『新春浅草歌舞伎 第1部』 歌舞伎オンデマンド 2024年1月
『本朝廿四孝』 十種香
中村米吉(中村歌六の長男)の八重垣姫。
中村橋之助が、花作りの蓑作〈実は〉武田勝頼。
橋之助の声を聞いて、高音が中村福助と似たところがあると気づいた。目を伏せた面差し、低い声の色は父の中村芝翫に似ている。
腰元濡衣が坂東新悟(坂東彌十郎の長男)。寂しげな美貌が、恋人だった武田勝頼を弔う姿に似合っている。濡衣は腰元。武田勝頼とは身分違いの恋だったのもあり、控えめなところがいい。
とはいえ、濡衣は近年なら片岡孝太郎や中村時蔵、勘九郎などがやっている役。登場人物の少ない演目であるし、もうちょっと主張してもいいようにも思う。
米吉は、雛人形のような可愛らしい赤姫。
声の使い方は、『与話情浮名横櫛』ともう少し変化が欲しい感じもあるが、恥じらいながらも一歩も引かず、蓑作との間を取り持って欲しいと濡衣を口説くあたりは溜め息が出るような可愛らしさ。
これ以上ないくらい、役と姿は合っている。
歌舞伎の〈三姫〉と言われる大役。大胆な恋の情熱がありつつも、武家の姫様らしい上品さと可愛らしさが必要で、案外、「八重垣姫を観たい!」と感じる女方は多くない。
米吉の八重垣姫、そういう点でもとても良かった。数年後にまた観たい。
長尾謙信が中村歌昇(又五郎の長男)。
白須賀六郎は中村種之助(又五郎の次男)。
原小文治は坂東巳之助。
長尾謙信は大きさを出すのが大変と思うが、歌昇は第一声がしっかりしている。
後半、濡衣と八重垣姫との絡みになってセリフが続くと、スケール感が落ちて悪役じみてしまう感じもあるが、これはもう、年齢を重ねるほかない、という気がする。
種之助は体の動きがとてもいい。お父さんに似た可愛らしい丸顔で、溌剌とした雰囲気。
もう1人の討手、原小文治が坂東巳之助。さすがの大きさ。身体の伸びやかな使い方も気持ちがいい。巳之助の曽我五郎など見てみたいなあ。
『与話情浮名横櫛』 源氏店
これはもう、イケボ祭り。声のいい人ばっかり!
尾上松也の蝙蝠安、下卑た感じとざらついた声がとてもいい。
お富は中村米吉。使っている中村隼人の手拭い、デザインかわいいなぁ。
米吉のお富は、〈姐さん〉とまでのスケール感にはいかないものの、蝙蝠安に言い返す気の強さ、低い声と高い声の使い方がうまい。
傷の男が与三郎と知ってからの、打って変わって別人のようなしおれた姿も、健気で可愛らしい。
中村隼人の与三郎、登場のちょっと冷めた雰囲気から、お富とのやりとりでガラッと変わり、途端に深く馴染んだ男女の空気が舞台に広がるのが良い。
多左衛門(中村歌六)に問われて兄妹だと話を合わせるくだりとか、幕切れでお富に言う「酌をしてくれ」は、くぅ〜、っとくる。
知られた名セリフだけでなく、声を落としたボソッとしたセリフにまで、きっちりと色気があることに驚いてしまった。
そして、主役に負けず、尾上松也の蝙蝠安が予想を遥かに超えて面白かった。
蝙蝠安がつまらないと、見ている側は「早く与三郎の名セリフ来ないかな」と思ってしまう。
松也の蝙蝠安は、藤八との絡みや、図々しくお富や多左衛門に無心する部分など、めっぽう面白くて、1時間があっという間だった。
ところで、この与三郎とお富の話は、実際の事件をもとにしていて、しかも与三郎のモデルは、のちに長唄の四代目芳村伊三郎を継いだ人物だと知ると、俄然面白くなる。(参考書籍『歌舞伎さんぽ』柏書房)
市川雷蔵も映画『切られ与三郎』で与三郎を演じているが、ここで三味線を持った姿や新内流しの姿を見ると、四代目伊三郎の姿を想像できるような気がしてなんとも風情がある。
本物の与三郎も、間違いなく声のいい人だったわけで、与三郎の名セリフはやっぱり、声のいい役者で聴きたい。
『どんつく』
坂東巳之助はじめ、みんな揃っての『どんつく』。
お正月らしい華やかでめでたい、明るい舞踊。三番叟よりこっちが好きだなぁ。
新春の出し物らしく、親方役の中村歌昇が曲芸的なものに挑んでいる。
失敗しても松也に「もう一回!」と言われて、汗だくになってトライする姿が可愛らしい。
揃って 〽︎どんつくどんつく と徐々にスピードが上がるところは、みんな若手だけあってキビキビと気持ちがいい。
なんと言っても、どんつく役の坂東巳之助の存在感がいい。
父・三津五郎の面影がふっと重なって、胸がいっぱいになってしまう。
三津五郎は若々しく、可愛らしい雰囲気のある役者だった。踊りだけでなく、『勧進帳』の弁慶、『髪結新三』での勝奴、『松浦の太鼓』の大高源吾など、忘れられない役がたくさんある。
巳之助も抜群の身体能力と、とぼけた面白味と、憎々しさまで幅が広い。
(研の會『夏祭浪花鑑』をDVDで見たけど、巳之助の義平次に驚嘆!)
今回の『どんつく』も、見逃し配信で何度見ただろう。本当に踊りも素晴らしい。どうか今後もたくさん活躍してほしい。