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30. 空気が読めない
僕のnoteでは、過去の芸人時代の体験をもとに感じたことを物語として綴っています。本日のテーマは、「生きづらさと自己理解」です。
少し重めなテーマですが、どうぞ最後までお付き合いください。
愛想笑いの向こう側
僕が芸人になったのは、ただネタで人を笑わせたかったから。
何も考えず、ただ純粋に。
でも、現実は違った。
面白いことを考えるだけではダメだった。
場の空気を読むこと。
上下関係をわきまえること。
笑いのルールを理解すること。
それがうまい人は、自然と周りに人が集まる。
うまく立ち回れる人は、気づけば大事なポジションを任されている。
僕はそれを、遠くから眺めていた。
だって僕には、それができなかったから。
飲み会では、愛想笑いを浮かべるので精一杯。
周りが笑うタイミングで、一緒に笑う。
求められたツッコミを、ちゃんと返す。
それだけのはずなのに、なぜか噛み合わない。
場を盛り上げたいのに、空回りする。
冗談を言ったつもりが、微妙な空気になる。
「冗談だよ」と笑ってごまかすけど、心の中はざわざわしていた。
そして、とても疲れた。
僕だけ、どこか違うリズムで生きているような気がした。
頭では分かっているのに、なぜかできないことが多すぎた。
昔からずっと、そうだった。
飲み会がつらい
そもそも飲み会や食事会が苦手だ。特に、僕は座る場所が重要になる。
端に座れれば、まだいい。少し静かに過ごせるし、気配を消すこともできる。
でも、だいたい真ん中になる。
真ん中は大変だ!!
なぜか?
耳から音がバァーッ!
目から情報がバァーッ!
四方八方から会話が飛び交い、大皿の料理が行き交い、グラスがぶつかり合う音が響く。
一つひとつは何でもないことなのに、全部まとめて押し寄せてくるので、頭の中が処理しきれなくなる。
誰かが話し始めた。
でも、その横で別の会話が始まる。
さらに奥の席でも笑い声が聞こえる。
どれを聞けばいい? どこに集中すればいい?
迷っているうちに、目の前の話題が進んでいく。
気づけば、みんな笑っている。
慌てて合わせて笑う。
でも、なんかズレてる気がする。
変なタイミングだったか?
そう思った瞬間、余計にぎこちなくなる。
頭の中はもうパンパンだ。
何を話せばいい? さっきまでの流れは?
分からない。焦る。
とりあえず何か話す。
でも、微妙な空気になる。
誰かが苦笑いした。それを見て、心がズンと重くなる。
「飲み会って、楽しいものなんだよな?」
そう思いながら、チラッと時計を見る。
まだ開始30分。
……帰りたい。毎回こうなる。
そして、空気が読めない
芸人を始めたばかりの頃だった。
芸人仲間が集まると、よくミニコントが始まる。
その日も気がつくと、ある先輩芸人にタメ口で話すというミニコントが繰り広げられていた。
僕もその流れに乗り、先輩にタメ口をきき、わざと失礼なことを言った。
このミニコントのセオリーとしては正しかった。実際、場は大いに盛り上がった。
ただ、僕にはミニコントと現実の境目が分からなかった。
コントが終わったあとも、僕はタメ口を続けた。
最初は「いや、もうええねん」とツッコまれ、それも笑いになった。
でも、僕はまだそれもコントの延長だと思っていた。
さらに畳みかけるように言葉を重ねた瞬間、先輩の顔色が変わった。
そして次の瞬間
鼓膜が破れるほどの大声が響いた。
怒鳴り声に凍りついた。
そのとき初めて、コントが終わっていたことに気づいた。
僕には、この空気の変わり目が分からなかった。
必死に謝ったが、許してもらえなかった。
「ノリが分からない奴」と思われ、それ以降、その先輩に可愛がられることはなかった。
この日を境に、僕は少しずつ気づき始めた。
僕は、どこか「普通」と違うのかもしれない。
でも、その「違い」が何なのかは、分からなかった。
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