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孤独の家具屋、コピーライターと飲む🏮【キャッチコピー】


たかしは、居酒屋の暖簾をくぐった瞬間、鼻に刺さる焼き鳥の香ばしい匂いに、胸の奥がほっとするのを感じた。古びた木製のテーブルに灯された柔らかい明かり、賑やかな客の声が店内に広がっていた。中央のカウンター席で、彼を待っている中小企業の社長、木村が手を挙げた。

「たかしさん、こっちこっち!」

たかしは笑顔を浮かべながら席に向かった。木村とは以前からの仕事仲間で、彼の会社の販促用のキャッチコピーをいくつか手掛けてきた。木村は地域密着型の家具メーカーを経営しており、こだわりの素材と手作り感を大事にしているが、最近売上が伸び悩んでいるとのことだった。

「いやぁ、いつも悪いね。こんな場で相談なんて。でも、たかしさんの言葉がいつも俺を救ってくれるからさ。」

「いえいえ、こういう場所で話す方がリラックスできますよ。今日はどういったご相談ですか?」

木村は少しおどけながら、ビールを一口飲んだ後、少し深刻な表情になった。

「実はさ、うちの会社、最近ちょっとやばいんだよ。コロナ禍でどうにか持ち直したんだけど、今は他の家具屋と差がつかなくなってきてて、売上が頭打ち状態なんだ。もう一発、うちの強みを打ち出したいんだけど、何を言えばいいのか、全然見えなくてさ…。」

たかしは相槌を打ちながら、木村の話に耳を傾けた。彼が言う「強み」こそが、たかしの仕事にとっての核心だった。言葉を使って、その本質を引き出し、消費者に届けることがコピーライターとしての使命。だが、木村の言葉に耳を傾けるうちに、たかしは「強み」が漠然としすぎていることに気付いた。

「木村社長、具体的にはどこが他の家具屋と違うのでしょう?お話を聞く限り、みんな似たようなことをしているように思えますが…。」

「うーん、そうだなぁ。うちは素材にこだわっているし、手作りの温もりを大事にしてる。それに、安売りはしない主義だ。だけど、同じようなことを言ってる店が多いから、差別化できてないんだよな。」

「なるほど…その温もりやこだわりを、もっと具体的に見せられるといいですね。」

たかしはビールを一口飲みながら、木村が提供している家具のことを頭の中で整理していた。彼の会社が作っているのは、無垢材を使ったテーブルや椅子、長く使える丈夫な家具だ。製品自体は素晴らしいが、それをどう言葉にして伝えるかが問題だった。

「たかしさん、俺が思うに、『品質の良さ』とか『温もり』とか、そういう言葉ってみんな使ってるだろ?でも、実際、何が違うのかってお客さんに伝わってない気がするんだよ。どうしたら、もっと響く言葉になるんだろうか。」

たかしは一瞬、窓の外に目を向けた。路地の向こうには、商店街の古びた看板が並んでいる。ふと、その看板の一つ、「毎日変わらぬ味」というキャッチフレーズに目が留まった。その店は、何十年も変わらない料理を提供していて、地元の人々から愛されている。たかしはそのシンプルさに、ヒントを見出した。

「木村社長、例えば、あの商店街の古い店。あそこは『毎日変わらぬ味』という看板を掲げてますよね。長く愛されるということは、それだけで価値があるんです。木村さんの会社の家具も長く使えるものですし、変わらぬ品質を提供しているはずです。それを前面に出すのはどうでしょう?」

木村は少し驚いた表情を見せた。「毎日変わらぬ味か…。そうか、長く使えるっていうのがうちの強みだもんな。」

「そうです。お客さんに『一生モノ』という印象を与えることができれば、価格よりも価値を感じてもらえるんじゃないでしょうか。たとえば、『世代を超えて受け継がれる家具』とか。長く使えるだけじゃなくて、家族の思い出が染み込んでいくようなイメージを伝えられると良いと思います。」

木村はしばらく考え込み、それから大きくうなずいた。

「なるほど。言葉一つでそんなに変わるもんなんだな…。」

「はい、言葉が持つ力は大きいです。特に、家具のように実際に触れるもの、日常に寄り添うものは、その価値を感じてもらえるような言葉が必要です。ただの『高品質』や『温もり』だけでは、他の家具と同じに見えてしまうんです。」

たかしは、自分がこれまで走り続けてきたコピーライターの道のりを思い返していた。言葉を紡ぐということは、ただの文章作成ではなく、その裏にある人々の感情やストーリーを汲み取り、それを短いフレーズに凝縮することだ。木村のようなクライアントが、その本質に気づき始めた瞬間が、一番やりがいを感じる瞬間だった。

「よし、たかしさん。『世代を超えて受け継がれる家具』っていう言葉、早速使ってみるよ。ありがとう、助かった。」

「いえ、こちらこそ。いい言葉が見つかるといいですね。」

たかしは、グラスを持ち上げ木村と乾杯した。言葉が商品や企業の未来を切り開く力を持つ。その瞬間、たかしは再びコピーライターという仕事の魅力を噛み締めていた。

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