「青春」という言葉の破壊力
「青春」ってなんなんだ。
スイスで生まれ育った日本人の友だちが、日本の「青春」への憧れを話してて、私も自分の中高、日本での「青春」について考えてみた。
部活帰りの100円の肉まん
コンビニのサラダチキン
午前部活後のジャージユニバ
くらくらするまで叫んで次の日声出んカラオケ
体育祭のリレーでのクラスの応援
文化祭の準備で一生だべっててた時間
引退試合後の後輩からの色紙とビデオ
大量生産タッパーで配るバレンタイン
挙げ出すとほんまにキリ無い。
英語にすると???
Youth?Adolescence?、、うーーーんなんか違う。
そこにはもっと輝きがあって、それでもって儚くて、思い返すとなんか幸せだけど寂しさもあって「あー、青春だったな」って浸れる、この感情。
この気持ち、この「青春」って二文字でしか表せないと思う。
「青春」ってカギカッコ付きで、そのかけがえの無い「時間」そのものに名前を付ける。
「どこに行った」でも「何をした」でもなくって、そこにいる人たち、音、匂い、光、色、その空間、時間そのものに名前を付けることで生まれる概念。
「日本の学生生活」が特別で、青春なんじゃなくて、「青春」って名前をつけることで、特別に仕立て上げる。
こうやって「青春っていいよなぁー!自分らも年取ったよなー!まだ若いけど!」とか言い合う黄昏時。ライン川沿いの人々の笑い声、陽気な音楽、タバコの匂い、甘いビールの味、気温、太陽、日が沈む時の流れ。ノンアルだけど。
これも何年後かには私の「青春」になるんだろうな。
青春って名前付けるみたいに、こうやって今の自分を文字に起こす。頭の中でふわふわしてる素敵な考えを掴んで残しておく。
そんな時間が好き。
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