【映画#128(101・102の間)】「欲望という名の電車」「六つ目の角で」(『恋愛 個人コレクションⅡ』)より
こんにちは、三太です。
10月も中旬となり、かなり涼しくなってきました。
とは言っても、まだ日中、日がさすとけっこう暑く、半そでの方がいいかなという感じです。
けれども、朝夕は半そでだとかなり寒い。
服装に困る(とは言いつつ、実はいけるところまで半そでで押し通そうと思っている)今日この頃です。
では、今日は「六つ目の角で」(『恋愛 個人コレクションⅡ』)に出てきた「欲望という名の電車」を見ていきます。
「六つ目の角で」(『恋愛 個人コレクションⅡ』)に出てきた唯一の映画です。
ただ、これは正直映画として作中に出ていたのかはあやしいです。
なぜならこの作品は小説も演劇もあるからです。
それでも映画があるなら、見ておいたほうがいいかなとも思ったので、今回見ました。
基本情報
監督:エリア・カザン
出演者:ブランチ・デュボア(ビビアン・リー)
スタンリー・コワルスキー(マーロン・ブランド)
ステラ・コワルスキー(キム・ハンター)
ミッチ(カール・マルデン)
上映時間:2時間4分
公開:1951年
あらすじ
ニューオーリンズで汽車を降りて、「欲望」行きのバスに乗った女性、ブランチ。
訪れたのは、実家を家出した妹、ステラの家。
妹のステラにはスタンリーという荒くれ者(DV男)の彼氏がいます。
そこにいそうろうしたブランチ。
ブランチと妹はもともとは良い身分の家で過ごしていましたが、両親の死などもあり、今では没落してしまいました。
けれども、特にブランチはその頃の気分が抜けきっていません。
妹との関係はそれでもいいのですが、労働者であるスタンリーとブランチのそりがあまり合いません。
ただ、スタンリーはステラと結婚するということもあり、ブランチの素性を調べます。
すると徐々にブランチの過去が見えてきました。
両親の死と実家の没落以外にも彼女には辛い過去がありました。
それを振り払い希望を求めようと男性、ミッチに近づこうとするのですが・・・。
設定
・辛い過去
・DV
・上流と下流
感想
上流家庭と下流家庭の対比がけっこう印象的でした。
上流の代表がブランチ、下流の代表がスタンリーです。
なかなかこの二人は相容れないところがあります。
そこを中心にこの物語は進んでいきました。
スタンリーの二面性の演出が絶妙でした。
一面では荒くれ者で、家庭のことを顧みず賭け事にかまけて、何か不満があるとすぐにステラに暴力を振るいます。
本当に最低です。
けれども、冷静になって謝ってくると簡単にそれをステラも許してしまうところがありました。
しかも喧嘩したあとこそ激しく燃え上がってしまいます。(ただこのあたりのことは映画の終盤に繋がっていきます)
他方、本質を見抜くというか、ブランチの過去を暴いていくのもこのスタンリーです。
このあたりが絶妙だなと。
ただ、映画の最後のおさめ方は少し無理した感は否めないなとも感じました。
調べてみると、もとの戯曲の終わり方から修正が入ったようです。
もともとのほうが良かったように感じましたが、映画にすることは難しかったようですね。
秋夕焼欲望行きのバスに乗る
その他
・ウィキペディアより
→テネシー・ウィリアムズによる同名戯曲の映画化作品で、ウィリアムズ自身が脚本に参加している。
→映画化の際には多くの自主規制が加えられ、ストーリーも改変されている。
「六つ目の角で」内の「欲望という名の電車」登場シーン
「欲望という名の電車」が出てくるのは雅司(「六つ目の角で」の主人公)が閻魔ちゃんの居酒屋で話しているシーンです。
雅司は会社を辞め、家賃を滞納してしまい、出会い系アプリで会った男のアパートに居候します。
その状況を指して、居酒屋で飲んでいた学生が「すごいなぁ、なんかブランチみたい」と言いますが、雅司は「何、ブランチって?」となります。
そこで引用部分に入るのです。
その引用部分に入る直前で、閻魔ちゃんは「アンタも教養ないわねえ」と雅司に言います。
「欲望という名の電車」は知ってて当たり前だという認識を閻魔ちゃんは持っていて、その認識は作者である吉田修一さんにもつながるのかもしれません。
ちなみに、映画のブランチは「年老いた」というほどの老いを感じる女性ではなかったので、小説内で想定されているのは、やはりこの映画ではないのかもしれません。
吉田修一作品とのつながり
・この作品自体のタイトルに映画が関わっています。
ただし、作品中に引用されるような内容は映画には出てきていません。
小説や演劇が念頭にあったのかもしれません。
けれども、作品を作る上でのインスピレーションを与えたかもしれないということは指摘してもいいのではないかと思います。
以上で、「欲望という名の電車」については終わります。
階級の対比が鮮やかで印象的な作品でした。
それでは、読んでいただき、ありがとうございました。