を通る際、生徒が人文字の要領でくもじいの絵の形に並ぶ企画が幾度か行われたが、ある回で生徒がくもみの絵の形に並んで

「くもじいさん”も”大好き!」

と一斉に手を振った。

「あっ、もしかして私のリボン!ありがとう!」と喜ぶくもみの傍らでくもじいは「このコーナーは、人文字でくもじいのはずじゃぞ!”も”とは何じゃ!」とご立腹。

テレビには権力や財力を持った高齢男性、戦争など過酷な体験を持つ高齢男性がよく映し出される。近年は経済的に困窮した状態の高齢者や、かなり足腰が弱っていても「元気で働いています」とアピールする高齢者も時折テレビに登場する。彼らの醸し出すふんいきが”おじいさんのステレオタイプ”を形作っている側面は確かにある。しかし世にいる多くのおじいさんは他愛ないことで威張りたがり、経験を披露したがり、自分の好きな物事につい没入したりする人なのではないだろうか。くもじいは「高齢男性あるある」をややコミカルに表現することにより、空撮映像に息吹を与えている。

じゅるると109

対してくもみは、番組が回を重ねるにつれてくもじいよりも深くキャラクターが熟成されて、放送開始時の設定よりはるかに魅力的な個性を現すようになった。台本作家さんもオンエアを見ることでイメージをふくらませやすくなったのだろう。

普段は可愛らしい声で話し、番組の冒頭と最後で「はーい!」と明るく返事をする。唯一自分から進んで降りていく”トンガリ物件”(隅が鋭角になっている三角柱型の建物。「測れ!トンガリ計測部」として、番組スタッフや地元の若い人が大きな分度器でその角度を測定する。)に入る際はくもじいと対照的に

「すみません、くもみですけど。トンガリの内側見せてください。」

と礼儀正しく声をかける。
番組公式ホームページに掲載されているプロフィールでは「いったい、なんなの~?」が口癖としてあげられているが、「食いしん坊」という初期設定から応用された「じゅるる~♪」のほうが視聴者に強い印象を残している。随所で紹介されるおいしい飲食物(くもみは人間では10代相当ということにしているので、お酒が出る際はくもじいが賞味する)に接する際のセリフである。

最初の頃は

「おいしそう…じゅるる」

と、”おいしいものを見てよだれを垂らす音”という位置づけで、ややおとなしめに表現していたが、いつしか

「これはたまりません!じゅるる~!」

と、おいしく食べる音の表現に変わり、元気よく嬉しそうな声を出すようになった。

ファッションビルの「109」が好きで、渋谷の本店はもとより、金沢市香林坊にある支店を見かけた時にも大喜びしていたことも忘れがたい。この時だけはいつもと逆に、はしゃぐくもみをくもじいが制したり、他に注意を向けさせたりしていた。

くもみは普段、くもじいが何かに夢中になって暴走気味の行動を起こす際、それをフォローする。くもじいが鉄道車両などに対して熱く語り出すと「はあ…」と一歩引くようなため息をつくが、地域における鉄道の意義や、鉄道路線が織りなす風景の特徴については理解が早い。

板橋区の教育科学館を取り上げた際、係の人が1990年代に撮影した区内の空撮映像体験コーナーを紹介した。

「どこかの番組に似ておるのう。」

とつぶやくくもじいに

「はい、かぶってます。」

と、くもみは意外なほど冷静な声で応じていた。

くもみに関しては、「今どき女子あるある」を風刺するようなキャラ作りはなされていない。その種の番組は既に世にあふれているから、そちらを見てもらえれば十分という”割り切り”が見てとれる。明るく快活で、食いしん坊でファッションビル好きという”光”を軸に据えつつ、冷静に状況を俯瞰するようなセリフをたまに言わせて陰影をつける台本構成は見事である。

今録画を見返すと、くもみは「寒さにふるえる声色」がとりわけ上手だと思う。上空からかなり変わった形の物を見かけた際の「怖がる声色」と微妙にトーンを使い分けている。

チーズケーキ作りました

くもじいとくもみは絵柄も可愛いので、グッズもいくつか購入した。くもじいぬいぐるみを買ったはずだが、あいにく見当たらない。既に処分したことを忘れているのだろうか。くもみのメモパッドや日本列島とくもじい・くもみを描いたクリアファイルが手元にある。

