ふるさとイベントの明暗を分けるもの【キャッチコピー】
たかしは、広告業界で少しずつ名前が知られてきたコピーライターだ。彼の特徴は、じっくりと話を聞き、短い言葉で物事の核心を突くことにある。彼にとって、言葉が短ければ短いほど、受け手に想像の余地が生まれ、そこに深みが宿るのだ。そんな彼に、ある広告代理店からイベントの企画に関わってほしいという話が舞い込んだ。
広告代理店は、企業や地方自治体、個人事業主など、さまざまなクライアントのプロモーションを手掛ける仕事をしている。代理店の役割は単に広告を制作するだけではない。クライアントのニーズを的確に捉え、どのようにターゲット層にアプローチすれば最も効果的かを戦略的に考えることが求められる。たかしが依頼を受けたのは、そんな広告代理店の老舗で、担当者は広告の企画やデザインに長けたベテランだった。
最初の打ち合わせは、たかしにとっては少し気が重かった。広告代理店の担当者は、彼の静かなスタイルと正反対で、口数が多く、次々とアイデアを出していた。担当者はノートを片手に、どれだけ新しいイベントが成功するかを情熱的に語った。イベントの内容は、地方の特産品を都心でアピールし、消費者と地域の生産者を直接つなぐというもので、クライアントは某地方自治体。たかしは、その話をじっと聞きながら、必要な言葉だけを心の中にメモしていた。
「つまり、地域と都市をつなぐ…シンプルで心に響く言葉を必要としているんですね」と、たかしは初めて口を開いた。担当者は驚いた顔を見せたが、少し考えた後、「そうそう!」と熱心にうなずいた。
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たかしは、イベントのテーマを探るために、代理店の担当者とさらに打ち合わせを重ねた。担当者は次々とアイデアをたたき出し、イベント内容のディテールにこだわりを見せていたが、たかしは「言葉は、シンプルに」と心の中で何度も呟いていた。たかしはこのプロジェクトに、ただのイベント以上の意味を感じていた。地方の魅力を、都市に住む人々に伝える。だが、伝えすぎれば逆に魅力が薄れてしまうかもしれない。そこで、彼は「少ない言葉で、深い意味を込める」ことを改めて決意した。
数日後、たかしは再び担当者と向かい合っていた。代理店は「もっとインパクトのあるイベント名を!」と求めていたが、たかしはじっと考え込んでいた。やがて、「出会い」をテーマにした言葉が浮かんできた。「地方と都市の出会い」「新しいふるさととの出会い」…。だが、まだそれだけではしっくり来なかった。もっと短く、もっとシンプルに。たかしはその後も、何度も「出会い」のイメージを心に描きながら、短いフレーズを考え続けた。
そして、ついにたかしは「ふるさとは、ひとつじゃなくていい」という言葉を見つけ出した。言葉が浮かんだ瞬間、彼の心の中で何かが「カチッ」とはまる感覚がした。「ふるさと」という言葉は、多くの人にノスタルジーや温かみを感じさせる。だが「ひとつじゃなくていい」という言葉を添えることで、自分のふるさととは違うふるさとに出会う良さを伝えられる。それは地域と都市をつなぐイベントの本質そのものだ、とたかしは感じた。
最終プレゼンで、たかしは「ふるさとは、ひとつじゃなくていい」とだけ書かれたシンプルなスライドを代理店に見せた。担当者は一瞬言葉を失ったが、次第にその言葉が持つ力に引き込まれていった。「これなら、伝わる」と、担当者はしみじみと語った。複雑な説明や派手なフレーズを求めていた広告代理店のスタッフさえ、たかしのシンプルな一言に納得したようだった。
イベントは「ふるさとは、ひとつじゃなくていい」というキャッチコピーとともに大々的に宣伝され、都心の特設会場には多くの人々が訪れた。地域の特産品に触れ、出店者の語りに耳を傾けるたびに、来場者は自分自身の「新たなふるさと」の良さを感じているようだった。そして、広告代理店の担当者も「たかしさんがこの言葉を生んでくれたおかげです」と感謝の気持ちを述べた。
しかし、たかしの名前が表に出ることはなかった。守秘義務契約があるため、彼がこのプロジェクトに関わったことを知る者は限られている。だが、それで十分だった。人々が「ふるさとは、ひとつじゃなくていい」という一言から何かを感じ取り、新たなふるさとを感じる。その姿を想像するだけで、たかしの胸には満足感が広がったのだった。