【映画感想】35mmフィルム版「オッペンハイマー」
『「はたらく細胞」を見にいくと言ったな、あれは嘘だ ―――』
といまだによく見てもいないコマンドーの名台詞で茶化してしまいたくなるほど突発的に「オッペンハイマー」を観に行ってしまいました。
いや嘘ではないんですが、今見れる精神状態ではないんですよね…
面白いのには間違い無いんだけどめちゃくちゃ泣けると言うし、情緒がもたないというか。
というわけで陰極まってそうな「オッペンハイマー」が選ばれたというわけです。
しかもフィルムがやってくるのが関西初らしいじゃないですか。それも翌日までのレアな上映と聞いたら謎の使命感が湧き出てきてチケットを購入していました。
上映館は昨年の12月13日にOPENしたばかりの『kino cinéma心斎橋』さんです。
アメリカ村のシンボル的商業施設BIG STEPの中にありまして、以前は「シネマート心斎橋」というミニシアターの跡地に開業されました。
中に入ると新築っぽい匂いが残っていて思わず深呼吸。
お手洗いは居抜きそのままのようで館内とは違ってビンテージ感が漂っていましたが、その他は綺麗にリノベーションされていました。
劇場内の椅子も腰の辺りに段差というかフィットするようにクッション風の出っ張りが仕立ててあり、これがなかなか良いシートでした。
そして鑑賞後、帰ってきてから気づきましたがアマプラでもすでに配信されていたのですね。いつか観たいと思いつつもノーマークでした。鑑賞済みの方も多かろうと思われますのでネタバレ気にせず、感想を綴りたいと思います。
日本での公開はどうなるんだ?と議論がなされていた当初から「原爆賛美」な作品だとか言われていましたが、冒頭の氏のナイーブな心理や葛藤なんかを丁寧に描いているところから私は全くそんな意図を感じる事はなかったです。
作品自体のボリュームがすごいのでオッペンハイマー自身の半生はもちろんのこと栄光から失墜にいたるまでの伝記がメインのミステリーといった形式でした。
180分という比較的長めの上映時間になっていましたので登場人物が多かったとはいえ人物の描写もしっかりあるし、量子力学をイメージした抽象的な表現・爆発のインパクトなど割と史実に即しているバランスのよさだと感じました。
オッペンハイマーがトルーマン大統領に面会した時に「日本人が恨むのは私(命令した人物)だ。お前(開発者)ではない。」と言われていましたが、原子爆弾を作成した人物の事は正直に言って、映画の存在が分かるまでは開発者の名前も知りませんでした。
オッペンハイマーは時代の流れに不可抗力的に巻き込まれていったもののやはり自分の科学者としての名誉や成功への渇望と自己顕示欲もしっかり併せ持っていて、異性にもだらしがないという体たらく。
繊細で神経質だという周辺の人物による評価の通り、原子爆弾による影響とあまりの威力の強大さに良心の呵責にさいなまれることとなります。
この一連の流れを見たところで、SNSではなぜ同時期に公開された「バービー」と関連付けてあのお祭り騒ぎのような盛り上がり方を見せたのか理解に苦しみます。
「バービー」も見ましたし、あの映画は面白かったし好きな部類には入るのですが、それを利用して人種差別ムーブメントに誘導するなんてはっきりいって悪質すぎる。まあネットミームなんてコンテンツの大部分が悪ノリであると思いますが、あれで熱狂できるという人間を目の前にしたら人格を疑わざるを得ません。
小型化した爆弾を使用したトリニティ実験での業火を見た瞬間に涙があふれて止まりませんでした。
スクリーンに一杯に映し出される炎の中に蠢く怨みや積年の思い、悲願を達成した米国人側と、敗戦も色濃い中、実験として虫けらのように命を奪われた日本人側の両方の思いが目に飛び込んできました。
地震や津波の映像を見ていると「可哀想」や「無念」などの辛さに付随した感情を感じるより先に涙が出てきます。
自分が経験したわけでもないのに人間の無力さと自然への畏れのようなものからくる気持ちなのでしょうか。
映像などで追体験することによって簡略にシステム化された反射のようなものなのでしょうか。
身体的反応の流れは様々あるとして結論は出ませんが、あの炎を見て涙を流すという行為は日本人として是非もない感情の発露であると言えます。
実験の成功に歓喜しているロスアラモスの人々の感情の”爆発”描写がそのあと執拗に繰り返されるのですが、その頃ようやく「悔しさ」に似た感情が襲ってきました。
「悔しさ」というより分かり合えない「哀しさ」なのかもしれません。
一躍時の人となり称賛を浴びせられる中、後悔と葛藤に苦しむオッペンハイマー。心理的に消耗していく描写がほんとにうまいなというか共感出来ます。
緊張もあったのかもしれませんが、聴衆の歓声が全く耳に入って来ず頭の中は真っ白で視界さえ消えそうな何もない空間のよう。自身の思いとは裏腹に建前のスピーチを必死に唱えることでその場を乗り切ります。
そして驕りもあったのでしょう。間の悪さと自業自得という言葉の通りに左翼団体に出入りしていたという過去もあってロシア側のスパイとして陥れられるという処遇を受けます。
どこまで史実なのかは知りませんがまあそれもやむなしと言った感想です。
聴聞会のパートが人間模様など妄想や誇張など入り乱れていてなかなか面白かったので、またアマプラで観直ししてみたいと思います。
そうそう、フィルム上映ということを忘れていました。
時代劇ドラマなんかでは顕著に差が見て取れますが、デジタルだと綺麗すぎるんですよね。
ロマンというものが削ぎ落とされてしまうというかフィルムなりの虚構が説得力を増すというか創作であることの魅力を感じさせてくれるところがあると思います。
フィルムを広げると5kmにもなるということで途中、交換のために幕間休憩があったのですが、それもいい感じにリフレッシュ出来ます。ドリンクバーはおかわり自由なので無くなったら注ぎにいくこともできるし、普段のシネコンでは出来ない体験でした。
来週から「シェイプオブウォーター」の上映があるらしいのでまた行きたいなあと思ったり。
観に行きたいものが増え続ける2025年1月です。