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歌舞伎座 初春大歌舞伎 夜の部_「熊谷陣屋」、「二人椀久」、「大富豪同心」【観劇感想】
1月歌舞伎座、初春大歌舞伎の夜の部も観てきました。
一谷嫩軍記 熊谷陣屋
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中村萬壽の相模、中村雀右衛門の藤の方。弥陀六が中村歌六。
安心する配役。
筋書を読むと、尾上松緑は熊谷直実役のオファーを何度も辞退してきたそうだ。
他の役の経験や、50歳という年齢もあって今回は勤めるのだと。
松緑は声も姿も驚くほど若々しいので、そうかこの人が50歳になるのかと驚く。
熊谷直実をできる人が減っているので、次の世代への継承のためにも、ぜひ踏ん張ってほしいところ。
*
後白河法皇のご落胤である平敦盛を助けるため、義経は「一枝を伐らば一指を剪るべし」という制札を、熊谷直実の陣屋の桜の木に立てる。
義経からの謎かけを解いて、敦盛の代わりに熊谷直実が息子小次郎の首を差し出すという《熊谷陣屋》は、興味深いとか面白いより、重くてしんどい。
若い頃は、感想というと武士道の虚しさ、というのが強かったのだが、今回、久しぶりに観て、直実から息子小次郎への、言い尽くせぬ愛情を感じたのは発見だった。
「十六年はひと昔。…夢だ。夢だ」
敦盛の身代わりに小次郎を失った直実が、出家のため僧の姿になった後で口にする、有名なセリフ。自分の頭へ叩き込むような仕草と共に発せられる。
かけがえのない存在を失ったとき、「(息子がいた幸せな時間は全部)夢だ、夢だったんだ」と言い聞かせなければ、直実はその場に立ってさえいられないのかもしれない。
跡継ぎを失った武士としての先のなさ、これまでは何だったんだという虚しさ。そして、全部夢だったんだと言い聞かせなければ、とてもいられないほどの、可愛い息子への愛。
熊谷家の家紋は、子と親の鳩が向かい合う、向かい鳩。陣屋の幕にも描かれ、直実の裃にも刺繍されている。
厳しい結末に向かう中で、可愛らしいこの家紋が悲しい。
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ただ、向かい鳩は、子と親が一羽ずつ。家紋も物語も、どこかしら、母親の相模は置いてけぼりなのが、ちょっとトホホである。
二人椀久
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椀屋久兵衛を尾上右近、松山太夫を中村壱太郎。
尾上右近の自主公演「研の會」第4回のDVDで観て、実際の舞台を観たいと思っていた。夜の部では一番楽しみだった演目。
《二人椀久》は坂東玉三郎と片岡仁左衛門のコンビと、中村雀右衛門(4代目)と中村富十郎(5代目)コンビが記憶にあり、右近と壱太郎コンビには、また違う面白さがあった。
ストーリー展開はちょっと寂しい。
松山に入れあげて身を持ち崩した椀屋久兵衛が、松山太夫を忘れられず、彷徨ううちに眠る。夢か幻か、松山太夫が現れて、2人は昔のようにしばし楽しく過ごすが、いつしか松山太夫の姿は消える。
椀久は寂しさと悲しみに倒れ込み、それでも松山の幻影を追って指を彷徨わせる。
昔の廓での連れ舞の様子でパッと照明が明るくなるものの、基本的には、月、夜の松、夜桜など常にすぐ隣に孤独と闇を感じるものになっている。
舞台中央のセリから上がってくるときの幻想的な姿といい、壱太郎は夜桜が似合う。
松山の裲襠(うちかけ)は黒地に銀糸で流水と桜で、とても素敵だ。
この裲襠を椀久が左の片身に羽織ると、流水模様が肩の方へ見え、桜は背中の方へ流れて見える。
一方の松山は、椀久の羽織を羽織る。(椀久が花道から出てきたときには黒だったが、松山が羽織るときには青みがかったものに変わっている。)
互いの着物を羽織る姿には、なんとも言えない色っぽさがあり、同時に、2人の姿が重なったり離れたり、結局のところ椀久ひとりなのだという、そこはかとない切なさにもなっている。
踊りが速いテンポでも、しっとりこってり、緻密さを感じる壱太郎に比べ、右近からは、切磋琢磨できる相手がいて存分に身体が動く喜びが溢れ出てしまっている感じもなくはない。
けれども、華やかで軽やかで溌剌として、観ていて楽しいこと、この上ない。
次に観るときは、さらに面白い《二人椀久》に違いないと感じる舞台だった。
大富豪同心 影武者 八卷卯之吉篇
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演出は松本幸四郎。
昼の部《陰陽師 鉄輪》に続き、配役のうまさで見せている。
イメージだと、軽めの俳優祭くらいの感じだろうか。
NHKでシリーズ放送されている《大富豪同心》の歌舞伎版。
歌舞伎では太鼓持ちの銀八を尾上右近がしていて、全体の解説要員としてセリフがかなりある上に、とぼけた化粧がへにょ可愛い。
架空の将軍家政を、坂東新悟。やつれた様子だが殿様の品がある。
昼の部《寿曽我対面》の大磯の虎とは全く違う役で、この人はこんなに器用だったかしら、と予想外で嬉しい気持ちになる。
市川中車が老中。普段の歌舞伎と違うせいか、生き生きしている。
将軍が療養する間、政務の代行を任される幸千代(中村隼人)の、養育係的な大井御前を市川笑三郎。笑三郎は今回、大変に美味しい役どころ。
大井御前は、厳格な女性なのだが、「酒宴」の場面でキャラが大崩壊する。
最後の「対面」の場面では、暗転の中で「うう、気持ち悪い…」と呻きが聞こえ、将軍の身になにか起きたのか?と思いきや、照明がつくと大井御前がゲロ桶を手元に倒れ込んでいる。
なんだ二日酔いかよッ!と観客に内心でツッコませ、カトちゃんばりの「オエェ…」をぶちかまし、畳で軽く跳ね上がってからズッコケるなど、笑三郎はコメディ能力も超絶高いことを見せつける。
全体的に、わちゃ~としたお祭り騒ぎな展開の中、めちゃくちゃ真剣に芝居している(そういう役なんだけど)のが坂東巳之助。清少将役である。
ドラマ版にも登場する悪役で、ドラマより遥かに高いレベルの怖さと巧さを見せている。
巳之助の芝居が好きなわたしとしては、出番もしっかりあって嬉しい一方、一周回って(どこを?)、ねぇ巳之助だいじょうぶ? 嫌になってない? って心配になる。完全に余計なお世話ではあろうけども。
歌舞伎では初めて味わう、まさかの「続く?!」のあと、ドラマのエンディングでもお馴染みの(?)総踊りになる。
「酒宴」の場面でも尾上右近の銀八はかっぽれを少し踊るので、さらなるご馳走。
ただ、最後の総踊りは同じ振り付けを、出演者がそれぞれの役のカラーを出して踊るので、観たい役者が多いほど「わ、どこ見よう!?」となる。
右近のへにょ可愛い太鼓持ちはもちろん、坂東新悟の、将軍らしくおおらかでシュッとした踊りもいいし、坂東巳之助の、悪役らしい不気味なほど芯のブレない踊りもいい。
《熊谷陣屋》の重みと、《二人椀久》の風情が並んだあと、肩の力を抜いて明るく、という組み合わせなのだろうな、というところ。
2025年1月、歌舞伎座の昼の部の感想はこちらです。