八月
八月は花火の季節
名古屋のどこかの川沿いに昔付き合った女の子と花火を見に行った。
目の前にある柳の木のせいでうまく見えなかったけど、
真夏の夜の空にパラパラと花火の音が響くだけで何故か心が躍った。
彼女は青と白の混ざった浴衣を着ていて、
花火があがって川面に反射するたびに彼女の浴衣が目に映ってきれいだった。
たっぷりお酒を飲んで上機嫌の僕らは、そのまま川辺を散歩してから彼女の一人暮らしの家に帰った。コンビニでお酒を買って。
当時僕は就職活動をしていて彼女の家に居候していた。
かれこれ3か月以上にもなっていて、大学の事務で派遣をする彼女の半ばヒモみたいになっていた。
毎日料理をつくって彼女が帰ってくるのを待った。
そんな彼女の部屋に着くと、彼女は4階の部屋の窓を開けて生ぬるい風を顔に受けながら少し目を細めた。
その汗で髪の毛が張り付いた横顔がとても切なくて、そんな浴衣姿の彼女を直視できなかった。
窓からはキレイな三日月がこっちを見ている。
彼女は自分で買った缶チューハイか何かを開けて一口だけ飲むと、
机に片腕だけ伸ばして突っ伏した。
「少し疲れたのかな?」
心配する僕をよそ目に目をつむる彼女。
そんな彼女の長い前髪を窓からの申し訳程度の風が少しだけ揺らしている。
ある夏のなんでも無い夜だけど、なぜかその日のその瞬間のことをずっと覚えている。
甘ったるくて少し切ないそんな夏の夜。
見上げた夜空の月がもう15度だけ傾いていた。