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#10 しばしの宴

落語好きな嶌編集長が率いるアウトドア系月刊誌。編集部員は吉岡(ヨッシー)、磯野(カツオ)、小林(ガシャポン)、小峰(バイト)、そして柚木徹の5人だ。荻上右京(アンリ)、小鳥美緒(オードリー)が表紙モデルに抜擢された。30歳までの限られた編集者生活を送っていた柚木は、最後の配属先となるであろう月刊キャンプ編集部で、月刊誌の編集に没頭する。

 会社近くの居酒屋で、柚木、吉岡、磯野、ガシャポンがビールで乾杯をしていた。ここぞとばかりに、柚木は端末を独占して野菜メニューをオーダーする。シーザーサラダにチョレギサラダ、海鮮サラダがテーブルに運ばれてきた。日頃の偏った食生活を少しでも改善したいと柚木は思っていた。
「なんかさぁ、さっきから葉っぱの料理ばかり出てきてない?」
 磯野が不満そうに言った。
「いいんだよ。そのうち君の好きな焼き鳥も頼んであげるから。まずはこれ食べて。食物繊維とミネラルだ」
「なんか徹くんはうちの母ちゃんみたいだな」

 編集長の嶌が店に入ってきたのは四人のビールがちょうど2杯目になった時だった。今夜は気になる演者がいるから浅草の寄席に寄ってから来る、と言っていたのだ。ふと見ると、嶌の後ろに誰かが隠れているようだ。
「さっき編集部に寄ったらよぉ、こいつがうろうろしてやがったから、連れてきた」
 嶌のアロハシャツの後ろからひょいっと顔を出したのは、どこかで見たことのある女の子だ。
「オ、オードリー!」
 全員の声が見事なまでにシンクロした。

「こんばんは。編集長に言われるまま、ついて来ちゃいました。お邪魔じゃないですか?」
 首をすくめておどけた顔をするオードリー。
「お邪魔な訳ないですよ~。座って、座って。なに飲む?」
 磯野が招き入れる。俄然、活気づく男たち。
「私はビールは苦手なのでサワー系をいただきたいです」
「サワーだね。レモンサワーに梅サワー、カルピスサワーもあるよ。あ、徹くんがいるから柚サワーなんてどう?」
 磯野が面白そうに言う。
「そういうのいいから」
 柚木が掌をひらひらさせる。苗字をもじったこの手のダジャレは、柚木には聞き飽きた感すらある。
「じゃ、柚木さんの柚サワーで」
 オードリーがちょっぴり舌を出して微笑んだ。

 柚木はやれやれといった様子で端末を操作する。同時に嶌の酒もオーダーするのを忘れてはいない。嶌のお気に入りは紹興酒だ。この店は紹興酒をホットで頼むと瀟洒なポット入りで提供される。つまみに枝豆も追加した。
 思わぬ彼女の登場に、皆がそわそわしている。
「実物初めて見た。まじでかわいい・・・」
 そうか、磯野とガシャポンはオードリーに直接会うのは初めてだったか。

「私、クッキーを焼いたから皆さんにお届けしようと編集部に寄ったんです。この時間ならまだ皆さんいるのかなと思って。今夜は飲み会だったんですね」
「10月号の献本が届いたんだよ、だから打ち上げしてるんだ」
 柚木が答える。初めて本の形になった雑誌を手に取る瞬間は、編集者にとって至福の時でもある。机を並べていても、お互いどんなページを作っているのかわからないことが多い。担当それぞれの企画が一冊の本にまとめられ、それぞれの一カ月の種明かしがされる時間でもあるのだ。
「え、そうなんですか? まだ29日ですよ」
「雑誌の発売は1日だけど、それは書店での話でさ。実際は2日前には出来上がってるんだよ。今日、編集部に届いたんだ」
「わぁ、嬉しい。見せてもらってもいいですか?」

 10月号のテーマは「味覚狩り」。第一特集ではリンゴ狩りやブドウ狩りなどが楽しめるキャンプ場を特集している。秋号としてはキノコ狩りも欠かせない。表紙のオードリーとアンリは、ザルにキノコや野菜、果物を載せて味覚狩りを楽しんでいる。真夏の撮影ではあったが、お揃いのウインドブレーカーを着て色味が鮮やかだ。キノコや果物は小峰がいくつものスーパーをはしごして仕入れてくれたものだった。

