おひとりさま・ひとりっ子による実家のたたみ方 #6
突然、押された背中
何の変化もないまま2022年の師走を迎えた。
両親は体調に波はあるものの、実家で今まで通り自立して生活している。
さいわいにも当たり前の日常が続いていて、
介護や住み替えはどこか他人事だ。
一方の私も時間を見つけては高齢者施設の検索をしているが、
どれも「帯に短し、たすきに長し」でコレと言ったものは
見つけられていなかった。
2025年頃に国民の5人に1人が後期高齢者となると言われている。
当然、受け入れ先となる高齢者施設も混み合うだろう。
介護と住み替え、どちらが先になるのやら。
そうこうしているうちに、あっという間に年末は目の前になった。
そんな時だった。
旭化成ホームズからメーリングリストが届いた。
狙っていた最寄駅の物件ではないけれど、
実家からほど近い物件に空室がでたらしい。
散々探していたくせに、いざ候補になりそうな物件の案内が出てきたら、
うろたえる自分がいた。
住み替えをどこか他人事にしか捉えてない両親(特に父)が
素直に応じるだろうか?
***
結局、何のアクションもしないまま年末を迎え、実家に帰省した。
家族で夕食を囲みながら近況報告をしていた時、母から伯父の話が出た。
「そういえばね。Aちゃん、最近、引っ越したらしいの。
どうやらMちゃんが住んでるそばの施設に入ったらしいのよ」
Aちゃんとは母の兄で、すでに90歳を超えていた。
A伯父の妻である伯母も米寿を超えている。
Mちゃんというのは、A伯父夫婦の子供=私のいとこだ。
これまで母の田舎で自立して暮らしていたA伯父夫婦が
いとこの家の近くの高齢者施設に入ったらしい。
それを耳にした時、なぜか自分に許可が出せた。
「もう、うちの両親も住み替えていい」
なんだかA伯父夫婦に背中を押された気がした。
「あのさ、ここ(実家)からほど近い物件に空室がでたみたいだから
年明けに社会科見学と思って、一度内見に行ってみない?」
と両親に提案してみた。
母は面白がって乗り気だったが、父は渋った。
おそらく「内見」という行動を起こすことで、
自分にはまだ関係ないと思っていた「介護」や「死」が、
いきなり具体化しそうで怖いのだろう。
しかし、最終的に実際に住むのは本人だ。
本人が実際に自分の目で見て、本人の意思で選択し、
入居を決めることができるのは、元気でいる間しかできない。
何とか父を説得し、大晦日の夜に内見希望のメールを送信した。
***
実際の内見は2023年の1月半ばになった。
当該物件以外にも近くに空きがあれば見たい、と
営業担当にリクエストしておいたら、タイミングよく近くの別の物件にも
空室が生じたらしく、そちらも同日に見られることになった。
高齢者専用住居なだけに手すりやバリアフリーが徹底していて
安全面は申し分ない。
どちらも交通至便。部屋も十分な広さがあり、眺望も明るい。
正直、私が住みたいくらいだ。
居住条件の60歳以上に残念ながらまだ達していないことが悔やまれる。
両親も実際に室内を見学して、
ずいぶんと高齢者施設のイメージが変わったようだ。
「普通のマンションとかわらないね。こういうところなら悪くないなぁ」
2軒目を内見するときに、前の内見者が出て行くところに遭遇した。
親の住み替えを検討している人のようだった。
歳の頃は私よりちょっと年上だろうか。
「これから先ほどの物件を見に行かれるんだと思います」
営業担当が言った。
内見後、実家に戻って両親に印象を聞いてみたところ、
両親共に1軒目が気に入ったようだ。
ならば、速攻で物件を押さえなければ。
物件は出会い。
逃したら、次がいつ出てくるかわからない。
スピード勝負だ。
その日の夕方に入居申込書を提出する。
営業担当に聞いたところ、当日すれちがったもう一組の内見者も
同じ物件を希望していたらしく、タッチの差で競り勝ったようだ。
数日後、無事に入居審査を通過し、
1月末には入居契約を締結、鍵を受け取った。