放送していた頃、私はお菓子作りに幾度かチャレンジしていた。チーズケーキを作った際、チョコレートパウダーで表面にくもみの絵を描いたこともあった。

くもみですけど…じゅるる♪(2010年10月)

本来ならばトンガリハウスをあしらうところだが、ミントで味つけしたので、余ったミントの葉と板チョコレートでモジャハウスをつけた。

当時の携帯電話はまだフィーチャーフォンが主力で、テレビ東京ではモバイル向けサイトを作り、「くもじいじゃ!メールじゃぞ。」の着信音や時計アプリなどを提供していた。その頃使っていた端末は、通信・ネット機能をスマートフォンに移行させた後も時計やアラーム機能は変わらず作動しているので、今もたまに活用している。4時間おきに絵が変わる待ち受け画面用ファイルをダウンロードしている。スマートフォンにこのデータを連れていけないのが惜しい。

この他、くもじいの「夕飯はウニ丼がええのう。」など全6種類ある

選曲の妙

この番組は、BGMで使う楽曲の選択センスの良さも特筆される。

地上波時代の番組オープニングテーマは中村幸代「Land of Innocence~希望の大地~」。シンセサイザーとコーラスが紡ぐ大らかなメロディーがつかみとなっていた。終盤は尺の都合で省略される回も多くなっていたが、

もしもし、そこのあなた。
地面を歩く生活に疲れてはおらぬか?
たまには、空から日本を眺めてみるというのはどうじゃろう?
(中略)
さて、そろそろ出発じゃ。
わしらと一緒に大空を飛んでみませんか?
空から日本を見てみよう!

「空から日本を見てみよう」より

のくもじいセリフに続いて、くもじいとくもみがタイトルバックに登場する際のポワポワポワという音も好きだった。

空撮映像(くもじいとくもみが空を飛ぶ時間帯)ではJake Shimabukuroなどのウクレレ演奏曲をかける。地上波時代は"Hula Girl"からのスタートが慣例だった。

映画の「フラガール」は舞台設定に重大な事実誤認がある。常磐ハワイアンセンターの開設は地域市町村広域合併により「いわき市」が発足する前年であった。合併が実行されるまでは地域間の対抗意識が強く、新しい市名も「平(たいら)市」「勿来(なこそ)市」などが候補にあげられていた。安藤氏城下町の平市、炭鉱で栄えた常磐市(ハワイアンセンターのある湯本はここに含まれる)、港湾都市の磐城市(小名浜など)、勿来市と、町の性格はそれぞれ大きく異なっていた。ところが映画では最初から「いわき市」があったかのような描き方をされてしまった。おかげで平地区が「フラガールの町」であるかのような誤解を招き、当時生まれていない世代の市民がそのミスリードを広げている。上映当時DVDを買っていたが、昨今納得できない流れが目立ってきたため売却した。

それでもなお、楽曲の"Hula Girl"は美しいメロディーを持つ優れた作品であり、「空から日本を見てみよう」の世界観への導入に多大な貢献を果たしたと思う。今録画を見ると、懐かしさに少し涙ぐむ。

Jake Shimabukuroの楽曲は他に"Rainbow" "Coffee Talk" "Time After Time" "On The Road" "Skyline"などが使われている。映像がゆったりと進む場面、スピードを上げていく場面、終盤のスポンサー名アナウンス場面と楽曲を使い分けているが、天空を思わせる心地よい浮遊感は共通している。

大まかな地図を表示してくもじいが飛行コースを説明する場面、および何かを発見して地上にクローズアップしていく場面ではテクノサウンドをかける。地上波時代、前者はFantastic Plastic Machine "Mr. Fantasy's Love"、後者はYMO "Firecracker"が使われていた。"Firecracker"はもともと知名度がある曲で、番組の特色を代表させる効果をもたらした。テクノの人工的な音で、天上界と人間が暮らす地上界との橋渡しを象徴させている。

