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1982年「鬼龍院花子の生涯」


公開 1982年
監督 五社英雄
公開当時 夏目雅子(25歳) 仲代達矢(47歳) 岩下志麻(41歳) 夏木マリ(30歳)


10代の頃、テレビの地上波で何度も放送され、夏目雅子を始めとする女優陣の体当たりの演技と壮絶な世界観が強烈に印象に残っています。
本作の世界観は年齢を重ねた現在でも消化する事ができません。
当時は自分自身が若く未熟ゆえに、登場人物の心情を理解できないのだと思っていましたが、今改めて見ると、かなりクレイジーでカオスな内容です。
女性の裸体は当たり前、際どい濡れ場のシーンもあり、無修正でゴールデンタイムに地上波放送されていたとは、現在では考えられない事ですね。

大正7年。
土佐の侠客、鬼龍院政五郎と妻の歌は、子だくさんの白井家から養子として松枝を貰い受ける。
「この子がええ。見るからに賢そうじゃ…」

妻の他に数人の妾を抱え、若い衆数十人を従える鬼龍院政五郎は、野生動物の群れの長のように絶対的な権力を持ち一家を取り仕切る。
事実上の一夫多妻で、夜な夜な数人の妾をはしごする政五郎のバイタリティーは驚異的で、「日本人男性は生真面目」という認識がある諸外国の人が見たら、カルチャーショックを受けるかもしれません。

初潮の始まった松江に目を細め
「松枝も、女になったか…」

妾同士で殴り合いをさせたり、養女である松江を強姦しようとするなど、「土佐の漢の性」などと美化するにはあまりにおぞましく、政五郎の思考回路がまったく理解できません。

松枝が養女になった翌年、妾つるは妊娠し花子を出産する。

聡明で美しい松枝と、不美人で思慮浅い花子。
政五郎は「バカな子ほど可愛い」とばかりに花子を溺愛する。

松枝は女学校の教師となり、土佐鉄道労働組合長の田辺と結婚するも、田辺は鬼龍院の抗争に巻き込まれ死亡する。
田辺の葬儀で親族から罵倒された松枝が放った有名なセリフ
「高知の侠客、鬼龍院政五郎の娘じゃき、舐めたらいかんぜよ!」
夏目雅子が啖呵を切るこのシーンはCMでも使われ、話題になったものです。

抗争に破れ鬼龍院一家は崩壊する。
「お父さん、たすけて たすけて 」
松枝の元に、遊郭に売られた花子から手紙が届く…

全編通して松枝がストーリーの中心にも関わらずタイトルは「鬼龍院花子の生涯」で、当時は違和感を感じたものです。
宮尾登美子の原作では、政五郎と花子の波乱万丈の生涯が、松枝の視点から描かれています。

松枝の役は当初、大竹しのぶを考えいたそうなのですが、当時「脱がせ屋」の異名をとっていた五社英雄監督を大竹が敬遠し「あの監督にかかったら、絶対脱がされる」と出演を頑なに断ったのだそうです。

そんな折、「西遊記」で人気だった女優の夏目雅子が、五社の自宅を直接訪問し「ぜひ私にやらせてください」と、土間に両手をついて懇願したそうです。
繊細で儚げな印象のある彼女の、恐るべき女優魂に感服してしまいます。
夏目雅子は映画公開の3年後に亡くなっていますが、間違いなく本作が彼女の代表作と言えるでしょう。

岩下志麻や夏木マリの起用の経緯も興味深く、映画製作の裏話だけで一つの作品が作れそうなほどです。

東映がこれまでの男性客向けの任侠映画路線を一変し、女性客をターゲットにした作品を製作しようという方針から製作され、夏目雅子の人気もありその年の邦画の大ヒット作となりました。
艶やかさの中にも修羅の空気をまとった女優陣の演技は素晴らしく、仲代達矢を始めとする男性キャストが霞んでしまうほどです。

本作をテレビで見た思春期の頃は、男性優位のコミュニティの中で強い男を崇める女たちといった構図に違和感を覚え、目を背けたくなったものです。
政五郎は自らのテリトリーにある女性は皆、所有物と考えており、松枝もその被害者と言えます。
松枝が政五郎に手籠めにされそうになったにも関わらず、「お父さんの子供で良かった…」と、政五郎と和解するシーンは、未だに松枝の心情を理解する事ができないのです。

五社監督は濡れ場の撮影の際、自身も全裸となり助監督相手に「足の指まで舐めた」ほど、役者の前で鬼気迫る演技指導をしてみせたのだそうです。
昭和の映画人とは、一般人とはまったく異なる別世界に生きる人種、突き抜けた感性と創作意欲を持つ人種と言えます。
リテラシーの縛りから解き放たれ感性の赴くままに創作できた昭和を、現在の映画関係者は羨ましく思うのではないでしょうか。

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