「皆さん、仲いいんですね。よく一緒に飲むんですか? 私は一人の仕事が多いから、羨ましいなぁ」
「いいや、みんなで飲むのは月に一回、この日だけなんだよ」
 オードリーの箸と皿を準備しながら柚木が答える。
「月刊誌は忙しいからな。皆それぞれに取材やら打合せやらで出かけることも多い。全員が揃うことは意外と少ねぇんだ。だから献本が届いた日には必ず全員で飲むようにしてる。まぁ、息抜きだな。出来上がった本を見ながら飲むのは最高だぜ。なんだかんだ、文句言ったりしながらよぉ。あれ、一人足りなくねぇか?」
「嶌さん、すみません。小峰の奴がちょっと野暮用で・・・」と磯野。
「野暮用ってなんだ。献本が届く日はみんなで飲むっていうのはこの編集部のシキタリだぞ。あいつはそれをわかってんのか!」
 シキタリときた。パワハラぎりぎりの発言だ。
「じ、実は・・・、今日は小峰っちの彼女の誕生日なんですよ。最近、忙しくて一緒にいられないらしくて。誕生日なんですけどどうしたらいいですかって訊くから、僕たちがうまく言っといてやるからって、帰したんです」
 磯野が弁明する。うまく言っておいてやる、の中身が何もないことに呆れるしかなかった。
「あいつ、彼女いたんですか! 聞いてないよ!」とガシャポン。
 柚木も初耳だったが、こういうことについては磯野の信頼は厚い。小峰がこっそり磯野だけに相談したというのも頷ける。

「そうか、そういうことか。なら、許す」
 嶌の返答は呆気なかった。
「ええ! デートはOKなんですか?」
「いいに決まってるだろ。お前ら何のために雑誌作ってるんだ? 好きな女に見せたいと思わないのか? 子供に見せたいと思わないのか? そういうことがモチベーションになるんだろ。そうでもなきゃ毎日夜遅くまでやってられるか! 動機は不純でもなんでもいいんだよ!」
 編集部のルールブックは嶌そのものである。飲み会よりデートが優先、という項目がこの日新たに追加された。

「オードリーさんに質問があります」
 しばらくして、酔のまわったガシャポンが意を決したように改まって言った。嶌の隣にいたオードリーが慌てて反応する。
「さん付けはやめてください。それではお答えしません! やり直し!」
 爆笑する一同。オードリーは我に返ったようにはっとしている。
「お、オードリー、大丈夫か?」
「やいやい、こいつはとんだ跳ねっ返りだったか?」
 オードリーの目が虚ろになっている。
「嶌さん違います。この子、ただ酔ってるだけですよ」
「あ、嶌さんの紹興酒飲んじゃってるじゃないですか!」
「だってこいつが味見したいって言うから」
「駄目ですよ、紹興酒なんて日本酒と同じくらい度数高いんですから!」
 柚木が慌てておちょこを取り上げた。紹興酒の度数は15~17度もある。ホットにすると香りがいいし、甘みや酸味があるため、その口当たりに騙されるのだ。オードリーの頬が赤く染まっている。
「あ、あたしったら・・・すみません。こちらがやり直します。さん付けはやめてください。あと、お名前教えてください」
 ゆっくりと発音を確かめながら言い直した。
「こちらこそ、すみません。僕はガシャポンです。じゃ、じゃあ、オードリー・・・、オードリーはアンリと付き合ってるんですか?」
 姿勢を直したオードリーが前髪を直して答える。
「いいえ。そんなことはございません」
 落ち着きを取り戻し、きっぱりと否定するオードリー。
「そっかー、よかったぁ。表紙見てると二人がお似合いで、月を増すごとに仲良くなってるように見えてさぁ。ひょっとしていい仲になってるのかと思って心配してたんだ」
「モデルとしてそう思っていただけることは光栄ですけど、アンリくんとは相棒です」
「相棒?」
「パートナーとか言うと、最近は誤解呼ぶでしょ。だから、二人で相棒にしようってこの前話したんです」
 相棒か。いいな。

「僕からも質問です。えぇっと、磯野といいます。カツオと呼んでください。えぇっと、オードリーはお付き合いしている人はいますか?」
 この質問には嶌が待ったをかけた。
「おい、柚木! この質問は許していいのか?」
「駄目ですね。完全にNGです。却下します。オードリー、答えなくていいからね」
 微妙な顔をしているオードリー。
「え~、みんなも気になってるくせに~」
「お前はそんな発想だからもてないんだ。モデルさんに失礼だぞ。それにこんなところで訊かれて本当のこと答える訳ねぇだろ」と嶌。