番組の途中で挿入される各コーナーの楽曲は

測れ!トンガリ計測部:Fantastic Plastic Machine "Theme of Luxury" "MPF" "You Must Learn All Night Long"
公園アニマルズ:Halfby "Coro Coro Sound System" "Scarecrow Man"
もじゃハウス:同 "Young Dixie Runners"

とのこと。ディキシージャズやカントリー&ウエスタンのように聞こえるが、日本のDJが1990年代にそれっぽく作った曲らしい。今はいずれも動画サイトで聴けるので、再生してはクスクスと笑っている。

対して地上取材場面ではジャズのスタンダード、John Coltrane "Blue Train"などをかけて、地に足をつけていることを強調させている。

いずれもBS放送やDVDでは権利関係が厄介なのか、全面的に他の曲に差し替えられている。

スピーチ・バルーン・コント

この番組はスポンサー企業紹介テロップを流す時間も無駄にしない。声はあてないが、画面の両端にくもじいとくもみが話す縦長の吹き出し(スピーチ・バルーン)を表示させる。内容はショートコントが多い。

今でもよく覚えているのはBS版が始まった当初の回。

「くもじいは1年間どこにいましたか」
「東雲のタワーマンションじゃ」
「何をしていましたか」
「歌ってた」「寺尾聰の”ルビーの指環”じゃ」

「空から日本を見てみようplus」より

見ていた時は「ルビーの指環?有名なヒット曲だから特におかしくはないけど、なぜ今ごろ具体名?」と一瞬感じたものの、そのまま流していた。

ところが放送後にSNSを見ると

「”さざんかの宿”でもいいですね。」

と投稿した人がいて、

「あっ、”くもり硝子”で始まるから!」

と気がつき、しばらく笑いが止まらなくなった。この番組が放送されていた時代はSNSが急速に普及した頃にあたっていて、番組側でもSNSの有効活用を模索していた。

今も印象に残るエピソード

(1)「くもジェクトX」

静岡県にある企業を紹介する際、突然「地上の星」(作詞・作曲:中島みゆき)がかかり、「くもジェクトX -挑戦者たち-」というタイトル画像が現れて、くもじいが「プロジェクトX」(NHK総合)ばりの大仰なナレーションをつけ、くもみが次々とツッコミを入れる演出が番組視聴史上最も笑えた。この企業では社長が一風変わった福利厚生施設を社内にたくさん作っていて、取材に応じた社長さんが道化役を引き受けてくれたので成立したパロディーだろう。

今改めて思い返すと、本家の「プロジェクトX」はテレビ受信機、コンビニエンスストア全国展開、宅配便ネットワーク構築、みどりの窓口予約システム「マルス」開発など、人々の暮らし方に革命を起こすほど大きな仕事を成し遂げた人や組織を取り上げていたのに対して、「空から日本を見てみよう」で取り上げる対象は日用品や耐久消費財を製造する町工場、地域で長年なじみの食堂や美容室、食品開発研究施設など。そこで働く人たちは大きな事業を成し遂げなくとも、目の前にあるタスクを丁寧にこなすことを通じて着実に誰かの暮らしに貢献して、そこに生きがいを見い出している。こちらのほうがより「地上の星」という形容にふさわしいとも考えられる。その意味でも秀逸なパロディーであった。異なる時代を生きた人だが、雑誌「暮しの手帖」を創刊した花森安治(1911-1978)がもしこの番組を見たら、きっと大いに気に入ったことだろう。

他局ドキュメンタリー番組のパロディーはその後ももじゃハウスの如く「たまに出てきた」が、私自身がそれほど元ネタを知らないこともあって、「くもジェクトX」に匹敵する面白さは得られなかった。

(2)くもじい雪像の解体

2011年2月7日~13日に開催された「さっぽろ雪まつり」で、くもじいの雪像が展示された。札幌市はこの時点でまだ取り上げられていなかったし、テレビ東京系列の番組が現地で放送されているのかどうかも不明だが、SNSが本格的に普及していった時代でもあり、札幌でもそこそこ知名度があったゆえに作られたのだろう。今でも「くもじい 雪像」で検索すれば当時見に行った人によるブログ記事などが見つかる。

