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【作品#59】『オリンピックにふれる』

こんにちは、三太です。
 
今、中学校2年生の国語では「走れ、メロス」を勉強しています。
感想を書いたり、登場人物をまとめたりしながらいよいよメロスが直面した試練を読み取っていこうと思います。
川が氾濫したり、山賊が襲い掛かったりというのはわかりやすいのですが、いくつかわかりにいくい試練もあって、そこが読み取れるかがポイントです。
そこからその試練をどう乗り越えていったかにつなげていきます。
他にもたくさん「メロス」を題材に、学習できるポイントがあって、一緒に学習していて楽しい教材の一つです。
 
では、今回は『オリンピックにふれる』を読んでいきます。

初出年は2021年(9月)です。

講談社の単行本『オリンピックにふれる』で読みました。

ちなみに文庫化されたものは改題されて『昨日、若者たちは』というタイトルになっています。


あらすじ

東アジアを舞台にしたオリンピックに関わる4つの短編集。
それぞれのタイトルは以下のとおりです。
香港林檎
上海蜜柑
ストロベリーソウル
東京花火
恋愛、人生の岐路、果物、そしてオリンピックと短編には通底するテーマがあります。

公式HPの紹介文も載せておきます。

香港、上海、ソウル、そして東京――分断された世界に、希望は生き残れるか?小説だから見えてくる、光と翳のオリンピック。 変貌をとげるアジアの街で、人生の岐路に揺れる若者たち。コロナ下の東京に、オリンピックの幕が上がる。
2021年夏、東京オリンピックと同時進行で新聞連載された話題作「オリンピックにふれる」をふくむ注目の最新小説集!

出てくる映画(ページ数)

①「RUSHHOUR」(p.9) 

また行列が大きく動く。成龍が近づいてくる。
「これ、誰だっけ?映画俳優よね?」
「ほら、あれ、なんて言ったっけ・・・、クリス・タッカーが出てた映画で・・・」
「RUSH HOUR?」
「そうそう。それで共演してた俳優だよ、たしか」
前のイギリス人カップルが、そんな会話を交わしながら、成龍の頬をべたべたと撫でている。 

→「香港林檎」初出は「群像」2007年4月、もとは「りんご」というタイトル
 
今回は1作ありました。 

感想

4つの短編のうち、「東京花火」以外の3つはもともと雑誌に掲載されており、それが改めて収録されたものです。
「東京花火」はおそらく東京オリンピックにあわせて2021年7月〜8月に読売新聞に連載されたもののようです。
ですので、前3つと「東京花火」とは少し毛色が違いました。
一番簡単なところで言うと、オリンピックの取り上げられ方が違います。
前3つはそれこそ本当に「ふれる」ぐらいな感じでオリンピックが出てきます。
一方「東京花火」はがっつりその話題が取り上げられます。

違いつつも、もちろんどの話にもオリンピックが出てきて、その影響力の大きさを感じざるを得ません。(このような本ができること自体に、そもそも影響していますよね)

いくつかもう少し中身について具体的に述べていきます。
まずは「上海蜜柑」について。
「上海蜜柑」の主な登場人物は語り手の阿青(アーチン)とその婚約者、蛍蛍(インイン)です。(阿青は25歳です)
話の筋としては阿青が蛍蛍の実家に婚約の挨拶に行こうとする(けれど、なかなか行かない)のがメインです。
なかなか行かない理由の一つとしては、蛍蛍が台湾の芸能事務所にスカウトされたということもあります。
そのような展開の中、阿青が昔住んでいた上海のある地区が再開発で取り壊されるということが起こります。
そのとき阿青はその地区での思い出を回想するのですが、けっこうその思い出は男女の欲望が渦巻き、ヤンキーな感じもあり、ドロドロとしています。
そのドロドロ感が以前読んだ吉田修一さんの自伝小説とつながるように感じました。
自伝小説の中で吉田修一さんは高校にいくとパッと視界が開けた(逆に中学までは「上海蜜柑」の地区にもつながるような狭い世界で生きていた)ということを書かれていました。

この自身の体験とのつながりは「東京花火」にも見られます。
「東京花火」の主人公は白瀬という会社員の男性です。
彼は18歳で上京してきたという設定です。
ここらへんから吉田修一さんと重なるなあという感じがするのですが、物語の終わりに東京についての言葉が出てきて、それも印象的です。
白瀬の父はコロナ禍で亡くなります。
その亡くなった父に対して、白瀬の妻が言う言葉です。

ここ、本当に東京なのか?と目を丸くする父の姿は思い出せたが、自分がなんと答えたのかは覚えていなかった。
「・・・十八歳のあなたは心配するお義父さんにこう答えたんだって。『大丈夫だよ』って。『東京って、すごく寛大なんだ』って。『誰だって受け入れてくれるんだから』って」

『オリンピックにふれる』(p.193)

この十八歳のときの白瀬の言葉に、吉田修一さんの思いも乗っているような気がしました。

またスポーツに関することでいうとこんな名言もありました。
同じく「東京花火」のワンシーンです。
白瀬の父は卓球の元実業団選手で、怪我さえなければオリンピックに出られたんじゃないかというほどの実力を持っていました。
その父が中二で卓球を辞める息子に言う言葉です。

「・・・いいか、スポーツが教えてくれるのは勝つことじゃない。負けてもいいってことだ。」

『オリンピックにふれる』(p.185-186)

前後は少し省略していますが、本質はここかなというところを引用しました。
とても深い言葉だと思います。

最後に、他作品との淡いつながりを感じられて面白かったところをあげて終わりにします。同じく「東京花火」です。
この話では白瀬の部下である藤井が無断欠勤をし始めるというのがけっこう重要なエピソードです。
その無断欠勤に対して、白瀬の同期が話しかけてきたときに、白瀬が言う言葉があります。

「総務からもせっつかれてるんだけどさ。お前だって身に覚えがあるだろ?確か大事なプレゼンすっぽかして、ふらっと日光に行ったんじゃなかったっけ?奥さん心配してさ。会社まで謝りに来ただろ」

『オリンピックにふれる』(p.181)

このように白瀬は同期に言います。
この「日光に行った」というのがポイントで、『春、バーニーズで』に出てくる主人公の筒井も出勤の途中で衝動的に日光東照宮に行くという行動をします。
同期と筒井の行動がつながるのです。
このつながりが書かれたのは、意識的か無意識的かはさておき、「日光に行った」エピソードがつながって面白かったです。

負けてもいい父の言葉と桜餅

以上で、『オリンピックにふれる』の紹介は終わります。
オリンピックを軸にまとめられた短篇集でした。

それでは、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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