「それじゃ、僕からもいいですか。初めまして、月刊キャンプの吉岡です。いつもありがとうございます」
 副編集長の吉岡さん、と柚木がオードリーに耳打ちする。
「えーと、オードリーの好みの男性は?」
「あー、なんだとー、このスケベ! あんた奥さんいるだろ!」
 ガシャポンが立ち上がった。かなり酔ってきたようだ。
「奥さんにチクってやる!」と磯野。こちらも同様だ。
「ばっか、普通の会話だろ。お前たちに調子合わせただけだよ」
 みんなでゲラゲラと笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだと思うくらいだった。

「そういや、お前10月で21歳になるらしいな」
 嶌がオードリーに言った。校了の日、『オードリーからの伝言』のコーナーで読んだのを思い出したようだ。
「はい、10月の1日で21歳になります」
 もうすぐだね、お祝いしよう、と全員でまた乾杯をした。

「あれ、10月1日といったら、徹くんと同じ誕生日だね」
 磯野が思い出したように言った。なぜこの男は柚木の誕生日を知っているのだろうか。
「え? そうなんですか? すごい偶然ですね」
「そうなんだよ。偶然だね。オーディションのときプロフィールを見て思ったよ。同じてんびん座だ」
「柚木さんもおめでとうございます! よいお誕生日をお迎えください」
「ありがとう、オードリーもよい誕生日を」

 翌日、柚木はオードリーに電話をかけた。
「昨夜は付き合ってくれてありがとう。みんな大喜びでさ、すごい盛り上がったよね。でも、紹興酒はもう駄目だよ」
「すみません、勉強になりました。でも、皆さんと仲良くなれて、本当に嬉しいです」
「クッキーもありがとね。本格的なクッキーじゃないか」
 イギリスのドラマに出てきそうな分厚いクッキーだった。クッキーにはクルミ入り、ヒマワリの種入り、ナッツ入りなど5種類が5~6枚ずつあるようだった。
「柚木さんはどのクッキーが好みですか? やっぱりチョコですか?」
「え?」
「小峰さんが言ってました。柚木さんは煮詰まると引き出しからチョコ出してこっそり食べてるって。チョコ好きなんだって言ってましたよ」
 この前編集部にオードリーが来たとき、小峰と話をしたのだろう。それにしても小峰の奴、よく見てるな。
「うん。チョコチップ入りが一番だね。あと、顔文字書いてあるやつもかわいい」
「あ、それは妹の作品です。どうしても描きたいってきかなくて。スマイルくんとパンダと、あとなんだったかな~」
 チョコチップ入りのクッキーの隣に、チョコソースで顔文字を描いたクッキーがあった。そういえば、筆跡がたどたどしい。
「あと、昨日はノーコメントにしましたが、私、お付き合いしている人はいませんので」
「ああ、そうなんだ」
 柚木は少し安心したような気持ちになったが、気づかれないように平静をよそおって答えた。
「わかった。みんなに伝えておくよ」

 今後のスケジュールを確認して、柚木は電話を切った。その後、柚木が彼女からの伝言を皆に伝えることはなかった。伝えなくてもいい伝言もあるのだ。

小鳥美緒の『オードリーからの伝言 vol.4』

 いよいよ10月がやってきました。なぜいよいよなのかって? じゃーん、私、小鳥美緒の誕生月なのです(笑)。なぜか生まれた月って、心地いいと思いませんか? やっぱり馴染むんでしょうかね、身体が? 心が? どっちだろ。
 10月号の表紙は「味覚狩り」を楽しんでいるオードリーとアンリです。場所は北軽井沢にあるスウィートグラスというキャンプ場。こちらは広い芝のテントサイトと、樹木に囲まれた木立のサイトがあるんです。それに、個性的なログハウスやコテージも完備されています。本当におっしゃれーなキャンプ場です。施設が充実しているから、キャンプが初めての方でも安心できると思います。

 夜になると夜空には満天の星空! 私、あんなきれいな星空を見たのは生まれて初めてでした。本当はこんなに空にはお星様があるんだって、20年も生きてきたのに、知らなかったなぁーってしみじみ思いました。当たり前だけど、知らないこと、見たことないこと、いっぱいありますよね。私は、たくさんのことを知りたいし、見てみたい。私はこの先、どこまで行けるんだろうって考えて、芝生に寝転んでずっと星空を見上げていたんですよ。
 コテージを予約してくれていたので、そこに泊まったのですが、次はテントで寝てみたいな。撮影の帰りには日帰り温泉に寄っていい気持ち。もう、最高です! みなさんも素敵なキャンプを楽しんでくださいね。


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