雪まつりの初日にくもじい雪像を見かけた人がSNSに写真を投稿するとたちまち話題になったが、この頃はほとんど東京近郊しか取り上げていないし、積雪がある土地はロケしづらいだろうから番組本編で言及するのは難しそう。とりあえずホームページでお礼のコーナーを作り、雪がなくなったら改めて札幌市を取り上げて、途中に雪像写真紹介コーナーを作り、くもじいに「2月の雪まつりではわしの雪像も作られておったぞ。見てみい、よくできておるのう。遅くなったが礼を申す。ありがとう!」と言わせる対応が精一杯ではないかと踏んでいた。

ところが雪まつりの翌週、2月17日に放送された回で、終盤「くもじいNEWS」という新コーナーが始まり、雪まつりの模様が紹介された。

"Sing Sing Sing"や"Land of Innocence"をバックにくもじいご満悦の開催中映像のみならず、閉幕後の雪像解体作業(2月13日深夜)に立ち会い、その模様まで放送。哀感漂うBGMが流れる中

「ショベルカーで、わしの身体を削っちょるぞ!」
「ああ…こうして壊していたのですね…」
「情け容赦ないのう…」

「空から日本を見てみよう」2011年2月17日放送回より

には笑い転げた。

想像するに、番組スタッフはSNSを見てただちに取材の手配をして現地に赴き、解体作業現場ロケの許諾をもらってカメラを回し、14日朝に帰京して映像編集を行ったのだろう。まだオンラインのみで完結できるレベルには達していなかった時代である。低予算に苦しんでいるはずのテレビ東京らしからぬ機動力に、改めて驚かされる。

(3)スージーちゃんを探せ

山崎製パン株式会社所有のトラックに描かれている、パンをくわえた幼い女の子。米国人のスージーちゃんという。1966年に撮影した写真が元になっている。スージーちゃんは当時3歳、東京で暮らしていたがその後帰国したという。

1966年に3歳ならば番組放送時点で48歳くらい、どこかで健在の可能性は極めて高い。ヤマザキパンが話題に出た際に「スージーちゃんを探せ」というミッションを作り、制作スタッフがわざわざ渡米した。

しかし探し当てるどころか手がかりさえ全く得られず、雪の舞い散る空港でくもじいとくもみのぬいぐるみを映して帰国。この展開にSNSは

「まさかの無駄足!」

と、騒然となった。

再び想像するに、ドキュメンタリー番組の制作現場で思い描いた結果が得られないことは無数にあるのだろう。番組で言及しなければ視聴者は全く気づかないのだから、結果が思わしくない場合は黙ってボツにする処理がほとんどだろう。この件に関しても初めから取り上げないか、もしくはくもじいに「今、スージーちゃんは48歳くらいかのう。どこでどうしているのかは、会社の人にもわからんそうじゃ。」とひと言触れさせて済ませる選択もあったはずである。

にもかかわらずわざわざ高い旅費とそれなりの時間をかけて”失敗映像”を作りオンエアしたのは、「この番組に”ヤラセ”は一切ありません!」という逆説的宣言だったとも受け取れる。

”潔さ”を軸として

ここまでくもじい・くもみのキャラクター醸成やコミカルなエピソードについて振り返ってきたが、総括すると様々な意味における”潔さ”が番組を一本貫く軸になっていたと思う。

番組放送当時テレビ東京に勤務していて、ディレクターとして数回分の制作に携わった高橋弘樹さんの著書「TVディレクターの演出術」(筑摩書房、2013年)に目を通しても、その潔さがうかがえる。

高橋さんによれば、そもそもテレビ東京はお金も知名度もあまりないし、自分がいる部署はその中でも最も地味で、著名で華やかなタレントさんと一緒に仕事をして仲良くなれる機会などまず巡ってこないので、「手作り番組」を目指していくしかない。そのためにまず丹念なリサーチを行い、使えるネタを選び、演出に工夫を凝らすとのこと。

