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さらばステキな週末を

 「ああ、今日はせっかくの休日なのに、何も有意義なことができなかったな。」

 パンダが一日の六割方を単子葉類を齧って過ごしているのは、彼らの消化器官とセルロースの間におけるギリギリの相性のためであって、モグラが一日中ちょこちょこ忙しなく動き回っているのは、三〜四時間ばかり食わないと餓死するからであって、コアラが一日の八割方を木に掴まってボンヤリ過ごしているのは、毒性のユーカリを代謝するのに百時間かかるからであって、ナマケモノが八瓦の葉っぱを食べたっきり木の枝にぶら下がってボンヤリしているのは、急に動くと熱が溜まりすぎて命の危険もあるからだという。

 人類はそのてん暇だ。二十四時間のほとんどを食事と消化以外のことに充てて過ごしている。人類は初めからこんなに暇だったのか?『サピエンス全史』によればそうではない。

 頂点への道のりにおける重大な一歩は、火を手懐けたことだった。

ユヴァル・ノア・ハラリ(2016)

 火は良い。私はニーチェは元より織田作之助の『猿飛佐助』も端を齧った程度で、況んや『アヴェスタ』をというところだが、ともあれ火の恩恵で人類は食べられるものの種類が増え、食べる時間が減り、食べた後に必要な時間が減ったということらしい。しかも暖も取れる。

 思い出すのは『風来のシレン2』のことだ。近所の百貨店の「美々卯」の看板は知らぬ間に下ろされてしまっていた。ついぞ私は「最果てへの道」を踏破することはできなかった。
 ホモ・サピエンスの動物的特殊性については枚挙に暇無い。それこそ多くの宗教で以てされた具合には偉大だ。ご先祖が"頂点"へと歩み出したというその瞬間、エンドロールはすでに流れ出していたのでは?

 「宝剣ミジンハ」を装備品かけに飾ることは叶わなかった。しかし、私には別段不満も憤懣も遺恨も悔恨もなかった。私にとって、エンドコンテンツとはそういうものだった。私たちは存在しないはずの時間を生きている。

神よ!!
オレに世界を与えたまへ!!!

藤崎竜(2005)

 まぁ実際そんなことはあるまい。オーストラリア北部には火を使う鳥がいるらしいが、人類はどうだろう。また、巣作りのために木の枝を手懐けることは生物学の範疇から逸脱するだろうか。人類の腸が進化的に短くなったらしいことについては? 習慣的な火の使用の推定が遡れるのは30万年前であり、ホモ・サピエンスが分かれたのはその10万年後であるという説については?

 そういうことではないのだ。それ自体は本当に尤もであって、本来大いに攪拌すべきだが、そうではなくて、つまり、私は腐したい。現状聳える牙城が楼閣であって砂上であると見紛える事情に飢えている。飽いていると言ってもいい。

 だから遺伝子が行動・感情・思考を決めるという話も依然大変魅力的だ。「美しさ」と「グルーヴ」が空間把握の要求の脱殻だという仮説など堪らない。心の思うままに過ごすことが個人にとって良い結果を必ずもたらさないことは阿片が証明した。人間が実のところ実にさまざまなものに寄生されているという観点も捨てがたい。宇宙は? 宇宙のスケール感も悪趣味で良い。

生きてることが辛いなら
いっそ小さく死ねばいい

御徒町凧&森山直太朗(2008)

 極地には引力と斥力がある。それはまちまちであるけれど、だいたい引力の方が射程が広くて、気づくと斥力は間に合わない。そんな感がある。そうなる前に私は感知したい。

 「私はテレビゲームをする意味がわからない。だって、あんなのは時間の無駄でしょう。」
 授業の中弛み、教壇の上から彼が言い放ったことが私にはわからなかった。
 今となってもそれは変わらない。彼にとっての「無駄」が私にとっての何に当たるかを彼は最後まで教えてくれなかったからだ。しかし、今ならそれがわかる。そう話した彼の表情が普段の彼がするほどには楽しそうだったことを思い出したからだ。

 受験戦争は尖っていく。"適格者"の争いだ。しかし、山頂付近のせめぎ合いは大谷翔平や藤井聡太を観るように心躍る。菊地成孔氏の音楽は見事に噛み合ったバグ技のように痛快だ。アルヴァ・アアルトの椅子ほど愛らしいものはない。しかし、それはエンドコンテンツだ。眩しい。
 私は腐したい。彼らの乗った卓袱台を何とかしてひっくり返したい。テーブルクロスの一枚を引くだけでもいい。のめり込んで見上げながら仰け反って見下したい。彼の授業を受けた身として、せめて私が報恩するならそれは今だ。私は腐したい。私の寂しさを。

夏にサヤインゲン、
桃、桜桃、メロンを食す。

ローベルト・ヴァルザー&パウル・クレー(2018)

 パンダを焼肉へ誘うことは彼を暇にできるだろうか。また、そうして興ったパンダ帝国との決戦に敗れた私たちは、あるいは一日中笹を食って生き延びることができるだろうか。ところで、私たちのステキな週末とは? あるいは、悩めるパンダのステキな週末とは? 宇宙は百三十五億年の水飲み場。私たちはニ十万年の茶番。窓。私はバカみたいだ。こんなに小さな薄い板に夢中でチマチマと。狩猟採集もせずに!

 さて、そろそろ事務室へ戻らなくては。文化はゲノムを迂回して、昨今の食事は銭を稼ぐことだ。そういえば、しかし、いつまで? 人口動態統計によれば、令和五年の合計特殊出生率は1.20だということらしい。ゲノムは迂回されてしまったのだろうか? いっそ茶番だったなら良い。波の音がする。私も、そうしたら心置きなく、気兼ねなく、脱殻として堂々と、くたばるまで生きられる。

【主な関連資料】

●雑学カンパニー編集部(2020)『パンダの1日は食べることばかりに費やす』パンダの1日は食べることばかりに費やす。かわいすぎか。【動画】 (zatsugaku-company.com)(参照日2024年5月31日)
●今泉忠明(監修)(2017)『泣けるいきもの図鑑』学研プラス
●ユヴァル・ノア・ハラリ(2016)『サピエンス全史(上):文明の構造と人類の幸福』(柴田裕之 訳)第1章 河出書房新社
●チュンソフト&任天堂&クピド・フェア&クリーチャーズ&アバン(2000)『不思議のダンジョン 風来のシレン2:鬼襲来!シレン城!』任天堂
●藤崎竜(2005)『WaqWaq:ワークワーク』第2巻 集英社
●GIGAZINE(2018)『火を使って狩りをする鳥の存在が確認される』火を使って狩りをする鳥の存在が確認される - GIGAZINE(参照日2024年5月31日)
●小林朋道(2024)『モフモフはなぜ可愛いのか:動物行動学でヒトを解き明かす』新潮社
●御徒町凧(詞)&森山直太朗(曲)(2008)『生きてることが辛いなら』NAYUTAWAVE RECORDS
●ローベルト・ヴァルザー(詩)&パウル・クレー(画)(2018)『日々はひとつの響き:ヴァルザー=クレー詩画集』(柿沼万里江 編、若林恵&松鵜功記 訳)平凡社 p.93.
●共同通信(2024)『出生率1.20、最低更新 23年生まれ72万7千人』出生率1.20、最低更新 23年生まれ72万7千人(共同通信) - Yahoo!ニュース(参照日2024年6月5日)

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