チンチラ、春を嗅ぎ取る
チンチラは、鼻頼りで生きていると思う。
私が帰宅すると、寝ぼけ眼でケージから鼻だけ出し、匂いを嗅ぐ。
そうして、家人であることを確認し、安心したように再び眠りにつく。
一方、来客の際には、近づいて匂いをチェックした後、見知らぬ生き物であることに気づき、ぎょっとした顔をしている。
視覚で物を区別せず、嗅覚で判断しているのだ。
他にも、食べ物を差し出すと鼻先まで持っていき、匂いが気に入らないと無情にも投げ捨てる。
厳しいソムリエ。
そんなチンチラ氏だが、どうやら嗅ぎ分けるのは生物や食物だけではないらしい。
先週、関東は暖かい日が続いていた。
嬉しくなり、いつもは寒くて閉めている窓を、大きく開け放った。
すると、チンチラ氏がケージの中で大きく身を乗り出した。
なんだなんだ、と見つめていると、開け放した窓に向かって、くむくむくむと鼻を動かしている。
外の匂いを嗅いでいるのだった。
我が家に来てから初めて見る姿だった。
一生懸命鼻を動かして、嬉しそうだ。
春を嗅ぎ取っているのだ。と思った。
私達が、花を前にして匂いを嗅ぎたくなるように、春風の匂いを嗅ぎたくて仕方ないという感じだ。
チンチラ氏の姿は、多くの生き物にとって恩恵の季節がやってきたことを感じさせた。
暗く、寒い冬を終えて、自然に甘やかされているような、喜びの季節がやってくる。
見たことがなかっただけで、きっと、春を迎える地域に住む生物は、同じように風に向かって鼻をひくつかせているのだ。
チンチラ氏はひとしきり匂いを嗅ぐと、気持ちよさそうに目を細めた。
ぐーんと伸びをして気持ちよさそうだ。
プリミティブな春への喜びに居合わせ、春の訪れを裸で感じたような、暖かい気配に包まれた。