「空から日本を見てみよう」の企画は、Google Earthで世界中の土地を俯瞰アングルで簡単に見られる技術が2000年代後半にできたことが元になっているのだろう。制作した映像にはGoogle Earthと同様、スポット名称を記したピンが各所についている。東京都心など大都会の映像では数十個のピンが同時に立ち、視聴者が全てに目を通すことは不可能である。全部見てもらえなくとも構わない、この中のひとつでも目に止めてもらえたらそれで十分という潔さが映像から伝わってくる。

前述の「スージーちゃんを探せ」にしても、失敗をそのままオンエアする潔さを通じて、大手テレビ局番組によくある、どこかインスタント風味が漂う感動創出場面をそれとなく皮肉っている。そう考えていくと、くもみが時折見せる陰影もまた、この番組を貫く潔さを示しているのだろう。

見なくなってから起きていたこと

私は2010年春ごろからこの番組を見るようになった。私事になるが、2008年に人生を左右するようなショッキングなできごとが続いて、2009年いっぱいは何をする気も起らず、虚無感の中で過ごしていた。その頃放送が始まった「空から日本を見てみよう」と、NHK総合で木曜日22時から放送していた「ブラタモリ」第1シリーズは結果的にグリーフケアの役割を果たした。

「ブラタモリ」は当時毎日お昼に長寿レギュラー番組を抱えていたタモリさん多忙のため半年で一旦終了したが、2010年10月改編でシーズン2を放送すると発表された。私はそれを録画するために地上デジタル放送対応環境を整備して、「空から日本を見てみよう」も併せて録画するようになった。

大震災発生をはさみ、「ブラタモリ」シーズン2は半年で終了。「空から日本を見てみよう」地上波放送も2011年9月で終了した。

BS版の「空から日本を見てみようplus」は最初から録画していたが、2014年に入ると録画機器のデータが逼迫してきて、録画に目を通す時間も取りづらくなった。近畿日本鉄道がスポンサーになって伊勢志摩地方を取り上げたミニ番組「くもじいの休日 空から伊勢志摩を見てみよう」を最後に録画作業を取りやめた。諸事多忙となり、いつしか番組のことは意識に上らなくなった。以前の記事で言及した能登半島の回を見ていなかったのもこの事情による。

昨今時間ができて、久しぶりに「空から日本を見てみよう」を思い出して調べてみたら、驚愕の事実が判明した。

2017年いっぱいでくもじい・くもみを引退させて、2018年から新しい雲キャラクターを登場させたが、それから9ヶ月で番組自体が終了したらしい。

あー、この番組もまた”長寿番組の罠”にはまっていたのか…。桂歌丸さんや六代目三遊亭圓楽(楽太郎)さんが生前よく語っていた、「変えない勇気」を貫くことの難しさを改めて突き付けられた思いがする。経緯をよく読んでみると、解説ナレーションを担当する人が降板して、補充がなされなかったことによる窮余の策だったらしい。

復活は難しいか?

SNSで検索をかけると今でもくもじいを懐かしがり、「空から日本を見てみよう」の復活を望む声が時折現れている。この番組は、高橋さんがうらやましがっている資金潤沢で華やかなタレントを起用できる大手キー局が送り出す番組の「お約束」とはほぼ無縁である。

民放バラエティ番組を全く見ない私でも、以下の批判はよく目にする。

・ひな壇に賑やかしタレントを何人も並べて騒々しい
・発言やふるまい、カメラワークに品がない
・食べ物を粗末に扱う
・毒々しいテロップやBGMが横行してくどい
・同じネタやロケスポットを安直に繰り返し取り上げる
・ヤラセぎりぎりのお膳立てが透けて見え、感動を押し付けてくるような演出が鼻白む
・「続きはCMの後で」と引っ張っておいて、延々とCMを流す。その割に結末がしょぼい

