感心依存症
感心依存症という疾病が世間に蔓延している。この感心依存症という疾病は空気感染も接触感染もしない。しかしかなりの感染力を有している。視覚、聴覚を介して蔓延するこの疾病は比較的高齢者の、性別に分類すると男性の感染者が多い。更に分類すると年金暮らしの、図書館利用者に多い。簡単にいうと暇を持て余している貧乏人の高齢者に多い。貧乏人と言っても彼らはなんとか食べることは出来るが、余分なものには一切金を使う余裕がなく、毎日を無料で利用できる図書館の往復と、国営放送を視聴するのに時間を費やしている。有体にいうと廃人類に分類できる。その様な言葉は無いが、この廃人類という分類用語より適切なものは見当たらない。
彼らは会話に飢えているが、それよりも何よりも感心することに飢えている。彼らは図書館の中の専門書などを読むことを好む。読んでもほとんど内容を理解できないのだが、しきりに納得するし、かつ感心する。80歳を越えようとする彼らの脳には異常なほどの感心欲求が膨満しているのだ。危険レベルと行って良い。
彼らの世代は戦後再輸入された民主主義の理想型が作った異体であった。軍国主義から解放された反動で、学校では他者の意見を尊重するように強く教育された為、その部分が歪に増長された。そして齢を重ねるに従い病的なレベルに達した。ディペートなどとんでも無いことであった。
彼らは自身の考えよりも反対意見に耳を傾ける。そして、その反対意見に盲従する。彼らは他者の意見がたとえどんなに自身の意見と食い違いを見せようとも、簡単にそれを受け入れてしまうのだ。それどころか、少しでも自分の主張に穴がないか探し、結局それに成功して持論を投げ捨て、それを踏みつけ、そしてそのことを可能にした自分に大満足して、最終的には自身の度量の大きさに酔いしれるのだ。もとより自身の考えなどほとんど無いので捨て去るのも至って簡単だ。
こんな人間が増えてきたのは、日本の人口動態の変化による影響が大きいと思われがちだがそうでもない。人口を構成する年齢層の高齢化とは無関係と言って良い。彼らは一見物分かりの良い好々爺に見えるが、実際には2.26事件を引き起こした青年将校よりも危険極まる人間達だ。
最近この疾病の感染者年齢層に変異が見られ始めた。今まで男性の高齢者に多かった感染者が、徐々に低年齢化の傾向が見受けられることだ。最初80歳を超えた高齢男性の感染者達が、図書館などで老人会さながらにお互いを褒ちぎっている分には害はなかったのだが、ここ数年来中高年、いや、もっと言えば30過ぎの働き盛りの青年達にまで感染が広まってしまっている。彼らは対人意見の溝をエベレストの断崖絶壁よりも恐れ、居住する町内会などでも少しでも隙を見せると隣人に感心しようとする。町内会などの集まりに見受けられる、公務員などを生業としている者達は格好の餌食だ。哀れな彼らは皆の感心の的となり、周りの魚屋の親父や、床屋のおばちゃん達、低賃金サラリーマンなどに思う存分痛ぶられ続ける。そしてこの傾向は地方に行くほど激しくなる。
「いやあ、私など公務員になったらえらいことになります。やはりあなたのような方でないと」
これなどはまだほんのジャブで、酒などが入る会合だと、飲めば飲んだで、飲まなければ飲まないで、どっちに転んでもさすが、さすがと、感心され続けるのであった。町内会などで、公務員達が痛ぶられ続ける程度なら特に問題はないのだが、感染者が増加するにつれ、このことは徐々に国全体に影響を及ぼし出した。
日本全国意見の対立など皆無の世の中になるに従い、日本の国力の衰えはとみにひどくなった。国会の論戦でも野党も与党も決して非難などせず、論戦は皆無である。逆にいかに相手に感心させまいと、奇妙な論戦が繰り広げられる。
野党代表
「全て今の国情は、我々野党がだらしないが為であり、全ての責任は我々にある」
与党代表
「何をおっしゃる、野党あっての与党、我々が野党の言うことを実行できなかったばかりにこの様な事態に、全ての責任は我々にある」
野党代表
「そちらこそ何をおっしゃる、そのようなでまかせを、よくもしゃあしゃあと、日本の国情をこうさせたのは誰がなんと言おうとも我々野党の責任です」
与党代表
「許しませんぞ、手柄の独り占めは」
もはや国会は機能を完全に停止してしまった。
国内で全く競合が消滅してしまった社会は、国勢を著しく衰えさせ、GDPは急降下した。頼みの綱の海外資産は底を尽く寸前である。円は世界から売り浴びせられ、為替は1ドル2000円を超えようとしている。国債利回りは10%を超えて既に今年に入って2回デフォルトしている。
普通ならここで騒乱のひとつも起こるのだが、この国ではその様なことは全く起こらない。国は荒廃し行くが、誠に争いのない、静かな貧困が日本国内を覆っていった。どこにも暴動などあろうはずもなく、デモさえ起こらない。人々は規律正しく餓死していった。為替レートが悪化したため海外から何も購入できなくなってしまったのだ。一部の富裕層以外は乞食でいっぱいである。しかし、賄賂が横行することもなく、治安も落ち着いたものである。
海外のメディアは特異な目で日本の国情を配信していた。彼らはこの不気味な荒廃が自国に伝染せぬか恐れを抱いていた。しかし、その気配は全くなかった。彼らの国では与野党の論戦は喧嘩そのものであり、対政府のデモは健康的に毎度行われている。
この極東の島国の異様な様相は、Japan症候群などと呼称され、世界中に報道された。各都市に見受けられる餓死死体はきちんと正装しており、手は前に組まれている。通行の妨げにならぬ様に道路の脇の餓死者専用スペースで死んでいた。死ぬ時まで彼らは礼儀正しかった。
この病は、出生率を極端に低下させ、日本国民消滅はほぼ確実になった。絶滅危惧種となった日本国民の保存を求める運動が各国で起こり始めたが、それは盛り上がりに欠けた。もはや手の施し様がないのであった。
終