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#14 書くということ

落語好きな嶌編集長が率いるアウトドア系月刊誌。編集部員は吉岡(ヨッシー)、磯野(カツオ)、小林(ガシャポン)、小峰(バイト)、そして柚木徹の5人だ。荻上右京(アンリ)、小鳥美緒(オードリー)が表紙モデルに抜擢された。30歳までの限られた編集者生活を送っていた柚木は、最後の配属先となるであろう月刊キャンプ編集部で、月刊誌の編集に没頭する。

 月刊誌に配属された柚木にとって、それまでと最も違う点は「原稿を書く」ということである。前の部署ではほとんど書くことはなかった。著者やライターが書いたものを校正するという仕事が主で、編集者自らが原稿を書く機会は皆無に等しかったのである。

 柚木が出版社をめざそうと決めたのは高校三年のときだ。きっかけは帰宅途中に立ち寄る市立図書館だった。柚木は、時間があればそこへ行く。ただ本の匂いが好きだったし、水を打ったような静けさが心地いい。隙間なく埋められた本の隊列を美しいとさえ感じていた。そして、本棚に並んだ数々の本を見つめながら、ふと向こう側へ行くにはどうしたらいいのかと考えるようになった。読む側ではなく、作る側にである。

 大学進学とともに上京。大学の学部は経済学部だった。貨幣価値のなんたるかとか、インフレがどうして起こるのかとか、そんなことを学問する学部だ。同級生は銀行員か商社マンを目指していたから、異端児だったと思う。一般学生が息抜きに選ぶ文章講座や文化記号論のゼミに全集中し、同級生の分まで読書感想文を書いてランチ代と交換するような学生だった。
 柚木は書くことが好きだった。

 大学を卒業して出版社に入ると、本は読むものではなく作るものに変わった。入社したその日から、朝から晩まで活字を読む生活だった。夜中に目を閉じてからも瞼に活字の影がちらつく。浮かんだ活字に対して、無意識のうちに誤字脱字のチェックと文字統一をしている。指先には赤ペンの染みがいつも付いている。

「お前ら、さっきから手が動いてねぇぞ。パソコンの前でお前らがフリーズしてどうする? さっさと指を動かしやがれ!」
 嶌の叱責がとぶ。今日は15日、毎月訪れる入稿締め切り日の恒例の風景だ。嶌が言う「お前ら」とは、たいていガシャポンと磯野のことである。

 普段は昼過ぎにならないと集まらない編集部員たちが、今日は午前中からデスクにかじりついていた。昼食もデスクでパンやおにぎりを食べて凌ぐ。電話が鳴っても誰も出ない。それだけ時間が惜しいのだ。

「今日の22時までに全部入れろ。デザイナーからデザインは上がってんだろ。タイトル決めて、キャプション付けて、本文書いたら出来上がりだ。ぐずぐずするんじゃねぇ!」
 そう言う嶌自身も担当ページを抱えている。嶌は自分の原稿を書き始めると微動だにしない。猫背になって、肩をすぼめた独特の姿勢のままキーボードを打つ。一心不乱にキーを叩いて、顔を上げるとペットボトルの水を一気に飲み干した。

「嶌さん、もう書き上げたんですか? 一時間もしないうちに『達人コラム』書いちゃいましたよ、どうなってるんですか! この人」
 ガシャポンが呻き声をあげる。
「ばかやろ。おめぇはパソコンの前で原稿書こうと思ってるだろ。そこから違うんだよ。普段から頭のなかで書いておくんだ。電車を待ってたり、飯を食ってたり、風呂に入ってたり寝てたりする間、どんな原稿に仕上げようかってずっとイメージしておくんだ。そんで、だいたいまとまったなと思った段階ではじめてパソコンに打ち込む。書くんじゃねぇ、出すんだ!」
「言ってる意味がわかりません!」と磯野。
「嶌さんは、全部頭のなかで原稿が出来上がってるっていうことですか?」
 ガシャポンが唖然としている。
「おう、だいたいな。そりゃー少しは修正が必要だぞ。ここが足りない、ここは重複してる、そんなことを微調整するためにパソコンを使うんだ。だが、俺くらいになればだいたい最初に書いたのをちょちょいと直してOKだがな」
「まじかよ。そんなふうになりてぇ」
 ガシャポンが悔しそうに天井を見上げる。

「徹くんはどうなの? 入稿終わりそう?」
 磯野が柚木に話を振った。
「まぁ、もうちょいかな。20時までには仕上げるつもり」
「徹さんも終わるのかよ~。今月もカツオさんと俺でビリケツ争いじゃんかよ!」
「柚木は書くことに苦労してねぇんだよ。原稿書くのが楽しいんだ。どうだ、月刊誌、おもしれぇだろ?」
 嶌の問いかけに、柚木はほくそ笑んだ。本当だ。月刊誌は楽しい。自分で企画して、自分で取材して、原稿も書ける。書く場所があるということ、埋めるべき行があるということが、こんなにも楽しいことだったなんて。

 自分は本を作りたかったんじゃない。文章を書きたかったのだと最近気づいた。これは大きな発見でもある。加えて、学生時代に書いていたものより、質が上がっていることにも気づく。この七年間、朝から晩まで他人が書いた文章と格闘してきた。そのことが血肉となって生きている。今は書きたい。とにかく書きたい。まだまだ、書いていたい。
「この人笑ってるよ、まじでお楽しみ中かよ。うぉー負けてたまるか!」
 ガシャポンが気合を発してパソコンに向き直っている。


小鳥美緒の『オードリーからの伝言 vol.8』

 この連載もめでたく八回目を迎えることができました。末広がりの八、うん、めでたい。つたない私の文章にお付き合いをいただいている読者の皆様、いつもありがとうございます。
 私、小鳥美緒は、プロフィールの好きなことの欄に「文章を書くこと」と書いていました。たしかに友達への手紙や毎日書いている訳ではない不定期の日記など、文章を書くことは好きでした。でも、それは自分の考えをまとめるというか、心のなかのメモのようなもの。でも、書くことで脳内が整理されて精神が癒されるような気さえします。ちょっとおかしな私です。不安になった私は「こんなことでいいんでしょうか?」と疑問を投げかけます。すると、この連載担当の編集さんからは「オードリーはフリーダムでどうぞ」とアドバイス。う~ん、どういうこと?

 さて、今月の表紙のオードリーとアンリは、キャンピングカーに乗って旅に出ています。初めて乗せていただいたアメリカ製のキャンピングカーは、ベッドが運転席の上についているタイプ。なんか秘密基地が走ってるみたいな不思議な感覚でわくわくしましたね。テレビも冷蔵庫もキッチンも車に付いている訳ですから、これ一台で生活できちゃいます。第一特集でいろんなタイプのキャンピングカーが詳しく紹介されていますから、ぜひご堪能ください。私もモデルとして参加しています。実は私、東京モーターショーのコンパニオンの経験もあるんですよ。それではまた、かしこ。

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