かつて「暮しの手帖」で「俗悪番組アンケート」を募った花森安治ならば「俗悪という以前の問題」と切り捨てるだろう。

一方「空から日本を見てみよう」はタレントが表に出ず、風景中心の映像なので下品にならず、テロップは目に優しく、かつ必要な情報を伝えていて、BGMやギャグも洗練されている。CMまたぎは行われているが、商品やスポンサー企業にかえって反感を抱かせるほど何本も続けず、いい塩梅で切り上げている。「こういう番組こそ見たかった」という視聴者は、既に社会的権威となったテレビ局の中でその地位に安住する業界人が想像する以上に多くいる。

しかし番組の復活は難しそうである。今は2010年代よりもさらにコンプライアンス遵守の考え方が定着して、個人情報保護の観点から一般人の撮影や映り込みに細心の注意が求められている。SDGsや環境保護の観点も強く意識しなければならない。ちょっとでも不備があればSNSなどでたちまち袋叩きに遭う。そもそも高橋さんは既にテレビ東京から離れていると聞く。

それでもなお、空撮映像を軸にしたテレビ番組をまた作ってほしいと思う。近年趣味活動の一環として旅行や交通機関利用の模様をこまめに撮影して、それを動画サイトにアップする素人が大勢いる。数十万人単位のフォロワーを持つ人気者もいる。彼らの作る動画はテレビ業界がまず取り上げない点に着目することが多く、それなりの面白さがあるが、フリー素材のBGMやイラストが何とも安っぽいし、面白くレポートしていてもどこか態度が不遜だし、支援しても音楽ライブを配信する人たちに比べてかなり塩対応だし、問題が多い。

空撮紹介番組は様々な関係機関の許諾を得る必要があり、航空機を操縦するにも高い技能を保証するライセンスがいる。それらを全てクリアするには組織力と信用が不可欠である。すなわち、いかに人気の旅行系・交通系ユーチューバーであっても簡単に手出しできる分野ではない。今でもテレビ局にしかできない技である。素人のインスタントドキュメンタリー番組が乱立する今だからこそ、「空から日本を見てみよう」のフォーマットを再び世に問う価値は十分あると思う。

今から新たに制作するならば、たとえばジャンボフェリーの「あおい」に密着して、高松から小豆島経由神戸までの上空を撮影していくというアイデアはいかがだろうか。番組で神戸市を取り上げた時は三宮フェリーターミナルの改築前で、くもじいクルーは旧ターミナルビルの真上を飛んでいたにもかかわらず、全く言及していなかった。高松市の回でも紹介されていない。瀬戸内航路は陸地からそう遠くないところを航行するので、道中の着目ポイントにも困らないと思う。ジャンボフェリーも個人旅行系ユーチューバーに取材撮影許可を出して、他の乗客に不公平感を与えている場合ではない。東京制作の番組で宣伝してもらっても…と思われるかもしれないが。

新たなシリーズではジェンダーバイアスに配慮する形で「母になったくもみと、坊やの雲」のコンビになるかもしれない。鉄道を見かけるたびにはしゃいで近づこうとする坊や雲に、「もう、行くよ!一体、誰に似たのだろうね。」とため息をつくくもみ。「くもじいがいないとつまらない」の声が上がってきそうではある。

くもみちゃんに似ている??

2022年秋、美瑛町の「白金青い池」を訪れた。
数日前に降った雨による濁りがまだ完全に落ち着いていないようで、池の色はブルーというよりもミントグリーンに近かったが、水面は鏡のように静かで、空に浮かぶ雲を映し出していた。

写真を撮影した時は「空から日本を見てみよう」などすっかり忘れていた。ただ空に雲があって、池にきれいに映っているとしか思っていなかったが、今改めて眺めてみると不意に気がついた。

この雲、くもみちゃんにちょっと似ていない?

すみません、くもみですけど…?(2022年9月)

そこから改めて調べていくと、結構驚くべき意外な事実をつきとめた。
それについてのお話は、またいつか。

<参考資料>
「TVディレクターの演出術」(高橋弘樹・著、筑摩書房、2013年)
雑誌「東京人 2013年1月号」
Webサイト「テレビ東京 空から日本を見てみよう」
同「BSテレ東 空から日本を見てみようplus」
「日経クロストレンド テレビ屋のクリエイティブ術」


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